ゲド戦記第1巻。
元は児童書として邦訳されていましたが、
ジブリによる映画化にあわせてか大人でも楽しめるように
物語コレクションとして再出版されたものを読みました。
訳者は児童書と同じ清水真砂子さん。
魔法ファンタジーで有名なものといえばハリポタですが、
ハリポタの原作は読んだことはないので映画をみて判断する
限りゲド戦記がハリポタと大きく異なる点は、人の真理を示唆
するところがゲド戦記にはある、ということでしょうか。
そういう点ではとても心打たれるものがあります。
第1巻でもっとも心に響いたシーン。
『恐怖は消え去っていた。喜びもなかった。もはや追跡ではなかった。彼は追うものでも追われるものでもなかった。三度両者は出会って、触れた。彼は自分の意志で影と向かい合い、生きた手でそれをつかまえようとした。つかまえることはできなかったが、両者はいつか切っても切れないきずなで結ばれていた。今となっては相手をやっつける必要もなければ、あとをつける必要もなく、空を飛んだところで益することもなかった。どちらも相手から逃れることはできなかった。いよいよの時と場所にいたれば、その時こそ、両者はひとつになるだろう。』
さらにこう続きます。
『だがその時その場所に行き着くまでは、海にいようが陸にいようが、昼であろうが夜であろうが、ゲドにはどんな安らぎも望めないだろう。つらいことだが、彼にはよくわかっていた。自分がしなければならないことは、しでかしたことを取り消すことではなく、手をつけたことをやりとげることだった。』
人は自我の世界からでることはできない。
自我の中にいる自分でさえ自我の全てを知ることは難しい。
ゲドは最初正体も分からぬ影から逃げようとする。
そのうち逃げてるうちはなんの解決にもならないと悟り、
今度は自ら影を追う。そしてついに影の正体を知ることになる。
自分にも分からない"自分"が必ずいる。
でも分からないことはけして"悪"ではない。
自分の知らない自分を受け入れられないことが"悪"なんだ。
それが分かれば大切な人の全てを知ることが重要なのではなく、
大切な人の知らない部分も含めて全て受け入れる、
つまり信じることが大切なんだということが分かる。
魔法とは魔法自体がすごいのではなく、
魔法により見えてくる真理が大切なんだとこの物語はいう。
だとしたら、、魔法はあながち架空の存在と言いきってしまうのは
なんかもったいない、そうは思いませんか?
「人の真理とは?」
それを知りたい人には必読の一冊です。
さあ第2巻ではどんな真理が得られるのか。
とても楽しみです。

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