
[ALESSI ジューシーサリフ シトラススクイーザー レモン搾り
]※画像はAmazonより
2006年12月の記事をリニューアル。
ALESSIを知って10年。
最近気になるALESSI(アレッシィ)の小物たち10点。
良い「モノ」とはなんだろうか。
便利で使い勝手の良いものだろうか。
そういうものは確かにずっと使い続けられるだろうが、愛着は湧くだろうか。
逆に多少使い心地は悪くても、愛着を感じられるものであれば、
大切に長く使い続けられはしないだろうか。
そこに便利で高機能という王道とは別に、
デザインの特性を活かす余地、というものがあるような気がする。
アレッシィの製品群にはそのようなデザインの素敵な特性が見える気がします。
[ブルーヌード(1952)]
共通教育科目のテストが終わりました。
今年は中村先生の二科目のみ。
例によって記憶力を問うものではなく、ノート持ち込みOK、
授業を通して印象に残ったテーマについてその理由を述べる、
という記述形式のテスト。
自分にとって言葉はグラフィック・デザインと同じく
表現のプロセスの途中過程で用いるツールのようなもので、
表現の最終手段ではないようだ。
どれだけ言葉を重ねても満足することはない。
西洋美術史Ⅱのテストは、
後期の授業(バルビゾン派〜フォーヴィスム)の中から
印象に残ったテーマ、作品を4つ挙げてその理由を述べよ、
というものだった。
最初の3つは自分の好きな分野でもある印象派、新印象派、後期印象派を
挙げてまあ普段から思っていることをつらつらと書いたのだけど、
最後の一つはフォーヴィスムのマティスを挙げてはみたものの、
実はいまいちよく分からず、適当にお茶を濁したような回答になってしまった。
その夜。
「美の巨人」でマチスの「ブルーヌード」が特集されていた。
平面的で見ようによっては抽象画に見えてしまうマティスの作品について
これまではあまり関心がなかった。
唯一記憶に刻まれていたのは、やはり以前「美の巨人」で
紹介されていた目の覚めるようなブルーのマティスの教会だった。
今回のブルーヌード特集で、マティスの絵が少し分かった気がした。
...これもセレンディピティですな。

[グスタフ・クリムト「接吻」1907-1908年](画像は大塚国際美術館の陶板画)

[エゴン・シーレ「死と乙女」1915年](画像は大塚国際美術館の陶板画)
「文学と美術」の授業。
中村先生お得意の神秘主義、宿命の女(ファム・ファタル)、アンドロギュヌス
などのシリーズが終わり、その次のテーマが19世紀末のウィーン。
多民族国家によるオーストリア=ハンガリー二重帝国が成立するも、
初代皇帝フランツ=ヨーゼフⅠ世一代の短命政権に終わり、
皇太子の心中、皇帝の甥の暗殺による第一次世界大戦勃発...
と不安定な世情を反映して「死」「エロス」といったテーマが
世紀末ウィーンの芸術を支配する。
その代表格がウィーン分離派(ゼツェッション)を起こしたグスタフ・クリムト。
そしてクリムトに見出されたエゴン・シーレ。
エロスにおける芸術と娯楽の境界はどこにあるのだろう。

[希望号の難破(1824)](画像は大塚国際美術館の陶板画)
早いもので今週末は共通教育科目の前期末テスト。
西洋美術史Ⅱはルネサンス直後のマニエリスムにはじまり、
バロック、ロココ、新古典主義を経て、
フランス、ドイツ、イギリスの
3つの国のロマン主義を学んだところで終了。
ロココの軽薄さへの反動から登場した、
重厚でどっしりとした安定感のある新古典主義。
その新古典主義を継承しながらも、
心の奥底の感情表現が萌芽しはじめるのがロマン主義。
それはやがてバルビゾン派の登場に影響を与え、
クールベの写実主義を経て、印象派へと至る。
ロマン主義の代表的画家として
フランスではジェリコ、ドラクロワ、
ドイツではフリードリヒ、ルンゲ、
イギリスではコンスタブル、ターナーを学んだわけだけど、
自分のお気に入りはドイツのカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Caspar David Friedrich)。
自然の絶対的な静寂の中に神秘が宿る。
静寂でありながら光と影を明示的に使うことで
自然の厳しさ、躍動感を感じさせる。
真のダイナミズムとは、静寂の中の一瞬にあるのではないだろうか。

