1年以上前に買ったパズル積み木。
最初の1ピースの外し方が分からず買って半年くらい放置。
家に遊びに来た友達がなんなく1ピース目を外してくれた。
でもその次がまた分からなくてまたまた放置。
気が向いたときに何度かいじってるうちに2ピース目も外れた。
たぶんこのままいじってればどんどん外れていくだろう。
でも。
「全部解体した後、再び元の形に組み上げることができるだろうか。」
その心配が、臆病さが全解体することを躊躇させた。
でも。
ある日突然。
突然全解体してしまった。
記念にパシャリ。
また元通りに組み上げるために解体した順に並べてます。
そして組み上げ。
解体作業を何度も何度もやっていたせいか、意外とすんなり組みあがった。
あれだけびくびくしながら解体を躊躇していたのがバカみたいだ。
でも。
その躊躇を何度もしたおかげで積み木の構造パターンを
頭の中に刷り込ませることができた。
臆病が「繰り返す」ことを、継続することを助けてくれた。
何事も継続が大事。
でも人間は「忘れる動物」。
"飽きる"という習性はそのために人間に与えられた「能力」だと僕は思う。
「飽きる」という習性は継続を邪魔するものとしては有害なものかもしれない。
でも飽きる、という習性がなければ人間は新しいものを取り入れていくことができない。
「臆病さ」と「飽きる」というものが僕に成長をもたらしてくれた。
だからそれらが自分の中にあることを恥じることはない。
それらは欠点であると同時に長所でもあるのだから。
臆病さはそれよりちょっと多めの勇気があればよい。
飽きるという習性を乗り越えて継続していくには、
ほんのちょっとの変化を与えて脳のメモリをリフレッシュすればよい。
マンネリは一種の危険信号なのです。
...それが僕が昨日学校をサボった理由^^;
そしてこの記事はその自己嫌悪を克服するためのもの。
...もちろんパズルを解読したのはホントです。
人間ほんの少しのことからでも何かを学び、自らを救うことができるのです。