2017年11月30日

世界最古の庶民のための公立学校・旧閑谷学校【岡山県備前市】

建築デザイン / 空間デザイン

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岡山県高梁市の備中松山城をあとにして、備前市の旧閑谷学校へ。


閑谷学校は江戸時代前期の寛文10年(1670年)に岡山藩主・池田光政によって創建された、
現存する「世界最古の庶民のための公立学校」です。
池田光政は水戸の徳川光圀、会津の保科正之とともに江戸初期の三名君と称されています。

はじめて閑谷の地を目にした光政は、「山水清閑、宜しく読書講学すべき地」と賞賛、
地方のリーダーを養成する学校の設立を決めました。
そして藩主の命を受けた家臣・津田永忠はおよそ30年の年月をかけて、
元禄14年(1701年)に現在目にすることのできる学校の姿ができあがりました。
以降300年以上も当時の様相を色濃く残すものとして国の特別史跡に指定されているほか、
敷地内の25の建物物等が重要文化財に指定されてており、
中でも講堂は学校建築として唯一、国宝の指定を受けています。

また、平成27年には「近世日本の教育遺産群」として、
特別史跡旧弘道館、史跡足利学校跡、史跡咸宜園跡などとともに最初の日本遺産に認定されました。

丸みを帯びた石塀に色鮮やかな備前焼の瓦の建物群は、
儒学の教える「仁政」に重きをおいた光政の方針とも相まって、
伝統的な日本建築とはちょっと違った独特な雰囲気を醸し出しています。


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2017年11月26日

天空の城塞・備中松山城【岡山県高梁市】

空間デザイン

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岡山県高梁市にある備中松山城に行ってきました。

愛媛に住む者としては、「松山城」といえば地元松山にあるお城を思い浮かべるのですが、
じつは瀬戸内海を隔てた岡山にも松山城があります。
愛媛の松山城と区別するために岡山の方は一般的に「備中松山城」と呼ばれています。
ちなみにどちらの松山城も現存天守を擁しています。

標高430メートルの臥牛山山頂にある山城であり、日本三大山城の一つとされています。
臥牛山は「大松山」「天神の丸」「小松山」「前山」の4つの峰からなっているのですが、
その山容が草上に突っ伏しているように見えるのがその名前の由来となっています。
現在は小松山エリアにのみ天守をはじめとした城郭が残っていますが、
かつては臥牛山全域が一大要塞となっていたようです。

城の歴史は鎌倉時代に有漢郷(現在の高梁市有漢町)の地頭に任じられた秋庭三郎重信により
大松山エリアに砦が築かれたことにはじまり、その後小松山移り、
目まぐるしく城主が変わったみたいですが、
現在残っている城郭は江戸時代に小堀正次・小堀政一(遠州)父子、水谷勝宗らにより
修築されたものだとされています。


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2017年11月25日

作庭家・庭園史家 重森三玲の世界【岡山県吉備中央町】

空間デザイン / アート

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三徳山をめざして岡山自動車道へ車を走らせていると、
ふと、「重森三玲の世界」という看板が視界に入ってきた。

すごく気になったのもの、できるだけ早く現地に着きたくてやむなくスルー。
しかし後日、どうにも気になって訪れることにしました。

岡山県吉備中央町は重森三玲の生まれ故郷です。
町内には記念館およびパネル展示室と、
「友琳の庭」「西谷邸」「小倉邸」「天籟庵」「功徳庵」の
三玲が手がけた庭園や茶室が5ヶ所あります。

事前にネットで調べたところ、いずれも無料公開してるとのことですが、
この「無料」が曲者でした。
たぶん平日はほとんど訪れる人がいないのでしょう。
どうやら普段は無人で放置状態のため、中に入れないところもあうようです。
訪れる際は管理をしている町役場に事前連絡をしたほうが良さそうです。

