本書で取り上げている16のキーワードは以下の通り。
1.「形態と機能」
2.「バロック」
3.「斜線とスロープ」
4.全体/部分
5.レム・コールハース
6.住宅建築
7.身体
8.日本的なるもの
9.戦争の影
10.スーパーフラット
11.歴史と記憶
12.場所と景観
13.ビルディングタイプ
14.情報
15.メディア
16.透明性と映像性
1.形態と機能
ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」を1つの大原則としたモダニズム。
ここでは建築を語る上で最も基本的な事項である
「形態」と「機能」の関係が論じられています。
・ロバート・ヴェンチューリによる「あひると装飾された小屋」。
「あひる」は建物の形がそのまま空間の機能を表しているもの。
一方「装飾された小屋」は空間の機能は看板などのサインにより表したもの。
・青木淳の「原っぱと遊園地」
空間の機能はそこに訪れる人間が自由に決める「原っぱ」。
一方空間の機能があらかじめ決められている「遊園地」。
2.バロック
「情熱的なもの、理性では抑えきれないもの」(美学者エウヘニオ・ドールス)。
閉ざされたルネッサンスに対し、開放的なバロック。
円形を多用したルネッサンスに対し、バロックは楕円を多用する。
一方でバロックは動きを表現するものでもあった。
従来は隠されていた「階段」をパリオペラ座ガルニエ宮のように
見せるものにした。
3.斜線とスロープ
連続性とスピード感の象徴。
ル・コルビジェのサヴォア邸、ライトのグッゲンハイム美術館。
4.全体/部分
建築は建築家だけが作るのではない。
構造設計者、大工、施主、そして時には住人や利用者が関係してくる。
現代建築においてはこれらの集合体である全体で建築はできてゆく。
全体主義のモダニズムに対するものがブリコラージュ(器用仕事)。
その時々の状況に応じて部分が全体に優先する。
今後の建築にはそんなブリコラージュが求められているのか。
そのためのツールとして「パターンランゲージ」なるツールも提唱されている。
5.レム・コールハース
「ル・コルビジェの継承者」という表現はいささか納得しかねます。
彼の建築は「住むための機械」という表現が合わなくもない、とは思いますが、
晩年コルビジェがたどり着いたロンシャンの礼拝堂やカップマルタンの小さな家
のことを考えると今のコールハースがそこへ行き着くとはとても思えない。
まあでもコールハースについてはよく知らないわけで、
もっと彼について勉強しなければならないのかもしれない。
「錯乱のニューヨーク」は読んでおきたいな。
6.住宅建築
一番小さな建築である住宅。
その意味においては建築の細胞みたいなものなのかもしれない。
どんな巨大な建築をしてきた偉大な建築も
人間の原点回帰志向としていずれは母の胎内である「小さな家」へと行き着く。
コルビジェのように。
7.身体
建築は人間を内包する空間をもつ。
だから建築は人間の「身体」と常に深い関係を持つ。
生物というものは神から与えられた美しい比率(黄金比)を持つ。
だから建築は人間の身体を模倣し、人体を表現するものでもある。
建築少女研究会というのが面白かった。
8.日本的なるもの
神社(天皇)は直線的(モダニズム的)。
寺院(将軍)は曲線的(ポストモダン的)。
粗野でダイナミックな縄文式。
繊細でミニマルな弥生式。
縄文式の例として藤森照信、弥生式の例として隈研吾。
肉食獣のコールハースに対し、草食獣の伊藤豊雄。
白派と赤派。
洗練されて抽象的な白派。
ミースや槇文彦など。
自然素材を好み曲線的な赤派。
後期のコルビジェ、石山修武、藤森照信など。
9.戦争の影
戦争時代を経験してきた磯崎新、黒川紀章、菊竹清訓を挙げています。
戦後の廃墟を見てきた彼らにしてみれば建築は永遠ではない、
という考えが根底にあるのだとか。
果たして本当にそうなのだろうか。
人類の可能性を信じ、長く残る建築を作っていこうとする姿勢があるように
僕には思えるのですが。
10.スーパーフラット
元は村上隆の造語。
確かに現代は外観がフラットな建築が多いけれど、それだけじゃなく、
概念的にもフラットになってきているとか。
テレビがブラウン管から液晶へと薄くなっていくように。
ヒエラルキー(階層構造)の崩壊をフラットという言葉で置き換えている側面もある。
しかし三次元であるはずの建築が二次元化している、
という状況ははたして良い方向性なのだろうか...
11.歴史と記憶
建築史はもはや一人の建築史家で語れなくなった。
まあ複雑な現代社会では建築に限らずあらゆる分野でそうだと思いますけどね。
12.場所と景観
建築は一度建てたら基本的にはずっとその場所に存在する。
だから建てられる場所=環境がとても重要な要素となる。
地域性というものは同じ建物を広域にわたって建てることで分かってくる。
古代ローマ帝国のように。
「ゲニウス・ロキ」(景観の三類形)
1.「ロマン的な景観」
起伏のある山、森など微細な地形に囲まれたエリア。
ヨーロッパの北方、プラハなど。
このタイプの建築家: アルヴァ・アアルト
2.「宇宙的な景観」
ほとんど山がなくて天空と大地が出会う、ただそれだけで構成された景観。
アフリカなど。
このタイプの建築家: ルイス・カーン
3.「古典的な景観」
海と接していて明快なイメージを持つ、囲われた領域としての景観。
ヨーロッパ南方、ギリシャなど。
このタイプの建築家: ル・コルビジェ
13.ビルディングタイプ
看守がいなくても成立する理想の監獄「パノプティコン」。
現在の文明をもってすれば不可能ではないのだろうけど、
監獄はやはり監獄だ。
理想の場所にはならないと思う。
コンビニも漫画喫茶も便利だけれど、
果たしてこれからのビルディングシステムの未来を担うものになるのだろうか。
僕には疑問です。
便利であることが幸せであるとは限らない。
14.情報
情報化社会に最適な建築とはどういうものなのだろう。
正直よく分からない。
建築単体であれば、それほど情報化社会を意識する必要もないと思う。
情報の流通となるとそれはもう都市論レベルでの話になる。
都市は建築を内包するけれど、個人的には建築と都市論は別な気がする。
15.メディア
ここもなにが言いたいのかよく分からなかった。
CGが一般的になって、誰でもキレイなパースが作れるようになったから、
今度は模型のでかさで勝負、というのもなんか子供じみてる気もする。
この本を薦めてくれた大学の助手さんによれば、
CGはもうありふれてるからこれからは手書きの時代がまた来るとか。
16.透明性と映像性
透明性はガラスの多用による物理的なもの(リテラルな透明性)と、
1つのファサードに複数の要素がレイヤー状に重なり合うさまを言う
フェノメナルな透明性の二種類にがある。
映像性は本来静止物である建築に時間軸要素を付与することで
建築を四次元的に表現しよう、ということなのでしょうか。
渋谷Q-FRONTや新宿ALTAのように
単純にビルの壁面に巨大ディスプレイをつけたもの、
建築の周辺に水面を配することで動きを意識させようというもの、
ガラスの多用も動きを意識させるものといえる。
個人的には建築の四次元性については
あえて意識する必要もないと思うんですけどね。
だって建築が内包する空間で人は過ごし、
建築家はその空間での過ごし方を考えるわけで、
その時点で建築には四次元の要素が付与されているのだから。