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シルク博物館

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木は固い。
その固い木と対峙する柔らかい素材と合わせることで、
ソリッドでシャープでありながら、オーガニックでもある。

そういうモノが作りたいなあ、と素材探し。

城川町が木材の町ならば、おとなりの野村町は和紙・シルクの町。
まずは和紙を求めて和紙工房へおじゃました後、
シルク博物館へ。


かつては盛んだった養蚕農家も今ではもう数えるほど。
皇室に献上するほどの高品質のシルクを作りながらも、
安価に、安易にという方向へ向かったマスプロダクトの波に押し流されて、
古き良きものは消えゆこうとしている。

本当に大切なモノはなんなのか。
それを本気で考えなければ、この先も我々は次々と大切なものを失っていくだろう。


泉貨紙

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11月はもりあげ隊の会報作成など、事務仕事が入っちゃって、
なかなかユスモクに専念することができない...

...のですが、頭の中では常に作品作ってます!

これまで、スツール、ベンチ、テーブルと試作してきました。
それぞれ問題点はありますが、これから自分が目指す方向に向けて、
順調なスタートは切れているんじゃないかな...
と、自分では思っているのですが、
これからは周囲にもそれを認知してもらわなければなりません。

これまでは純粋な木材だけを使った作品だったので、
四作目は他の材料を組み合わせたコラボ作品にしてみようかな、と。
定番ですが、照明作品で木と和紙の組み合わせを考えてます。

おとなりの野村町で、泉貨紙という有名な和紙を作っている所があると聞き、
個人購入もできる、ということで行ってきました。


惣川の春

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まだかとまだかと待っていた桜も、
ようやく満開を迎えた、と思ったら。

気づけば花は散り、新緑が芽吹きはじめている。
世の流れはなんと早いものか。


新しい年度になって、西予市の地域づくり体制に変化がありました。

新しく、地域再生マネージャーが導入されることに。
一言で言うならば、地域づくりのアドバイザーみたいなものでしょうか。
常駐ではなく、月に4日程度地域に入っての活動になります。

この人が具体的になにをするか、といえば。

地域おこし協力隊の定住支援。
任期終了後も継続して安定収入を得るには。
地域の産物を売って収入を得ようじゃないの。
さあ、売ろう売ろう。

...こんな感じ。


とにかく行動が早い。
まあ月に4日しか滞在しないのだから、そりゃそうなんだろうけど。

最初はその勢いに面食らいました。
ただ、刺激になったことは確か。

その刺激を良い刺激にするか、悪い刺激にするかは自分次第。


桜の風景【桂川渓谷】

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  ♪ ぼくらはきっと待ってる 君とまた会える日々を
   桜並木のみちの上で 手を振り叫ぶよ
   どんなに苦しい時も 君は笑っているから
   くじけそうになりかけても 頑張れる気がしたよ
   かすみゆく景色の中に あの日の歌が聞こえる

   さくら さくら 今咲きほこる
   刹那に散るゆくさだめと知って
   さらば友よ 旅立ちのとき
   変わらないその想いを 今 ♪

   (森山直太朗『さくら(独唱)』)


桜のある風景、続いては桂川渓谷。

野村ダムからさらに山奥へ入ったところにこんな見事な桜並木があるとは。
渓谷の入口に馬蹄形(Uの字)に見事な桜並木が広がります。


城川の三滝渓谷も良いけれど、こちらもなかなか。

西予市良いところたくさんありまっせ〜


桜の風景【野村ダム】

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  ♪ 桜の花びら散るたびに 届かぬ想いがまた一つ
   涙と笑顔に消されてく そしてまた大人になった
   追いかけるだけの悲しみは 強く清らかな悲しみは
   いつまでも変わることのない
   君の中に僕の中に 咲くLove
 
   名もない花には名前をつけましょう この世に一つしかない
   冬の寒さに打ちひしがれないように 誰かの声でまた起き上がれるように ♪

   (コブクロ『桜』)


四国に来てはじめての桜のある風景。

龍澤寺に続いてはお隣りは野村町の野村ダム。

ダムって人間のエゴの塊だけど、なんか好き。
(位置)エネルギーを感じるからかな。


舞の海が隣町にやってきた。

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平成23年度えひめ国体開催PR事業で元関取の舞の海関が
相撲の里・野村町の乙亥会館に講演で来られました。


演題は「可能性への挑戦」。


正直相撲にそれほど興味があるわけではありません。
舞の海関もあの小さい身体で一回りも二回りも大きい力士を相手に闘っていた力士で、
今は相撲解説やスポーツキャスターで頑張っている、という常識くらいしかなく。