[目を閉じて(1890年)](画像は大塚国際美術館の陶板画)
目を閉じて。
少し首を傾けてもの思いに耽る女性。
...その心は波一つ無い水辺の如く静か。
[『夢のなかで』より<Ⅰ.孵化><Ⅶ.猫かぶり>]
(出典不詳)
金曜日の中村先生の授業、「文学と美術」。
およそ4回ほどかけたモローが終わり、今度はルドン。
まずは初期の作品を見る。
印象派と同時代に生きながらまったく独自の路線を歩んだゴーイング・マイウェイ。
きっとB型なんだろう、この人。
印象派が光を求めたのに対し、
ルドンはその光をことごとく吸収した。
それはまさしく「黒い太陽」。
幼少時に母の愛を受けられなかったことが、彼の中の黒い太陽。
黒い気分。
それが「メランコリー」。

[出現(水彩バージョン)](出典:Wikimedia)
金曜日の「文学と芸術」の授業。
ただいまギュスターヴ・モロー。
中村先生の好きな画家ということもあって、2週に渡り作品紹介。
いや、来週もやりそうな感じ。
シャセリオー、ドラクロワらロマン主義の影響を受け、
自らは象徴主義の先駆者となり、
マティス、ルオーというフォービスムの画家を輩出した。
古典から近代絵画への移行期に位置した画家なのでしょうか。
モローは、神話を題材にした作品が圧倒的に多い。
その独特の美しさから、好きな画家の一人なのだけど、
一番好きなのは、やはり一連の「サロメ」シリーズかな。
聖書には「ヘロデヤの娘」としか記されない女性を独自の解釈で描き、
後のオスカー・ワイルドの戯曲やリヒャルト・シュトラウスのオペラの元となった。

[灰色の帽子の自画像(1887年)](出典:Wikipedia)
「文学と芸術」の授業でゴッホを学びました。
これまで中村先生の他の授業でもゴッホは度々登場してきたけれど、
これほどまとめて紹介されたのは今回がはじめてかも。
フィンセント・ヴァン・ゴッホ、1853年生まれ。
最初は伯父の美術商の元で働くが、失恋を機に職を失い、
今度は牧師を目指すも狂信的な熱意が逆に人々に不気味がられ、この職も失う。
その後の1879年に画家を志し、1880年に37歳の若さで亡くなるまでの
およそ11年間で数々の名作が生まれた。
しかしゴッホが存命中に売れた絵画はわずかに一点。
その一点も弟のテオが購入したという。
...と聞きましたが、Wikipediaでは別の人が買ったとありますね。
また売れたのは一枚だけではなく、数枚だったという説もあるとか。
まあ、いずれにせよ、彼が存命中に彼の絵はほとんど評価されていなかった、ということ。
...これも、Wikipediaには晩年には彼の絵を高く評価する人も現れていた、とありますが、
いずれにせよ、彼がその評価の恩恵を授かることはなかった。
時を経て現代、ゴッホの絵は億単位で落札されるという。
...なんとも哀しい話じゃないか。
芸術は貧に足りてこそ、理解できるものだと思う。
成金共にゴッホの想いが、理解できるのだろうか。
芸術を理解する者が芸術界では自由がきかず、
芸術を理解しない者が芸術界を動かす、という不思議な時代。
それでも表現者は自分のエゴを信じ、
自分を見失わずに生きねばならない。
それが「強さ」というものである。


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日曜日。
自由が丘で前職の会社員時代の友人とランチ。
大学中退を思い留まらせてくれた一人。
いろいろと助けられてます。
彼のほうに足を向けて寝られません。
そのランチからの帰り道、いつものようにブックオフへ。
そこで見つけた一冊。
イワン・レンドルは1980年代に活躍した往年の名テニス・プレーヤーですが、
ミュシャのコレクターでもあったんですね。
レンドルと同じチェコ出身として、ミュシャは誇るべき故郷の象徴だった。
本書はそのコレクションの日本での展示にあわせて発売された画集。
ちなみにWikipediaによれば、
日本でも「カメラのドイ」創業者である土居君雄氏による「ドイ・コレクション」なる
コレクションがあるみたいですね。
一時は「ミュシャ様式」と称されるほど、
アール・ヌーヴォーを代表する画家であったミュシャ。
大好きな画家の一人。

[佐川美術館]
やっぱりやります、「今年のBest Shot 【建築編】」。
建築のベストショットを撮るのは風景以上に難しい。
外観は地理や地形の制約を受けるし、
内観はさらに撮影禁止の制約によりさらに条件は厳しくなる。
もちろん空間そのものを肌で体感することが第一目的ではあるけれど、
空間の良さをグラフィック上から引き出すこともこれまた大事。
というわけで今年1年で訪れ、撮影した中から
自分的に良い、と思うものをピックアップ。