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広島滞在最終日。
最後はやっぱり平和記念公園。

前回訪れたのは2011年3月
実に7年ぶりの訪問です。


「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。
 過去を振り返ることは将来に対する責任をになうことです。
 ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。
 ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです。」


広島出身であることを心から誇りに思います。


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訪問日:2018年5月26日(土)


1ヶ月ほど前の話。
香川県立ミュージアムで開催中のイサム・ノグチ展に行ってきました。

イサム・ノグチの個展に行くのは、2006年高松市美術館での開催以来12年ぶり。
その最初の個展以降、香川ニューヨークの庭園美術館に行ったり、
ドウス昌代さんのイサム伝記を読んだりと、
それなりにイサムについて見識を深めたつもりだったけど。


2回目の個展も新しい発見の連続だった。

やっぱり奥が深いなあ、この日米混血の彫刻家は。


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≪遊園地を、単純な、不思議な感情を喚起する、形態と機能の入門書として、したがって教育的なものと考えたい。子供の世界は新鮮で明るく澄んだ、はじまりの世界であろう≫(ドウス昌代「イサム・ノグチ 宿命の越境者(下)」より)


※ガラスのピラミッド外観はこちら


冬のモエレ沼公園で唯一内部空間を堪能できる場所。

それがガラスのピラミッド。
マスタープランを設計したイサム自身は完成を見ることなく他界。
今、目の前にある公園の姿はイサムがイメージしたとおりなのだろうか。

実設計、設計管理は川村純一氏をはじめとするアーキテクトファイブ。
アーキテクトファイブ自身についてはほとんど知りませんが、
川村氏は妻の川村京子とともにドウス昌代著のイサム評伝にも登場。


モエレ沼についてはあまり予備知識なしで行ったのですが、
今、記事を書くにあたってWikipediaなどを見て、「ふ~ん」などと思っていたりします。


まずこの公園はモエレ沼という沼に囲まれた公園だということ。
外周の先に見える水路は川ではなく、沼だった。
そしてここは札幌市街美化のためにごみを埋め立てられて作った公園だということ。
これにはちょっとがっかりかなあ。
人間のエゴを美化しているような気がして。

ここにきて、最初に見かけた山も、モエレ山、という人口の山なのだとか。


広島の平和記念公園同様、建築的魅力、というよりは、
ランドスケープ的魅力が目立つ空間のように感じました。

こうしてみると、建築ってやはり独特の表現手段のように感じる。


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≪私にとって遊園地は、ひとつの世界を作りだすことを意味する。いわば理想の国を、縮小した形で建設することなのだ。それは、子供の背丈で、駆け回れる国である≫(ドウス昌代「イサム・ノグチ 宿命の越境者(下)」より


仕事の面接で北海道はニセコに行ってきました。

約束の時間に当日出発で到着することができないため、
札幌で前泊することに。
これはもう前日は観光するっきゃない、ということで、
朝早く東京を出て、10時ごろ千歳空港に到着。

最初はいつもどおり電車を使って移動しようかと思ってたのだけど、
さすが北海道はでっかいどう、接続が悪い割に金額もかかってしまう。
ちょっと調べると、楽天トラベルで、
往復の空港チケット+ホテル代+レンタカーつきでお得なパックがあったので
それを利用することにしました。

雪道はおろか運転そのものが久しぶりだったので、
ちょっと不安だったのだけど、
今後はなにかと車を運転する機会が増えることだし、
運転練習だと気を引き締めて、空港を出発。
一路札幌市内へ。

ナビ付だったので、慣れない土地でも不安なく目的地へ行けるのは便利だけど、
一方で、こうして人間本来の方向感覚は退化していくんだなあ、
...という一抹の不安も。


札幌で一番いきたかったのはイサム・ノグチの遺作、モエレ沼公園。

四国は香川県牟礼にある庭園美術館にも行ったし、
ニューヨークのノグチ・ミュージアムにも行った。
次はモエレ沼、と行ける日を待ち望んでいた。


ようやく念願叶って、行くことができたのだけど。

...そこはあたり一面の銀世界だった。
冬に行くところじゃないね。

それでも、イサムの目指した桃源郷が垣間見えた気がする。


広島平和記念公園【丹下健三|広島県広島市】

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平和は訪れて来るものではなく、闘いとらなければならないものである。
平和は自然からも神からも与えられるものではなく、
人々が実践的に創り出してゆくものである。
この広島の平和を記念するための施設も与えられた平和を
観念的に記念するためのものではなく平和を創り出すという
建設的な意味をもつものでなければならない。
わたくし達はこれについて、先ずはじめに、いま、建設しようとする施設は、
平和を創り出すための工場でありたいと考えた。
その「実践的な機能」を持った工場が、
原爆の地と結びつくことによって、
平和を記念する「精神的な象徴」の意味を
帯びてくることは極く自然のことであろう。
この二つの調和が計画にあたっての目標であった。