それがなぜ、話を聞きに行こう、と思ったのだろう。

ただ、有名人が見たい?
演題に興味が湧いた?
たぶん、そのどちらもかもしれない。
あとは、そう、モチベーションが得たかったのかも。


ちょっと迷って、結局行くことにして、開演20分前に到着。
すでに駐車場は満杯。さすがの集客力。
ちょっと遠くの駐車場に止めて、何とかギリギリ開演前に会場に到着。


やっぱり行ってよかった。

予想外に話がとても上手。


朝霧よ今夜もありがとう

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今年最後の集落応援隊・集落支援員の定例会が終わりました。

いつもは静かに抑揚なく進むこの会議も、
年の最後にふさわしく、少しドラマチックなテーマで盛り上がりましたが、
今の自分の状況にはあまり関与する部分も少なく、
やっぱり平穏無事に終了。

かといって、自分の今の状況がなにも問題ない、というわけでもなく、
上手くいっている部分も、いってない部分も含めて、
総じて静かに事は順調に進行している、といった感じでしょうか。


宇和での定例会の帰り道。
かねてより見たいと思っていた朝霧湖展望台のイルミネーションを見に行きました。


素人考えですが、イルミネーションの撮影はどっぷり暮れた夜よりも、
陽が僅かに残る宵闇の頃が良いと思う。
夜だと光量が足りなくて周囲の撮影が難しくなるし、
明るすぎるとイルミネーション自体が目立たなくなる。

周囲も写って、イルミネーションの明るさも色褪せない。
微妙な色具合の宵闇。

その貴重な瞬間に立ち合うことができました。


ささやかな幸運に感謝。


乙亥相撲

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隣町、野村町は相撲が盛んです。

町内の小中学校にはたいてい土俵があるのだとか。
そして街の中心には「乙亥(おとい)の里」という立派な相撲競技場まであるのです。

そして年に1回、盛大に相撲大会が開催されます。

それが乙亥相撲。


じつは武道家です。

...といってもここ5年は運動自体ごぶさたですが。

中学生から剣道を始め、なぎなた、空手、合気道。
合わせ段位は七段(剣道弐段、なぎなた初段、合気道四段、空手は級止まり)!

しかし相撲にはとんと縁がなかったな。
やるのはもちろん、見ることもほとんどしなくて。

野球の投球までの「間」がもどかしく、同様に相撲の待ったなしまでの「間」までがもどかしい。
若い頃は相当せっかちだったかも。

でも今、こうして眼前で眺めていると、やっぱり面白い。


相手の動きを読み、瞬時に自分の体をどう動かすかを判断し、動く。

「体捌き(たいさばき)」は人生に似て面白い。


土居家絶品メニュー!

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地域おこしは難しい。


さまざまな壁にぶつかるたびに、不満を言い、
うまくいかない理由をあれやこれやと批判として並べ立て、言い逃れをしたくなる。
しかし、それは本質的な解決策ではない。

批判するのは簡単だ。
問題点を抽出することも大事かもしれないけれど、
魅力を抽出して展開していくほうが地域おこしそのものが楽しいものになる気がする。


西予市では、地域おこし協力隊の職務は基本的に自由裁量で決定します。
結果の評価も基本的には自己評価のみ。
それは様々な可能性がある一方で、ややもすると目標を見失って混沌化してしまう危険性もある。
自己評価のみが唯一の評価となる作業をはたして「仕事」と呼べるのだろうか。
他人からの評価、それも公平で明確で正確な評価が得られてこそ、
充実した達成感を感じることができるのではないだろうか。


地域おこしにはモンスターが必要だ。
元気のモンスター。

たくさんの「いいもの」を探して、吸収して。
元気があればなんでもできる。

イチ、ニ、サン、ダーッ!!!


ハチノコ!

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どちらかと言えば、食には無頓着なほうです。

味音痴ではない(...と自分では思っている)ですが、
食は最低限の栄養さえ保たれれば良い、と思っています。

わざわざ遠くへ美食をしに行ったり、人気店で行列に並ぶ、ということには
あまり興味がなく、自ら積極的にすることもありません。
たまに友だちなどに誘われて行く程度でしょうか。


田舎はだいたい農業がメイン産業なので、
町おこしの方法も自然と食につながるものが多い中、
自分はどちらかと言えばものづくりに興味があり、こだわりがあり、
食以上の「もの」へのこだわりが、人間の生活(文化)レベルの向上につながるものがあると信じ、
「農業以上のものへの取り組み」が自分の活動の核となっています。


その基本スタンスは今でも変わらないけれど、
こちらに来て、食は人間の生活の根幹であることを再認識させられました。

「食」の幅を広げることは、人間の幅を広げることなのだ、と。