「タダほど高いものはない」とはよく言ったものです。


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2017年11月19日

八木一夫と清水九兵衛 陶芸と彫刻のあいだで【菊池寛実記念 智美術館】

アート

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半年ぶりの東京2日目。

六本木の国立新美術館で安藤忠雄展を見た後、
日本橋の三井記念美術館で開催中の超絶技巧展を見に行こうと地下鉄での移動中、
人身事故かなんだかで、電車がまさかのストップ。
当面動きそうもなく、このままだと飛行機の時間に間に合わなくなる。

そこでプランB。
上京前に日曜美術館を見て少し気になっていたものの、
時間の都合上あきらめていた菊池寛実記念智美術館へ行くことに。
折しも電車が止まったのが最寄り駅の神谷町。

これはもうこちらの美術館に行きなさい、という神のお導き。
神谷町駅からゆるやかな坂道を上がった先のホテルオークラの向かいに建つ一風変わった建物。
西久保ビルというそうですが、中世に西久保城というお城があったことに由来するそうです。
美術館はこの建物の地下にあるわけですが、
地上に奇抜なビル、地下に美術館というスタイルは山種美術館に似てますね。


しかしこの美術館はスバラシイ。
近年まれに見る大当たりの美術館でした。


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2017年11月18日

安藤忠雄展 挑戦【国立新美術館】

建築デザイン / アート / 展示・イベント

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建築に何が出来るのか、そもそも建築とは何なのかー私は建築の本質とは、人工と自然、個人と社会、現在と過去といった、人間社会にまつわる多様な事象のあいだの関係づくりと考えています。その意味で、人々共に木を植えて街に緑を取り戻す活動もまた、私にとっては建築です。既にある風景、社会制度の中に入り込んでいって、予定調和から外れた試みをしようとすれば、当然、摩擦や衝突が起こります。建築の原点たる住まいの問題、空間の光と影といった美学状の問題、あるいは都市空間、場所の風土の問題。つくる度にさまざまなテーマに直面し、それらに建築で応えるべく、悪戦苦闘してきました。その全てが挑戦でした。


半年ぶりの東京2日目。
朝一で六本木の国立新美術館へ。

建築家・安藤忠雄の半世紀に渡る建築活動を紹介する展覧会。
ギャラリー「間」21_21、ANDO MUSEUMなど、
過去何度か安藤さんの展示は見に行ってますが、
これほど大規模なのははじめて。

270点もの資料や模型で89のプロジェクトを紹介する過去最大規模のもの。
この展示を見るだけでもよくまあ、これだけやってきたもんだと感服するのですが、
一方で安藤さんの「連戦連敗」という本では、
実現しなかったプロジェクトも山ほどあったというのだから、
展示ボリュームをはるかに超えるエネルギーを安藤さんは建築に注ぎ込んできた。
そう考えると、さらにその感服度合いが大きくなります。

それでも東京という日本でもっとも大きな街で、
日本で最も有名な建築家は自分の回顧展を自分の設計した美術館で開催できなかった。
そこに日本の建築界の窮屈さを垣間見たような気がします。
その意味においても、晩年に差し掛かって身体がボロボロになってなお、
夢を抱き続ける安藤さんの挑戦はまだまだ続くのでしょう。


「目標があるうちは青春だ」


自分もそういう人生をおくりたいと思う。


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2017年11月14日

シャガール 三次元の世界【東京ステーションギャラリー】

アート

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[図録]


半年ぶりの東京。

竹橋の国立近代美術館に続いて東京駅構内にある東京ステーションギャラリーへ。

正直企画展よりは、新しくできた美術館そのものが目的でした。
東京駅の復元工事に伴って新しくできた美術館かと思いきや、
開館は1988年、なんと自分が上京する前からあったんですね。
東京駅は毎日通勤で通過していたのに全く知りませんでした。
近くにあるものを意外と知らない。
ものごとってえてしてこんなものですよね。


というわけでシャガールが格別好きだから、というわけではなかったのですが、
美術館の空間はもちろん、展示そのものも期待以上にすごく良かった。

画家として有名なシャガールですが、
重力という常識から開放されたようなその作風からして、
二次元の枠におさまらない雰囲気は十二分にありましたが、
実際こんなにもたくさんの三次元作品を手がけていたことに驚きでした。


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2017年11月12日

MOMATコレクション【東京国立近代美術館】

アート / 展示・イベント

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半年ぶりの東京。
今回も一泊二日の弾丸ツアー。


まずは竹橋の東京国立近代美術館へ。
地下鉄の地上出口を出ると外はあいにくの雨。

一番の目的は企画展「日本の家」展。
平日だし、天気も悪いし、テーマ的にもそんなに人はいないだろう...

