四国八十八ヶ所霊場は宇和島市には二つ、西予市に一つあります。
今回はこの三つのお寺を訪ねてきました。
まずは第四十二番、仏木寺から。
平安時代初期、弘法大師はこの地で牛を引く老人と出会った。
老人に進められるまま牛の背に乗って歩いていると、
楠の大樹の梢に宝珠が引っかかっているのを見つけた。
よくよく見ると、その宝珠は大師が唐からの帰国の際に三鈷と一緒に放った宝珠であった。
この地こそ霊地であると感得した弘法大師は、楠の大日如来像を彫り、
堂宇を建てて本尊に安置した。
この由縁より仏木寺は家畜牛馬の守り神として崇められてきました。
境内には牛馬の陶磁器や扁額が数多く奉納された家畜堂があるそうですが、
訪れた時はこの由縁を知らず、見過ごしてしまいました。
ちなみに三鈷の方はさらに遠くの足摺岬まで飛んでゆきました。
やはり霊地として金剛福寺が開創されています。
生きものは生きていくために他の生きものを殺し、食らう。
どのような理由であれ、命を奪うことは罪であるから、
できることなら必要最低限に留めるべきである。
人間は狩りよりも安定して食料を確保するために
食料用の生きものを飼育する術を覚えた。
一見狩りよりも温和な行為のように思えるが、
そう思ってしまうのは屠殺の現場を見ないからである。
ただ食われるためだけの生きものを神ではない人間が創り出し、殺す。
食料の自給が安定化することで食料のありがたみを忘れる。
どんなに罪深い業であろうか。
そのことを自覚するために仏木寺のような家畜に感謝を捧げるお寺はあるのだろう。
聖地を巡礼し、自らの身体に苦行を強いることで人は人であることを贖罪する。
仏木寺は正式には、
「一カ山 毘盧舎那院 仏木寺(いっかざんびるしゃないんぶつもくじ)」と号します。
一カ山の「カ」は王偏に果という漢字、仏木寺は「佛木寺」と記すのが正確らしい。
山門は比較的新しい。
仁王様も新しい。
山門奥で弘法大師さまが迎えてくださいます。
四国では珍しい茅葺きの鐘楼。
境内を二分する大木。
本堂。
御本尊。
観音像。
太子堂。
団体バスで巡礼している集団が熱心にお経を挙げていました。
でもなぜ本堂ではなく、太子堂?
聖徳太子堂。
不動堂。
境内の裏側には深遠な森が広がる。
七地蔵?
こちらは七福神。
最近の神様はペットボトルのお茶を飲むらしい^^
石机。
湾曲した外壁。
通常自社の外塀は四角いのだけど、カーブ状のものは珍しいですよね。
そのカーブがまた美しい。
...続いて龍光寺へ。
【Information】オフィシャルサイト(四国八十八ヶ所霊場会)