2017年9月19日

南岳山 光明寺【安藤忠雄|愛媛県西条市】

建築デザイン

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10年前に買った「CasaBRUTUS特別編集 安藤忠雄×旅 総集編」を久しぶりに読み返していると、
愛媛にも安藤建築が、それも安藤さんにはめずらしい木造建築がある、
ということに改めて気づきました。
買った当初は東京に住んでていて、
遠い愛媛にある建物のことにはあまり興味が向かなかったんでしょうね。


...というわけで西条市の光明寺に行ってきました。

開基は戦国時代の1520年頃、現在の住職は22代目。
2000年に安藤忠雄設計で全伽藍(本堂、客殿、礼拝堂、庫裡)を新築。

戦国時代開基の古刹を現代建築界の寵児が大胆に刷新する。
長年積み重ねてきた伝統的な寺社建築の枠を打ち破る。
いろんな面で批判は決して少なくなかったことでしょう。
しかし考えてみれば、伝統的な寺社建築も最初は革新からはじまったはず。
革新なきところに前進はなく、廃れゆくのみ。
実際、過疎化が進む地方においては檀家が減り、
寺社を維持していくのが難しくなっていると聞きます。
三方を格子に囲まれた本堂の中は格段に明るい。
従来の薄暗い本堂からすれば違和感はあるものの、
木材という昔から馴染みのある素材に囲まれているせいか、心地よさを感じました。

この建物はお寺にとっても、コンクリート造を得意とする安藤さんにとっても、
革新的な挑戦だったのでしょうね。


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2017年9月18日

五百亀記念館【愛媛県西条市】

アート

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西条市の愛媛民藝館を訪れた折、Googleマップのナビを頼りにに行ったのですが、
到着地で目に入ってきたのは伝統的なスタイルなんだけど、新しくてキレイな建物。

民藝館ってこんなに新しかったっけ?...とよくよく見たら、
民藝館ではなく、「五百亀記念館」とある。
とりあえずスルーしてまずは今回の一番の目的である民藝館へ。
民藝館のスタッフさんから「五百亀」は「いおき」と読み、
西条出身の彫刻家・伊藤五百亀の記念館だと教えてもらいました。

初めて聞く名ですが入場無料、ということで行ってきました。
こういう新しい出会いが嬉しい。


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2017年9月17日

愛媛民藝館【愛媛県西条市】

プロダクトデザイン / アート

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「民藝」という新しい美の概念の普及と「美の生活化」を目指す民藝運動の本拠地として、
1936年に日本民藝館が東京駒場に思想家の柳宗悦により企画され、
大原美術館を設立した実業家の大原孫三郎をはじめ多くの賛同者の援助を得て設立されました。

その後民藝運動は全国へ拡散し、運動の賛同者らによって日本各地に民藝館が建てられました。
愛媛では1967年に当時の日本民藝協会長であった大原総一郎(大原孫三郎の息子)氏の提唱に
地元の有志、企業が応え、西条市の中心地の堀に囲まれた旧陣屋跡地に
「愛媛民藝館」が四国における民藝運動拠点となるべく設立されました。


在京時代に日本民藝館に訪れる機会がないまま愛媛に移住して6年、
愛媛にも民藝館があることをはじめて知り、しかもそれが四国唯一だということで、
喜び勇んで出かけてきました。


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2017年8月30日

石手寺3・庭園/本坊/宝物館【四国八十八ヶ所霊場:第五十一番札所】

空間デザイン

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四国八十八ヶ所霊場第五十一番札所、熊野山 虚空蔵院 石手寺。


下段部上段部に続いて、庭園・本坊・宝物館エリアを紹介していきます。

石手寺の庭園はいわゆる美観や莊嚴さをアピールしたものではありません。
やはりカオス感を全面に押し出した不思議な雰囲気を醸し出したものとなっています。

仁王門の右側の三重塔や鐘楼の奥に七転八福神を祀った庭園があります。
さらにその奥に寺宝を常時展示している宝物館や、
ブッダの一生を表現した彫刻を置いた庭がある本坊があります。


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2017年8月27日

石手寺2・上段【四国八十八ヶ所霊場:第五十一番札所】

空間デザイン

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四国八十八ヶ所霊場第五十一番札所、熊野山 虚空蔵院 石手寺。

現在の境内はさほど広いわけではないのだけど、
盛りだくさんすぎるので3つのパートに分けます。

本記事では、下段部から上がってきて上段部をご紹介。


本堂の裏側には洞窟があり、その奥にはさらに奥の院があります。
ただ、本堂に来るまでにもうたくさんありすぎてついつい見過ごしがち。
(自分は最初見過ごしてしまいました^^;)

しかし、この本堂の奥にこそ石手寺ワールドの醍醐味が潜んでいるのです。



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2017年8月26日

石手寺1・下段【四国八十八ヶ所霊場:第五十一番札所】

空間デザイン

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四国八十八ヶ所霊場第五十一番札所、熊野山 虚空蔵院 石手寺。

時は奈良時代、伊予の豪族・越智玉純が霊夢により熊野十二社権現を祀ったのを機に、
聖武天皇の勅願所となり、行基が薬師如来を刻んで本尊に祀って開基した。
この時の寺の名前は「安養寺」であった。
平安時代に衛門三郎という長者がいた。
ある日、托鉢の僧を弘法大師と知らずに托鉢をとり上げ投げつけたところ、鉢は八つに割れた。
以後三郎の八人の子どもがことごとく死んだ。
三郎は改心し、大師を探して四国巡拝の旅に出るが、出会えぬまま病に伏してしまう。
その時、枕元に弘法大師が現れ、「衛門三郎」と刻んだ石を授けると、
三郎は安堵して息を引き取る。
ちなみにこの時の巡礼旅が四国遍路のはじまりであり、衛門三郎はその開祖とされています。