と思ったのがあまかった。
中は予想以上の混雑。
しかし内容は期待に反して建築の美的感覚の追求というよりは、機能的理論の考察といった感じで、
どちらかと言えば建築関係者などの玄人向けのように見えました。
しかも図録が三千円以上と高い(結局買わず)。

清家清の「斎藤助教授の家」の原寸大模型は良かったけれど、
全体的には期待はずれ感が否めず。

一発目からハズレか?

...と思いつつ続いてコレクション展へ。

...これがめっちゃ良かった。


企画展での物足りなさを補って余りある一発逆転なのでした。

※本展はすでに終了しています。


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2017年11月 9日

聖徳太子創建、足利尊氏も祈願した必勝祈願のお寺・浄土寺【広島県尾道市】

空間デザイン

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10年ぶりの尾道。

千光寺公園の駐車場に車を停め、千光寺から天寧寺と下りてきて、
国道沿いに東へどうすること10分。
最後の目的地、浄土寺に到着。


推古天皇24年(616年)聖徳太子開基と伝えられる。
鎌倉時代の終わり頃には荒れ果てていたが、定証上人により復興。
その20年後に焼失するも尾道の邑老道蓮・道性夫妻により堂宇再興の大願を発して再建、
現在に至る。

室町時代には武家・公家双方から手厚い外護を受ける。
特に足利氏による庇護は厚く、足利尊氏が九州に落ち延びる際には、
浄土寺にて戦勝挽回を祈願したところ、その後の戦いで見事に勝利し、
室町幕府の初代征夷大将軍となった。

南北朝時代の戦乱の世へとの移行に伴い再び荒廃するも、
江戸時代では地元豪商の庇護を受けることで支配階級からの保護から一転、
庶民信仰中心の寺院へと変貌した。


約700年も前の建造当初の様子をよく残しているとのことから、
境内の土地と建物(本堂・多宝塔)の両方で国宝の指定を受けています。
これはこの浄土寺と京都の清水寺のみです。


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2017年11月 5日

南北朝創建古刹1367年 曹洞宗・天寧寺【広島県尾道市】

空間デザイン

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尾道散策。
山上の千光寺から麓の国道に降りてくる途中に見える見事な三重塔。

三重塔以外の本堂や山門はどこだろうと思いつつ、
見つけられぬまま通り過ぎること数回。
今回ようやくお寺の全貌を目にすることができました。

三重塔以外にも五百羅漢や直原玉青の襖絵など、見どころ満載のお寺でした。


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現代アート、はじめます。草間彌生からさわひらきまで【尾道市立美術館】

アート

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草間彌生『ハーイ、コンニチワ!ヤヨイちゃん』『ハーイ、コンニチワ!ポチ』(2004)

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広島県尾道市の千光寺公園の中にある尾道市立美術館へ行ってきました。

国内の現代アートコレクターを代表する高橋龍太郎氏、田口弘氏、桶田夫妻の
膨大なコレクションから第一線で活躍する現代アーティストの作品約40点を展示する
企画展が開催中でしたが、自分のもっぱらの関心は、
安藤忠雄設計によりリニューアルされた美術館そのものでした。
開館当初の美術館の様子を知らないので、新旧の変化を探ることはできないのですが、
古い伝統的な寺社建築の前に安藤さん独特のコンクリートボックスが配置されるという
割りと分かりやすい構造なので安藤さんの行った改修ポイントがそれなりに見えた気がします。

外見的には比較的新旧の建物の区別がはっきりしているのですが、
内部はシームレスにつながっており、単に古い建物の前に新しい建物を加えただけでなく、
一つの美術空間としてトータル的に見直されたことが分かります。


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