「シェル構造」と一致するもの

辰巳〜東雲散策

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昔から泳ぎが苦手だった。
だからプールにはあまり縁がない。

だけど東京辰巳国際水泳場は、
京葉線で新木場付近を通りかかるたびに気になっていた。

ウォーターフロントに浮かぶ奇抜な曲線ラインは、
どこかシドニーオペラハウスを彷彿とさせる。


夢の島で第五福竜丸を見た後、
運河を渡って辰巳エリアへ。

その後、これまた前から見たかったグッドデザイン受賞の
東雲キャナルコートへ。


エドゥアルド・トロハの構造デザイン

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キャンデラに続いて現代建築構造の源流を探求します。

この構造家の本は大学の先生に教えてもらいました。

エドゥアルド・トロハ。
1899年、キャンデラと同じくマドリード生まれ。
世代的にはキャンデラの一回りほど先輩にあたります。

父親と3人の兄たちは優れた数学者やエンジニアで、
そんな環境下でごく自然に兄たちと同じエンジニアの道を進む。
スペイン国内で順調に成功していきます。
途中スペイン内戦が勃発しますが、体制的にはフランコ側にいたため、
その後も順調にスペイン国内で成功していきます。

キャンデラがスペイン内戦で反体制側にいたため、
メキシコに亡命せざるを得なかったのとは対称的です。

コンクリート技術を追求する自らの研究所、トロハ研究所を設立し、
その後その活動は国際的に世界をまたにかけたものになり、
IASS(国際シェル構造学会)というシェル構造の世界的な研究機関を設立し、
自らその初代会長に就任する。

社会的な地位という点ではキャンデラよりはずっと成功しているのかもしれない。
実際その実績は素晴らしく、彼の残した功績は偉大だ。
スペイン内戦時にはフランコ側にいたとはいえ、優れた人格者でもあったのだと思う。
本書の巻末にトロハ研究所の所員たちに向けた遺言書が紹介されているのですが、
そこにはトロハの所員に対する愛であふれていた。


しかし日本では、トロハよりはキャンデラのほうが有名な気がします。
Wikipedia日本語版にはキャンデラの項目はあるけれど、トロハはない。
ネットで検索してもキャンデラの作品のほうが多く引っかかることからも
どうやらこの傾向は日本だけじゃないみたいです。

それは単なるスター性の問題だろうか。
単なる時代背景による技術の差なのだろうか。


技術に固執するか。
それとも感性に固執するか。

...僕はキャンデラとトロハ、両方とも好きです。


Felix Candela―フェリックス・キャンデラの世界

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フェリックス・キャンデラ。

1910年スペイン生まれの構造家。
スペインで建築の基礎を学んだ後、ドイツ留学を目の前にしてスペイン内戦勃発。
フランコの敵対政権についたため、敗戦後メキシコへ亡命。
そしてこの亡命先で花開くわけです。


世界の現代建築の潮流を大雑把に分けると、
バウハウスに端を発するゲルマン系と、ガウディに端を発するラテン系に
大きく分けられると思うのです。
ちゃんとした根拠ではなく、あくまで僕の主観的な感じ方ですけど。

ゲルマン系はドイツの国民性に代表されるかのごとく、
スマートな直線で構成された白系統の建築で、
モダニズムの主流をいくもの。
中央ヨーロッパ、北欧、アメリカ、日本など「北方」がメイン。

一方ラテン系は、
ユニークな曲線でカラフルな建築で独創的。
スペイン、メキシコ、南米など「南方」がメイン。

北のスマートな建築も大好きだけど、
自分が本質的に好きなのは南の建築だと思う。

ガウディ、カラトラバ、ニーマイヤー、バラガン...
南の建築を代表する建築家はどれもどこかプリミティブなところがある気がするから。
しかし彼らは天才肌でもあるからなかなか真似しようとしても真似できないのだけど。

キャンデラも例に漏れず偉大な天才だったようです。

スペインで建築を学んでいた当時、すでに同じ国内で活躍していた
エドゥアルド・トロハに惹かれるも冷たくあしらわれ、
ドイツ留学が決まっていながらも内戦勃発でおじゃんになるという
不遇に遭いながらもそれを好機とするポジティブさ。
たぶんトロハに師事し、ドイツに留学していたら
その後の彼の名声はなかったのかもしれない。

彼自身新しい技術や素材を開発したわけではないけれど、
すでにあるものを活用して独創的でありながら汎用性のある建築を生み出した。
また当時発展途上だったメキシコでは設計だけの仕事はなく、
設計から施工までこなせなくてはならなかった状況が
彼をトータル的なオールラウンダーにした。

HPシェルにこだわり、
極限までその厚さを薄くしながらも強度を保ち、
全体の意匠としては曲線なのに基本要素は直線で構成できるので
独創的な形を生みながらも経済的である。
複雑な計算のみに頼らず、シンプルな数式から答えを見出そうとする一方で、
エンジニアにありがちな論理的思考最優先という考えではなく、
自身の「感覚」を大切にしようとするそのスタイル。


...まさにHPシェルの大家という称号がふさわしい。