その後、地方豪族の河野息利に男子が生まれたが、右の手を握ったまま開かないので
この寺に願をかけたところ、手の中から「衛門三郎」と刻まれた石が出てきた。
そこでこの石を当山に収め、寺号を安養寺から石手寺に改めた。


...由来を聞くだけでもなかなか奇妙な感じのお寺ですが、その実態もなかなか。

それはまさにカオス。


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愛媛県最古の木造建築・大宝寺【愛媛県松山市】

建築デザイン

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愛媛県にある3つの国宝建造物はすべて松山市内にあります。
今回は松山総合公園の麓にある大宝寺に行ってきました。

残る二つの太山寺、石手寺のような四国八十八ヶ所霊場ではありませんが、
空海の興した真言宗系のお寺です。

古照山薬王院大宝寺。本尊は薬師如来。
飛鳥時代の大宝元年(701年)に小千(越智)伊予守玉興により創建。
現在残っている本堂が平安末期の阿弥陀堂形式を用いて鎌倉時代の建立で、
愛媛県最古の木造建造物であり、国宝建造物に指定されています。

松山市のほぼ中心部にありながら周囲は閑静な住宅街であり、
境内もそれほど大きくなく、併設されている住職の邸宅のほうが立派に見えるくらい、
簡素ですっきりした構成でした。
お遍路巡りの寺に指定されていないこともあってか、参拝者は自分以外に誰もなく、
ひっそりとした雰囲気でした。

まあ、自分はお寺のそういう雰囲気が好きなのだけど。


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2017年8月20日

太山寺【四国八十八ヶ所霊場:第五十二番札所】

空間デザイン

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松山市太山寺町にある太山寺に行ってきました。

創建は飛鳥時代、開基は真野長者。
ある時、長者が商いで大阪に向かう途中、嵐に遭難。
そこで観音様に無事を祈願したところ、高浜の砂浜に無事流れ着く。
この報恩に、と一夜にしてこのお寺を築き上げた、という伝説が残っています。

鎌倉時代に創建された本堂は、桁行七間、梁間九間、屋根は入母屋造りの本瓦葺で
全国屈指の規模を誇り(県下最大)、国宝に指定されています。
ちなみに愛媛県ではこの太山寺本堂と石手寺仁王門、大宝寺本堂の3つが
国宝建造物に指定されています。

長い年月風雪に耐え抜いてきた屋根は独特の重みというか迫力を感じずにはいられない。


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2017年8月19日

世界が絶賛した海中芸術 伊東昭義展【ミウラート・ヴィレッジ】

アート / 展示・イベント

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ミウラート・ヴィレッジで開催中の伊東昭義展に行ってきました。

伊東昭義氏のことは全く知らなかったのですが、
テレビのCMで流れてるのを見て、
そう言えばかねてより訪れたいと思っていたミウラート、まだ行ってないなあ、と。


ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)は三浦工業グループの創業者三浦保氏が1998年に設立。
三浦氏自身熱心な芸術家であり、茶陶をはじめとする陶芸において独自の境地を開拓し
「ミウラート」と呼ばれる独自の陶板画に到達しました。
美術館外壁及び中庭にはこの三浦氏の「ミウラート」を中心とした作品群が常設してあります。

美術館の設計は長谷川逸子氏。
地上に平行に置かれた二つの直方体の上にさらにもう一つの直方体を垂直に配した
独特のデザインはホキ美術館を彷彿とさせます(ホキほど曲線性はないですが)。



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2017年8月 1日

培広庵コレクション「美人画」は語る【愛媛県美術館】

アート / 展示・イベント

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愛媛県美術館で開催中の培広庵コレクション展に行ってきました。

本展は培広庵コレクション75点に、
地元八幡浜出身の閨秀画家、河崎蘭香の作品15点を加えた全90点の美人画展です。

これだけの規模の美人画展を見るのははじめてです。
正直なところ、
美術館に行きだした当初は日本画、特に美人画はあまり好きなジャンルではありませんでした。
写実的で立体的・三次元的の西洋画のほうがはるかに魅力的に見えていたのですが、
最近では二次元の美人画も悪くはないな、と思えるようになってきました。

それが加齢による趣味の変化なのか、
たくさんの絵を見ることで良い絵に出会える確率が上がってきたのか。
たぶんその両方なのでしょう。

浮世絵の延長線上にあるようなデフォルメされた二次元の絵は、
ある意味現代アニメの原点のような気がします。
直接的なエロスを表現する、というよりは「仕草」で女性らしさを表現する。
そこに日本独自の美しさがあるのではないでしょうか。

それにしても謎多きコレクター、培広庵。
ネットで検索すると、コレクションの企画展の情報はたくさん出てくるのですが、
コレクター自身の情報はほとんど見つからない。
培広庵の読み方すら分からない。
(単純に音読みすれば「ばいこうあん」なんでしょうが)

彼のコレクションを常設展示する美術館はなく、普段は彼の自邸に置いてあるみたいですね。
(会場に自邸の写真が展示してありました)


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