大食いはアンチ・エコだ。
僕はそう思う。
ただたくさん食べることをアピールするためだけに、
大量の食材を胃の中に流し込む。
大食いの人たちの中には、普段はそんなに食べない人もいるという。
大食い、という仕事のために彼らはたくさん食べている。
まず大食いの人を責める前に、
大食いで生きていける、ということを容認している社会を責めたい。
社会が容認しているから大食いの人が出てくるわけで。
「誰にも迷惑かけてないんだから、別にいいじゃん」
「面白いんだから、それでいいじゃない」
「大食いが環境破壊になるわけがない」
こう言う人もいるでしょう。
でもちょっと考えてほしい。
世界にはその日の食事に困ってる人がたくさんいることを。
食料は無限ではない、ということを。
食料の大半を海外からの輸入に依存している国が、
一番食料を浪費している矛盾。
その日の食事に困ってる人を目の前にして、
それでもあなたは食べ続けられるか?
大食であることが自分を唯一つ誇れるものだと言い切れるか?
たくさん食べれることが優れた能力であると僕は思わない。
食い溜めして冬眠するリスとは違うのだから。
大食であることは別に面白いことでもなんでもない。
ただの浪費だ。
大食いとは逆に小食で人はどれだけ生きれるか。
これをエンターテインメントとしたほうがよっぽどいい。
食料は節約できるし、なにより「生きる」こととはどういうことか、
身をもって体感できる。人に誇れる。
まあでも、必要なものを必要なときに必要なだけ。
これがベスト。
過ぎたるは及ばざるが如し。