

[初代城主・加藤嘉明]
2011年にはじめて愛媛に来たときに松山城に登った。
そのときは時間の都合上、三の丸や二の丸をすっ飛ばして、本丸まで登ったものの、
天守閣の中には入らず引き返した。
それから6年。
ようやく松山城への核心へと迫る。
松山城はお堀に囲まれた平地部の三の丸、
勝山山麓にあって政務や藩主家族の居住場所であった二の丸、
標高132メートルの勝山山頂部に建てられた本丸が、
南西から北東へと斜めに連なる平山城です。
築城は1602年に加藤嘉明により取りかかるが、
完成前に会津藩へ転封となり、二代目城主となった蒲生忠知により
二の丸・三の丸を含む平山城・松山城を完成させたものの、
子供がいなかったため蒲生家は断絶、松平定行が三代目藩主となり、
以後明治維新までの235年間松平家が城主を務めた。
天守は1784年の落雷で一度焼失し、ペリーの黒船来航の翌年(1854年)に再建されました。
それが現在の天守。
現在日本には12の現存天守が残っていますが、
松山城はその中で唯一、親藩である証の「葵の御紋」が付されたお城なのです。
そして現存天守の中でもっとも新しいものでもある。
天気も良くて絶好の散策日和。

2月前だというのに早くも梅が咲き始めてました。
紅梅。

白梅。

背景の天守が見事に栄えるのですが、それにしても良いアングルを見つけるのが難しい。
もうちょっと景観設計を考えてほしい。
ひょうたん型の本丸エリア。

北側に天守のある建物群があるのですが、これがけっこう複雑な造りになっていて...

天守閣単独ではなく、複数の櫓と小天守・大天守がロの字型に結合して、
「本壇」と呼ばれる連立天守を形成しています。
水平方向だけでなく、垂直方向も上がったり下がったりバラバラなので、
さらにその複雑さが増し、その構造がなかなか把握しづらいのですが、
それが面白い、っちゃあ面白い。
玄関口。

現在は出入りは禁止となっていて、大天守の地階から入場するようになってます。
小天守。



大天守。




本壇というひとまとまりではけっこうな規模なのですが、
小天守は地上2階、大天守は地下1階、地上3階と天守そのものとしてはやや小振りな感じ。
さて、いよいよ中に入って...
1階。

石落としの窓。

2階。


天守は基本的に戦闘など非常時に使われる施設なので、必要最小限の板張りなのが普通なのですが、
松山城では天守にしてはめずらしく、天井板があり、畳が敷ける構造になっています。
また、襖を設置するための敷居もあります。
3階。

四方への眺望が素晴らしい。
南側眺望。

本丸広場が広がります。
南西部眺望。

市役所前道路。
西側眺望。

遠くに瀬戸内海が見えます。
松山総合公園も見えます。

北側眺望。

愛大や松山大などの大学施設が見えます。
東側眺望。

とくにこれといったものは...
屋根。

親藩であることの証、葵の御紋が印された瓦が見えます。
鯱。

保護のためだとは思うけど、☓点の棒が邪魔。
十間廊下。

金沢の五十間長屋を見てしまうといささか物足りない...
さすがに天下の名城だけあって、平日にも関わらず本丸エリアはたくさんの人で賑わってました。
一方で二の丸エリアの閑散とした様子。
あらためて導線のまずさを感じずにはいられない。
麓から本丸までの登城ルートは、東雲口、県庁裏、黒門口、古町口の4つの登城道がありますが、
観光客がメインに使うのは東雲口のみ。
残り3つは主に地元民が散歩やトレーニングで使っているようです。
自分も今回はじめて4つも登城ルートがあるのを知ったくらいです。
また、全国的にもめずらしい「登り石垣」も今回サイトを見てはじめて知りました。
これはもったいない。
混雑を回避する上でも、もっと人を集客する上でも登城の分散化をしたほうが良い気がします。
現在観光客で賑わうロープウェー街からは一時的に反発が出るかもしれませんが、
長期的視野でじっくり導線設計をすれば、もっともっと経済効果は出せると思うのです。
【Information】オフィシャルサイト
アクセス:路面電車「大街道」下車徒歩5分(東雲口)
天守開館時間:9:00〜 閉館時間は時期により異なります。入館は閉館時間の30分前まで。
(詳細はオフィシャルサイトでご確認ください)
休館日:12月第3水曜日
入場料:大人510円 小学生150円 小学生未満無料(保護者同伴で2名まで)