沈黙の春【レイチェル・カーソン】

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春休みは大学の図書館が利用できません。
んで、しかたなく尾山台の世田谷区図書館でなんか良い本ないかなあ...
と本棚の前を行ったり来たりしていてふと、目に止まった一冊の本。


ずっと前、レイチェル・カーソンという人間を全く知らなかったのに、
タイトルに惹かれて「センス・オブ・ワンダー」という本を買った。
その本もいまだにちゃんと読んでいないのだけど、
それを機に「沈黙の春」という本の存在を知ったのだけど、
読もうと読もうと思いつつなかなかその機会が訪れなかった。

今回ようやく読むことができました。


レイチェル・カーソンは1907年生まれのアメリカの生物学者。
学者であると同時に文字による表現者でもあった。

「沈黙の春(原題"Silent Spring")」は晩年の1962年に刊行され、
今なお読まれ続ける環境問題のバイブル。
ちなみに「センス・オブ・ワンダー」はその2年後の最晩年に刊行された
彼女の絶筆作品。

どちらも今でもAmazonで買うことができます。


人間が自然をコントロールするなんて傲慢だ。
人間は自然に生かされている。


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高知県馬路村・魚梁瀬の千本山


私たちは、いまや分かれ道にいる。~中略~どちらに道を選ぶべきか、いまさら迷うまでもない。長いあいだ旅してきた道は、すばらしい高速道路で、すごいスピードに酔うこともできるが、私たちはだまされているのだ。その行くつく先は、禍いであり破滅だ。もう一つの道は、あまり≪人も行かない≫が、この分かれ道を行くときにこそ、私たちの住んでいるこの地球の安全を守れる、最後の、唯一のチャンスがあるといえよう。(十七 べつの道)


本書はとくに1950年代から1960年代にかけて、
農作物につく害虫駆除のために大量に撒布された合成殺虫剤の
危険性を指摘するもの。


この本を読んで殺虫剤を手に取ることをためらわない人は、
よほど生物としての本能が鈍っているのだと思う。

時のケネディ大統領もこの本に触発されて
農薬の環境破壊に関する問題に取り組み、
DDTの全面使用禁止へと繋がったとか。


単なる啓蒙に留まらず、正確なデータを記述することで
本質に迫ろうとする学者らしい真面目な姿勢が文面に伺えます。
ただ、あまりの熱意からなのか、
同じような記述が繰り返し繰り返し登場してくるので、
全部を読み通すのはけっこう辛かったなあ...
なんか説教を聞いているみたいで。


人間は変化を好む独特な生物である。
一方で生来、生物は安定を本能的に求めるものである。

目先の利益や効果に囚われて、本質を見失う。
合成殺虫剤の使用は即効性はあるけれどそのメリットは一時的なものであり、
その後に訪れる長期的なデメリットに比べればあまりに小さい。

自然が進化するスピードを待ちきれず、
人間は自然の元素を作為的に組み替えて新しい化合物を作り出す。
新しい化合物が及ぼす効果をすべて把握しきれないまま、
次から次へと人工的に作り出す。
自らの身体を毒していくものだ、ということに気付かずに。

人工的に創りだしたものは、自然には分解されない。
生み出された化合物は蓄積され、土壌や水を汚染してゆく、
それだけでなく、そこに生きる生物すべての体内に毒は蓄積され、
やがては人間自らの身体にも蓄積してゆく。


自然は弱肉強食という法則に従って、その世界はバランスを保っている。
弱者の個体数は多く、強者の個体数は少なくすることで、
全体としての世界は均衡を保っている。

そこに人間が自分に都合の悪い生物を根絶しようとする。
それまで保たれていたバランスが崩れ、今度は
根絶した生物が補食していた生物が天敵がいなくなって大量発生する。

生物は常に環境の変化に適応しようとする能力を持っている。
少し前には耐えられなかった毒にも、耐性を示すようになる。
毒による根絶は一時的な方策でしかない。


化学薬品による害虫駆除を悪とするならば、では善とはなんなのか。
カーソンは「生物学的コントロール」を挙げています。
害虫の天敵を増やすとか、害虫が増えないように不妊対策をするとか。
自然が本来持っているコントロール能力に逆らわずに、
逆にその流れに乗って自然と共存してゆこう、というもの。


僕は生物学者でも、農業従事者でもないので、
正直カーソンの言うことが全く正しいのかどうかは分からない。
Wikipediaを見ると、DDTの使用を禁止したことで逆にマラリアは増えたとして
批判する声も少なくなかったみたいです。


刊行から50年近くが経過した今、
たぶんこの農薬問題もそれなりに改善はされているのかもしれない。
日本ではDDTの製造、使用は禁止されているみたいだし、
無農薬野菜とかが話題にもなっている。

しかしそれでもこの本が今なお読まれ続けているのは、
根本的な問題については今なお解決していないからではないか。

合成化学薬品だけでなく、二酸化炭素の過剰な排出による地球温暖化、
異常気象、環境破壊による生物の絶滅、人間同士による殺し合い...

...世界はいまだに人間の傲慢さにあふれている。


僕もそんな傲慢な人間の一人なのかもしれない。
でもそんな傲慢さを少しでも捨てたい、と今は切に願う。

昔から虫が苦手で、子供の頃はゴキブリ見ると片っ端から殺虫剤をかけていた。
一方でペットの犬の頭を愛おしげに撫でた。

ゴキブリも犬も、ただ生きようという本能で生きていることに変わりはない。
ただ人間のエゴだけで彼らの運命は左右されている。
これを傲慢と言わずしてなんと言うのだろう。

コミュニケーションというものは同じ種のあいだだけでするべきものではないだろうか。
他の種へは必要最低限でしか干渉しない。
それが自然界におけるルールなのではないだろうか。

今、僕はゴキブリを見ても極力殺さないようにしているし
(たまに反射的に殺してしまうときもあるけれど;;)、
ペットも飼おうとは思わない。
...今の僕にできることはそれくらいなんだろうけど。


自然は美しい。
人は美しいものを愛する。
美しく、かけがえのない地球をこれ以上汚してはならない。

そのためにも人間は自分の中にある生物としての本能に
もう少し耳を澄ますべきではないだろうか。


...さて、「センス・オブ・ワンダー」も読むことにしよう。