丹下健三「広島市平和記念公園及び記念館競技設計等選図案1等
ー広島市平和記念都市に関連してー」『建築雑誌』1949年11月号


広島は世界ではじめて核兵器で爆撃された街である。

広島は戦争の悲惨さを知り、平和の尊さを知る街である。
広島を故郷とする人間はそのことを誇りに思っている。

自分もそんな広島県人の一人である。


広島には世界平和を願うための施設が二つある。

村野藤吾が設計した世界平和記念聖堂ともう一つが今回紹介する平和記念公園。
日本が世界に誇る建築家、丹下健三氏がマスタープランを担当し、1954年完成。
負の世界遺産、原爆ドームを筆頭に、
平和記念資料館、原爆慰霊碑など、平和を祈る数々の施設を有し、
広島のみならず、日本が世界に誇る「平和を祈る場」である。


幼い頃からこの公園は身近な場所だった。
遠足で何度も訪れたし、フラワーフェスティバルではメイン会場になる。
しかし、当時はこの施設の存在意義を本気で考えたことはほとんどなかった。

故郷を永く離れ、建築に興味を持つようになった今、
ようやく僕はこの公園に正面から向き合うことができる。


故郷の大切さを知るために人は旅に出る。


Casa BRUTUS特別編集 イサム・ノグチ伝説

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この本をAmazonで買う


ブックオフで不要本を売った後、近くの古本屋で見つけました。

つい最近ドウス昌代さんのイサム・ノグチ評伝を読んだばっかり。
評伝はあくまでイサム・ノグチの人物像を追求するもの。
作品情報も文章中心で、写真があったとしてもモノクロ。

...となるとやはりカラー写真情報が欲しくなるもの。
ちゃんとした作品集は高価だし...

...というときにこういうムック本は便利。

で、つい購入。
定価1,260円に対し700円。

作品の所在情報なども載っていて、今後訪れる際の参考にもなる。
半分日本人というだけあって、予想以上に日本に作品が多いのにびっくり。

機会あれば訪れてみたい。


イサム・ノグチ ~宿命の越境者~【ドウス昌代】

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「地球を彫刻した男」イサム・ノグチの評伝。

作者のドウス昌代さんは名前からしてイサムと同じハーフなのかな、
と思いきや旦那さんが外国人というだけでどうやら生粋の日本人のようです。
余談ですが、ドウス昌代さんの出身である北海道岩見沢市の
岩見沢複合駅舎が2009年グッドデザイン大賞を受賞しました。
この本を読んだタイミングにおいて、なにかしら奇縁を感じます。

イサム自身も「ある彫刻家の世界」というタイトルで生前に自伝を出しているものの、
その大半は自分の作品の写真で占められ、出自に関する文章は30ページほど。
彼の本質を理解するには十分なものではなかった。

彼は自分の人生の足跡を記録として残すことにこだわる人だった。
多くのアーティストと同じく文章を書くことはそれほど得意ではなかったが、
家族や友人とよく手紙のやりとりを行い、その手紙を大事に保管していた。
晩年は自分の人生を自らの肉声で録音するということまでした。
彼は非常にエゴの強い人間だった。

その記録と共に彼が残した足跡を筆者が根気よくたどることにより、
この物語は実現している。
記録によるイサム本人の声と、筆者の取材という主観と客観の双方からの
アプローチによりイサムの実像がよりくっきり見えてくる。

この本はただイサムを賛美するだけでなく、
厳しい批評も賛美と同じくらい含んでいる。
その点でこの本は正直な評伝だと思った。


ナショナリティのギャップがまだ現在ほど寛容に受け容れられない時代。
日本とアメリカの「アイノコ」はどちらの社会からも受け容れられなかった。
その耐え難い傷がイサム・ノグチの出発点となっている。
ナショナリティを超え、ボーダーレスのアートという領域に
自分が属することができる場所を見出そうとした。
しかし皮肉にもその特異な出自はアート界をも戸惑わせた。
「巨匠」と呼ばれながらも、奇妙なほど捉えづらい存在とした。
それがイサムらしさ、ということなのかもしれないし、
イサムの巨匠たらんところでもあるのだと思う。


ブランクーシはその「純粋性」において惹かれる。
一方イサムはその「渾沌性」において惹かれる。


イサム・ノグチ彫刻ワークシート【プレゼン】

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毎週火曜日は「かたちのデザイン2」セッションの
イサム・ノグチ彫刻ワークシート

本日その課題のプレゼン発表。

作業そのものは紙の立体パズルですが、
パズル遊びと違うのはその立体パズルにより
人間の等身大程度の彫刻作品を作成し、そのオブジェが設置される空間を想定し、
作品に名前をつけてそのオブジェが発するメッセージを提案する「デザイン」であること。

去年の「かたちとデザイン」と同じく各学生のベスト作品を投票するという
恐るべき投票システム。

これって意外と凹むんだよねえ...


