そのときは彼によろしく 【市川拓司】

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ハードカバーの頃から読みたい、読みたいと思いつつ。
単行本が出て、ふとブックカバーを見ると、
長澤まさみ、山田孝之、塚本高史で映画化...
思わず買ってしまいました。

いまあい」「Separation(Voice)」「世界中が雨だったら」「恋愛寫眞
に続く6番目に読んだわけですが...

はじめてハッピーエンドだったのが嬉しかった。
これまでの5作はヒロインはだいたい死ぬか、帰らぬ人だったから。

これまでの作品との共通項は、現実世界にちょっとだけ
非現実部分がスパイスとして加えられていること。
ちょっと変わった能力がヒロインに与えられていること。
その能力はずば抜けてすごいとかそういうものではなく、
逆にその能力ゆえに悲劇を生んでしまう、そういう悲しいもの。

大部分が僕らの日常と変わらなくて、ちょっとだけファンタジーという
スパイスが加えられている。だからリアリストの僕でもすんなり入っていける。
そしてそこにあるロマンに思わず感動してしまう。
そこが市川作品としての個性であり、魅力なのかな。

その悲劇で作者は僕らになにを伝えようとしているか。
そこを汲み取ることが読者としてこの作品を読む意味になるのだと思う。


今回の非現実パートは「夢」。
ヒロイン花梨は眠るとさまざまな人の過去の記憶としての「夢」に
"コネクト"してしまう能力をもつ。一度コネクトしてしまうと
眠り続けてしまうため、彼女は薬で眠らないようにする。
そんな生活を20年続けるが、やがて薬も効かなくなり、
眠りの日は刻一刻と近づいてくる...


以下ネタばれ的な要素が多くなりますので、
あらすじを知りたくない方は例によって読むのをご遠慮ください~

市川作品は大好きだけど、
リアリストの僕としてはこの物語に(というか市川作品に)
少なからず反発してしまう部分もある。

市川作品では「生涯ただ一度の恋」がモットーですが。

ティーンエージャーならそれが「なんてロマンティック!」って
なるんだろうけど、齢を重ねた人間からみれば、
「それはなんてラッキーなんだろう!」ってなことにしかならない。
とくに若いうちはなにが大切かなんて分からない。
そんな時期に一生をずっと一緒に過ごしていく人を見つけることが
いかに困難なことか、と僕の経験ではそう思ってしまうわけで。
もちろんそれが僕の弱さであることは重々承知しているけれど、
人間ってそれほど強くないのでは?と思うこともある。


 「僕は忘れない。それが残された僕らにできる唯一のことだから」

これも僕にはありえないと思うこと。
人間独特の能力とは「忘れること」。
ロボットは誰かがその記憶を消去するまでその記憶は残るけど、
人間は時間と共に古い記憶は自動的に消去されるもの。
いい記憶ほど残るものだけど、それでも長く生きればそれも消えていく。
そうしなければ人間は生きていけないから。
人間の記憶領域は有限だから、
古い記憶の上に新しい記憶をペーストしていかなければならない。

だから人間には生まれた時間から離れれば離れるほど、
その時間への帰巣本能が強くなるんだと思う。
なくなっていく記憶に対する感情が「寂しい」という感情なんだと思う。

人は忘れてしまうから、思い出すために「墓」を立てるのだと思う。
ずっと忘れないなら墓なんて要らないはず。

でも作者もそれを承知の上で、あえて「残された僕らにできる唯一のこと」
って書いてるんじゃないかとも思う。
忘れてしまうけど忘れない努力をすること。忘れまいと抗うこと。
それが「愛する」という行為なんじゃないかな。
忘れたくないのに忘れてしまう。
そのこと自体を忘れないために「寂しい」という感情が必要なんだ。

誰だって寂しい思いなんてしたくない。
でもその感情は必要だからあるんだ。
必要だから神様は人間にその感情を与えたんだ。


この物語は単なる恋愛物語じゃない。
家族の物語でもある。

タイトルの「そのときは彼によろしく」。
最初これは眠っている佑司を起こしに行った花梨が、
「(佑司が戻ってきたら)そのときは彼によろしく」
と言ったものかと思ったけど、実はそうじゃなかった。
智史の父親が逝き、代わりに眠り続けていた花梨の姉、鈴音が返ってきた。
そのとき鈴音が智史の父親から言付かった言葉なのである。

その不器用さゆえに生前伝えられなかった言葉を。

 「愛してた。心からお前のことを愛してた。愛していた。」

とてもステキだけど、現実にはこんな便利な機能はない。
だから不器用を理由に伝えることをおざなりにしちゃいけないんだ。


だから僕は伝える努力をする。
言葉で。活字で。絵で。動作で。仕草で。デザインで。