建築、その変遷【S.ギーディオン】

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夏休みの間に借りてた本、なんとか返却期限ぎりぎりで読み終えることができました。


最後の一冊はS.ギーディオンの「建築、その変遷」。
建築史家、ギーディオンの遺著で、日本語版は1978年出版。
すでにAmazonでは新書では買えなくなってます。

実はギーディオンの本、その主著「空間、時間、建築」に一度チャレンジして挫折。
今回も450ページにわたる分厚さで、読み切れるかどうか心配だったのだけど、
意外にも建築関係の本にしてはめずらしく読みやすく、
通勤の電車の中ですらすらと読み進めることができました。
...内容をちゃんと理解しているかどうかは疑問だけど。


そのタイトルの通り、建築の歴史を淡々と語ったものかと思いきや、
最初にギリシャを少し語った後、古代ローマの建築について延々と語る。
そして中世をすっ飛ばし、ルネサンス、バロックをかすめて一気に現代へ。
ル・コルビジェを語って終わる。

ぶっちゃけ変遷、というより古代ローマ建築と現代建築の「関係」を語ったもの、
と言った方が正確かもしれない。


かつての古代ローマ時代。
そこには現代にも勝るとも劣らない高度な文明が栄えていた。
建築も然り。

それが古代ローマの滅亡と共に文明は原始的なものに戻り、
以降再びその高度文明の域に戻るまでおよそ1800年もの時を要した。


しかしその悠久的な時の流れこそ、
本来の人間的スケールでの進化だと、僕には思えるのだが。


ギーディオンは建築を3つの空間概念に分類する。


まずはギリシャのパルテノン神殿に代表される第一の空間概念。

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(出典:Wikipedia)

『グループ・デザイン』とは、ここに造形されたいくつかの建物の間の空間的ハーモニーをいい、いくつかのヴォリュームの間の視覚的相互関係をいう。(P21 第一章 ギリシャの計画-グループ・デザイン)

原始的な空間概念であり、あくまで建築を「モノ」として捉える。
建築は彫刻であり、その彫刻の配置関係を考えることが重要視された。
建築の外的要因を重要視した空間概念である。

ギーディオンは別著『永遠なる現在』の第二巻『建築の始源』で詳細に取り扱っており、
本書では次段階への移行の序章として簡潔に述べるに留めている。


第一段階から第二段階への以降はゆるやかに行われており、
その移行期の代表的なものとしてマルタの遺跡群を挙げている。

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(出典:Wikipedia)


第二の空間概念が古代ローマにおいて花開いたものであり、
第一の空間概念が外部要素を取り扱った者に対し、内部要素を取り扱ったものである。

この概念は、西欧で発展したので、また西欧的空間概念とも名付け得よう。その始まりは帝政ローマの建築である。この第二の空間概念の力点は、内部空間に、つまり空間をえぐり出すこと、同時に、そこに開口部をつくることにあった。ローマのパンテオンから十八世紀に到るまで、内部空間がつねに開拓されつづけてきた。またローマの共同浴場(テルマエ)の大窓に始まって、ゴシックの背の高い多色のガラス窓、バロックの明るい階段室や居間や寝室、そして今世紀の全くガラス面と化してしまったファサードへと、絶えることなく光をとり入れることが追い求められてきた。(P7 序章 第二の空間概念-内部空間としての建築)

本書の全450ページのうち、おおよそ300ページ近くをこの第二の空間概念に
割いており、いかにこの空間概念を重要視していたかが伺えます。

この時期の代表的な建築物はなんといってもパンテオン、コロッセオ。

パンテオン

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(画像出典:https://www.crystalinks.com/

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(出典:Wikipedia)


コロッセオ

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(出典:Wikipedia)

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(出典:Wikipedia)

Colosseum.jpg
(出典:Wikipedia)


球とそれに内接する正方形で構成されたパンテオン。
環状七列、放射列八〇列の列柱の森で構成されたコロッセオ。
究極の単純さと究極の複雑さが混在する世界。

この時代をしてすでにコンクリートを駆使して巨大な建造物を建造していた、という事実。
以後、これほどの巨大建造物が20世紀に到るまで造られて来なかった、という事実。
大聖堂は長い年月を造られ、それでもなお、ローマほどのスケールには到らなかった。

古代ローマがいかに高度な文明を持っていたかが伺えます。


そして時代は一気に20世紀初頭へ。
そこは外部と内部が相互に貫入しあう複雑な空間。
第一と第二の空間概念が同時に存続しながらも複雑に絡み合うことで
新しい空間概念が生まれている。それが第三の空間概念。

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[ル・コルビュジエ遺作「人間の家(メゾン・ド・ロム、現ル・コルビジェ・センター)](出典:Wikipedia)

ある時代が他の時代に流れ込んでいく現象は、彫刻としての建築という第一の空間概念では最初の高度文明とギリシャの間に、また内部空間としての建築という第二の空間概念にあってはギリシャとローマの間に見られ、またそれは第二と第一の空間概念の間にあるわれわれの時代の現象でもあるが、この現象を私は『全体的統一性の変遷』と名付けようと思う。先行する時代の諸原理が存続し、且つそれが新しい意味に変化する現象である。ある時代から他の時代への連続性は、たとえば、ゴシックのもつ上昇感とリブ・システムがバロックのドームへとさらに生き続けていることに見出しうる。現在と過去と未来の関係は、どの時代にも立ち現れる、恒久的な過程(プロセス)である。現在と過去と未来の間のこの移行現象は、以前にはない仕方で人類の全過去と交流しつつあるこの現代の理解にとって、ますます大きな意義を持つことになるだろう。(P13 序章 第三の空間概念-彫刻と内部空間としての建築)

内部と空間が複雑に絡み合う。
だから現代社会は複雑なんだろうか。複雑でなければならないのだろうか。
技術や科学は世の中を複雑にするためのものなのだろうか。


本書の終わりのほうに以下のような記述があります。

われわれは生産を重視しすぎた結果、技術者や科学者や機械技師を重んじ過ぎ、いかに人間自身が生きるか、という問題を軽んじてきた。そして今日、状況は変わった。今や技術者や生産者に影響を行使するのは、建築家の方である。標準化されたエレメントとか、新しい建設方法の創造的な使い方を示したのは、建築家である。たとえば、ヨーン・ウッツォンは、シドニーのオペラハウスのシェルに関して、建設技術者がどうしても見出しえなかった、その複雑な形の建設方法を見出した。ウッツォンはその課題自身を掌中に収め、シェルの各エレメントを人類最古の象徴の一つである球から切り出したのである。アルヴァ・アアルトもまた、直線ではなく波型にうねった形をしているアパートの建設のさい、同じように先導した。つまり、クレーンを用いて、どのようにしてアパートの外壁の曲面を標準エレメントから構成し、正確な曲面をつくるかという方法を技術者に教えなければならなかった。(P440 第五章 第三の空間概念)


人間が人間らしく生きるために必要なのは、技術や科学だけではない。
右手に技術を、左手に芸術を。
そして自分が自然の一員であることを再認識すること。

それが人間らしく生きる、ということではないのだろうか。