イサム・ノグチ彫刻ワークシート

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「かたちのデザイン1」でもそうだったのですが、
「かたちのデザイン2」では月・木と火曜では担当の先生が異なります。

前記事で紹介した「保持するもの」作りは月・木の課題で、
火曜は「デザインの煎じ薬」の著者、武正先生による課題です。
「かたちとデザイン1」ではほぼ座学だったのですが、
今回はれっきとした課題となってました。


それが「イサム・ノグチ彫刻ワークシート」。


noguchi museum【ノグチ・ミュージアム】

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「Hanging Man(ぶら下がる男)」

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日米混血の彫刻家イサム・ノグチは、
日本とアメリカに自らの作品を展示する庭園美術館をつくりました。

アメリカ・ニューヨークにある美術館は、
イサム自らが生前に自身の作品を展示する場所として心血を注いで作ったもの。

今回そのニューヨークのノグチ・ミュージアムに行ってきました。
香川の庭園美術館を訪れてから、かねてよりこちらにも行ってみたいと思っていました。


建物の内外に所狭しと作品が展示されています。
展示数は日本よりも断然こちらのほうが多いようです。
日本の庭園美術館同様作品の解説はなく、
見たままを感じてもらいたい、という主旨のようです。
(ただし日本はツアー形式で係員がある程度説明はしますが)
こちらはエントランスとショップ以外には係員もいません。

平日昼間でクイーンズという場所柄もあってか、人も少なく、
ほとんどのエリアで一人きりで静かにゆっくり鑑賞することができました。
静観してもらいたい。
日本人の父を持つ彼の日本観を垣間見たような気がします。


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イサム・ノグチ庭園美術館を見学後、牟礼町から高松市へ移動。
高松市美術館へ。

タイミングよく、「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」開催中。
横浜でもやってたみたいです、この展示会。

抽象的な石の彫刻しかしてないのかと思ったら。

頭像、プレイグラウンド、家具、照明...
石像、銅像、ブロンズ像、陶像、ステンレス像...

さまざまな作品を手がけているんだな。

広い視野と広い見識。
アメリカ人と日本人との間に生まれ、自分がどこに帰属するのかが
分からず、それを求め続けたといいます。
それが彼を際限なく広い視野へと駆り立てていった...

彼ほどの素養は僕にはかけらもないかもしれないけど、
心理的にはどこか似通うものがあると感じた。

幼い頃に両親に見放され、本当の親を知らずに育った。
大人になるにつれ、自分がますます分からなくなった。
親を知らないことで自分を半分見失ってる気がした。
それでがむしゃらにいろんなものにしがみついた。


彼はどのようにして世界とつながりたかったのだろう。


イサム・ノグチ庭園美術館【香川県牟礼町】

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日米混血の彫刻家イサム・ノグチは、
日本とアメリカに自らの作品を展示する庭園美術館をつくりました。

アメリカ・ニューヨークにあるノグチ・ミュージアム
イサム自らが生前に自身の作品を展示する場所として整備したものであるのに対し、
日本のイサム・ノグチ庭園美術館はイサムが生前に日本での制作場所(アトリエ)兼住居として
使用していた場所を美術館として整備したものになります。


今回、日本の庭園美術館へようやく訪れることができました。

場所は香川県牟礼町。
高松駅からことでんバスで30分ほどのところにあります。
見学には事前の予約が必要です。
10/3(火)13:00に予約。
午前中は隣町のセカチューのロケ地、庵治町を散策してました。

定刻に受付に行ってみると、平日昼間だというのに40人くらいの人。
すこし多めとのことですが、やっぱり有名な美術館なんだなー。

人数が多いので2グループに分かれて、それぞれ1時間ほどの
ツアー形式で見学、というスタイル。

ツアー参加者には上記写真中のパンフに貼ってあるシールが
配られ、服など見えやすいところに貼り付けます。
気をつけないとうっかり落ちてしまうので注意!
僕は何度も落として危うくなくしてしまうところでした^^;


地球を彫刻した男のデザイン【イサム・ノグチ】

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[フリーフォームソファ&オットマン:noguchi museumにて]


日米混血の芸術家、イサム・ノグチ。
彫刻家であり、画家であり、インテリアデザイナーであり、
造園家・作庭家であり、舞台芸術家だった。

その存在を知ったのはmixiのコミュニティだった。
彼の素性をよく知らないままに、なぜか惹きつけられた。
日本とアメリカの両国に彼の遺志を実現した庭園美術館があります。
彼の中にある二つのナショナリティで自分のアイデンティティを確立したかったのでしょう。

地球を彫刻した男。
そう呼ばれた男が地球をどんな風に彫刻して、どんなものを遺したのか。
そしてどんなデザインをしたのか。