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2009年7月18日

ムーヴマンスケッチ

ビジュアルデザイン/ 学業

moveman_foot1s.jpg
[左足首 - 上面]


金曜日は「生物と芸術」の授業。

人体及びその他の哺乳類の身体を美術解剖学的見地から学ぶもの。

前期はまず骨学(ムーヴマン)を学びました。
前期最後の授業は先生が持ってきた人体標本をスケッチ。

全部繋がった1つの人体をスケッチできるのか思ったのだけど、
バラバラのパーツの中から好きな部位を選んでスケッチ。

自分は左足首をチョイス。

1時間半かけてスケッチ。

...正直絵は得意じゃない。

入試のときにももデッサン試験はなく、デッサンなんて一度も習ったことはない。
デッサンの基本も知らず、デッサンのデの字も知らないわけですが、
なんとかここまでこれている...というか良い成績がとれている。
デッサンとスケッチは別物みたいです。

もちろんデッサンはできるに越したことはないのでしょうが、
デッサンはできなくてもスケッチはできる。

しかし形を追求する者としては、
スケッチはやはり不可欠のような気はします。



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moveman_foot2s.jpg
[左足首 - 側面]


自分のスケッチのやり方は、
まずシャーペンで下書きをした後、ペンで清書する、というもの。
優柔不断な性格からか、下書きの線が多くなってしまい、
かえって全体の輪郭がはっきりしない問題をクリアするために
こうするようになりました。

下書きに使うシャーペンも清書に使うペンもそこら辺にある、
普通の文房具の類です。
今のところ、それでやっていけてます。

先生や予備校でデッサンを習ってきた学生にすれば、
「ありえない」というでしょう。

実際そのような線だけのスケッチは質感に欠け、リアル感もない。
しかし、デザインの過程におけるスケッチでは伝えようとする内容の概要が
「だいたい」伝わればいい。
自分はグラフィックデザイナーでもなければ、画家でもない。
スケッチが最終段階ではないのだから。

最終段階へ向けて具体化してゆく最初の段階。
その段階では変にリアル感をだすよりも概要の方向をそろえて
詳細はあえてぼかしたり省略し、そのスケッチを見る人の想像で
イメージを補完するくらいが良いのかな、という気がします。

技巧的な上手さは確かに重要だ。
でもどんなに上手い絵でも、伝えたい内容が不明瞭だったり、方向性がずれてたり
してたのではスケッチの意味はない。

デッサンは習ったことないのであくまで推測ですが、
デッサンは目に入ってくる視覚情報をできるだけ正確に表現すること、
それに対しスケッチは頭の中のイメージ情報をできるだけ正確に表現すること、
なのではないでしょうか。

頭の中のイメージは、視覚情報のイメージとは異なる。
時には不要情報を省略したり、文字など他の情報で補完したりすることで
より鮮明なイメージとすること、それがスケッチの役割ではないでしょうか。

最近は手軽にCGソフトが扱えるようになってきたので、
手書きの絵は描けなくてもキレイなCGを作成できればいい、
みたいな風潮があるみたいですが、僕は正直この風潮には懐疑的です。

CGは結局目指すところは写真みたいなもの。
究極を目指せば目指すほどリアル感は増すけれど、
質感としては無個性化してゆく、という矛盾がある気がします。
誰でも手軽に扱えるようになったことでCGでリアル感を出すことに
アドバンテージもなくなっている。

結局のところ、CGも手書きも、適度な情報の「間引き」が必要なのでしょう。
伝えたい内容を的確にイメージさせる。
なおかつそのスケッチで描いた人の個性も表れる。
それが「良いスケッチ」なのではないでしょうか。


カラトラバの人体をモチーフにした数々の美しいスケッチや
そのスケッチから実現した建築群を見て、
自分もその手法を参考にしたいと思ったことが、
この授業を履修した最大の理由。


今のところ、その選択は間違っていないようです。

人体の構造って美しい。
そこに美しい構造のヒントがある気がする。
そのヒントはまだ具体的には見つけられてはいないけど。

スケッチ力を磨きながらそのヒントを見つけていきたいと思います。


後期は筋学(マッス)。
ボリュームは構造を隠すものではなく、構造を肉づける大事な要素。

後半も楽しみ楽しみ。


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