2014年8月、岡山県・倉敷市の美観地区に行ってきました。
この年は地域おこし協力隊が任期終了となり、
木工作家になるために職業訓練校に通った一年でしたが、
地域おこし協力隊時代にはたいした貯蓄もできなかった上に、
基本的に失業保険で生活していかなければならない苦しい時期でした。
そのためにほとんど旅行らしい旅行もできず、
唯一日帰りで訪れたのがこの倉敷の街でした。
一番の目当ては大原美術館でしたが、
江戸時代の雰囲気が色濃く残る伝統的建造物が立ち並ぶ町並みは美しく、
なかなか感慨深いものがありました。
大原美術館については別途レポートすることとして、
ここでは美観地区についてレポートします。
※2017年6月 ブラタモリを見て追記。
倉敷美観地区の9割以上の建物が江戸後期から明治・大正期にかけて建てられたそうです。
なぜ、それだけの伝統建築群が今に残っているのか。
もともと「倉敷」という地名は、
港などで物資を一時的にストックしておくための蔵が立ち並ぶ場所を示す「倉敷地」から来ています。
つまり倉がたくさん集まっている状態に由来したのではなく、
倉をたくさん集めておく、という目的に由来するものなのです。
では、なぜそんなに倉が集まったのか。
かつて倉敷の土地は浅瀬の海だった。
そこを埋め立てて新田開発をしていった。
天領だった倉敷の地をお上が地方を首尾良く治めるために、
倉敷の商人たちの土地開発を優遇した。
倉敷の商人たちは畳表の製造販売や、酒造などの家業の傍ら、
開発した土地で米を作り、米の卸売という副業で財を成してゆきます。
そうした豪商たちで港町倉敷は栄えに栄え、蔵が増えていったわけです。
かつては海だった場所を埋め立てたので、土地には塩分が多分に含まれるわけですが、
米作りに塩分は都合が悪い。
そこで土地の塩分をよく吸収する綿花が多く植えられたことで、
紡績業も発展し、倉敷紡績のような企業も登場するわけです。
倉敷駅。
駅はなかなか西洋風です。
駅から徒歩十分ほどで美観地区に到着。
美しい白壁の町並みが見えてきます。
やはり倉敷川を挟んでの川畔の景観が明媚。
舟流しも風流です。
この水路、「倉敷川」というそうですが、
実際は海水が川を遡っているのではなく、
海だった場所を埋め立てた土地に通された「運河」なのです。
水鳥もやってくる。
露地の雰囲気もまた良し。
紅葉の兆しもちらほら。
備前焼のお店。
レトロなトラック。
大原美術館そばのカフェ。その名も「エル・グレコ」。
グリーン・カーテンが見事です。
蔦と言えば、倉敷紡績工場跡地を観光施設に転用した「アイビー・スクエア」。
この蔦は、観光用に後からつけたのではなく、
工場を作った当初、イギリスの様式をそのまま日本に持ってきた結果、
緯度の差だけ屋根の傾斜から入ってくる日光の量が多くなってしまい、
工場内が異常に暑くなってしまったため、
その暑さを和らげるために周囲に張り巡らせたとか。
見た目だけでなく、実際10℃近くも温度を下げる効果があったそうです。
公民館もまた古き良き雰囲気。
中国銀行。
独特な白壁のテクスチャも見ていて飽きないんだな。
旧大原邸前にかかる今橋の龍の装飾。
倉敷のスゴイところは、伝統的な和風のナマコ壁と、超弩級の西洋ヨーロピアンが、
お互いケンカせず、ほどよく融合しているところでしょうか。
ここほど「和洋折衷」という言葉が似合う街は他にないのではないだろうか。
【information】
アクセス:JR倉敷駅から徒歩10分程度