[自分ノート]
プレデザイン5日目。
グループワーク3日目。
今日のテーマは「実感」。
今日も4人一組でグループワーク。
ちなみにチーム決めは毎回トランプによるくじ決めです。
初日ダイヤの「2」、2日目ダイヤの「A」、そして今日はダイヤの「4」。
なんかダイヤに縁があるみたいです。
今日は作業、というよりは話したり聞いたりすることがメインでした。
まず自分ノートに「自分はどんな人間になりたいか」を15分ほどで書きます。
その後4人のうち一人がそれを自分ノートを見ずに8分間話します。
他の3人は聞き役に徹します。
この3人はけして話し手の邪魔をしてはなりません。口を挟んではならない。
3人の聞き役に許されることは「共感」「受容」「一致」を静かな態度で表すことだけ。
その後話してはグループに対して背を向け、
他の3人はその背後で話し手の話した内容について、
気になったこと、感じたこと、考えたことを素直に語り合います。
要は自分の噂話を背中越しに聞くようなものです。
ここで重要なのはあくまで話し手にフィードバックすることを意識すること。
聞き手の話はしないこと、話し手はそのフィードバックに口をはさまないこと、です。
このワークショップはけっこう人間の内部の深いところまで入っていくな、と思いました。
[自分ノート]
このワークショップのねらいは背中越しにされるフィードバックを聞いて
「どう感じるか」です。
僕は前の会社に入るとき、職名や会社名でその会社を選びました。
「なりたいもの」になるためにその会社に入ったわけじゃなかった。
それで14年後にこの会社に去ることになったのだけど、
そこで職名や肩書き、会社名で「なりたいもの」を定義するのは違う、
ということを嫌というほど痛感した。
そこで僕は「なりたいもの」は「なりたい人間」として
理想の人間像みたいなものをおもに自分ノートに書きました。
「行動力のある人間になりた」とか、
「自分の頭の中の考えやイメージを的確に表現できる人間になりたい」とか。
そしてそういうことをひたすらしゃべった。
本当になりたい自分はなんなのか?
それを知りたくてブログをはじめたようなものだから、
ここ3年はそればかりを考えてきた。
だから言いたいことは山ほどあった。
8分では語りつくせないほどに。
でも話してみると意外と上手く話せない。
話した後のフィードバックを聞くと、
「歳のわりに若いよね」とか、
「自分のことを臆病、臆病って言うけど安定した生活を捨ててまで
大学に来るのは勇気がないと出来ないよね」とか。
その後フィードバックを聞いてどう思ったか、どう感じたかを
今度は3分間ほどでまた順番に話してゆきます。
そして最初に書いた「自分のなりたいもの」について修正や追加をして
このワークショップは終わりです。
フィードバックを聞いて感じたこと。
だいたいみんな話し手のことを褒めます。
話し手の良いところをピックアップします。
そして聞き手はそれを照れながら背中越しに聞きながら、
それを嬉しく思う、というのがパターンです。
僕もみんなのフィードバックは嬉しい、というようなことを言いました。
ただもっと気づいたことがあります。
これは授業が終わってから気づいたことなのでワークショップでは
言わなかったことなのですが。
メンバーはこの1年間一緒に学んできたとはいえ、
人数が多いので顔は知っていても話したことがない人もけっこういて、
面識のある人でもお互いの深い部分まではまだ踏み込めていない。
そんな間柄の仲間たちです。
そういう間柄のメンバーでこういうワークショップをしたら、
話し手の悪いところをことさら強調して言うようなことはしないですよね。
「相手の悪いところも正直に全部指摘しなきゃ意味ないんじゃない?」
...昔の僕なら多分そう思ったと思います。
真実をさらすことが大事だと思っていたから。
でも今は真実をさらすことが人生の真の目的ではないと思う。
大学で学ぶのも、「こんな自分になりたい」と思うのも、
このようなワークショップをするのも全ては、
「幸せになりたい」
...からだと思うのです。
なりたいものになることで得られる幸せ。
外の世界と交流することで感じられる幸せ。
学ぶことで、何かを得られるときに感じる幸せ。
人生の真の目的は「幸せになること」なのです。
誰だって幸せになりたい。
自分を貶めて幸せを感じる人はいないと思う。
「あなたのためを思うから非難するんだよ」という説教。
それははたして相手のためになっているんだろうか。
自分の欠点って意外と見えやすいものだと思う。
他人に言われなくても。
それは自分の中にある悪いものを外に出そうという本能だから。
だから「悪いもの」が自分の中にあることを人から指摘されると
不安になる。凹む。
逆に自分の中にある「良い部分」は自然で、「あたりまえ」と
感じていることが多くて、だから意外と感じにくいものじゃないかな。
だからこういうワークショップで相手の良い部分を抽出する、
という作業は非常に大事なことなんじゃないかな。
...そう感じました。
減点方式より加点方式。
そのほうがより人間は幸せになれる。
さて、自分ノートも徐々に埋まってきました。
先生から自分ノートについてどう思うか、考えてみなさい、と。
自分ノートは左側ページに先生の講義内容やメンバーの話したことを書き、
右側ページにに自分の意見、考えを書くわけですが、
僕は左側ページがインプット情報で右側ページがアウトプット情報、
という認識でいます。
インプットとアウトプットを明確に分けることでそれぞれの情報を整理できるのかな。
ちょうど脳が右脳と左脳に分かれているように。
左側のページと右側のページのほどよくバランスがとれているのが理想で
そのようなノート作りを目指したいと考えています。
その一方で僕にとって自分ノートはこのブログのための下準備でもあります。
この場合は自分ノーと全体が大事なインプット情報になります。
先生が話す内容、メンバーが話す内容、自分がその時考えた内容。
現場ではアウトプットであった自分の考えや意見も、
時間が過ぎて一つの「経験」になると、それは未来への新たなインプットになる。
アウトプットはいつまでもアウトプットのままにしておくのではなく、
新たなインプットとすることが大事でそれが「前に進む」ってことなのかな。
...考える事ってやっぱり楽しい。
それを形にして誰かに伝えることはもっと楽しい。
理解してくれたり、評価してくれたり、リスペクトしてくれるとさらに嬉しい。
「幸せ」ってそういうことなのかな。
うーん深い。深いです。