大学の研究室助手さんのオススメにより読んだ本。
昔の文体で書かれていて、最初は少し読みづらかったのですが、
読み進んでいくと、長い一つの文を句点で区切っていくという独特のリズムが
逆に心地よくなっていく。そして呼び起こされる感動。
電車の中で読みながら思わずゆるむ涙腺。
とても良い本だと思います。
内容は谷中感応寺の五重塔建立に取り憑かれた一人の大工の物語。
この物語自体はフィクションですが、この五重塔自体は実在したものだそうです。
現在の谷中霊園のそばにある天王寺がそうで、
昭和32年までは谷中霊園のシンボルとして建っていたそうですが、
一組の男女の放火心中により焼失し、現在は礎石が残るのみだとか。
全く迷惑千万な話です。
貴重な建築遺産は人類の宝だというのに。
死ぬなら周囲を汚さず、巻き込まずに勝手にやってくれ。
他のどんなものよりも優先し、自分の全てをなげうってでも達成したい。
一生の内で1回でもそう感じさせてくれるような仕事にめぐりあうこと。
それが人としての幸せじゃないだろうか。

[かつての雄姿]

[現在は礎石が残るのみ]
(画像はこちらより拝借)
建築の知識を得る、というよりは建築の心を知る本でしょうか。
木造建築の難しい用語が出てきますが、素人の僕にはさっぱり。
表紙の解説では、
「エゴイズムや作為を越えた魔性のものに憑かれ、
翻弄される職人の姿を、求心的な文体で浮き彫りにする」
ととかくエゴを越えた「魔性」というものを強調していますが、
今の僕から見れば、やはり人はエゴの外へは出ては生きられないと思うのです。
若い頃、というかつい最近まで。
愛とか友情とか、義理とか人情とか。
そういう大切なものを無視したり犠牲にしてまでやり遂げなければならない、
そんな仕事に価値なんてない。そう思っていました。
しかし「仕事」はやはり大切なものだ。
ときに他の大切なものよりも優先してやらなければならないときもある。
「エゴを越えた魔性」とあるけれど、
どんなに一生エゴの外に出ることはできないにしても
僕らはいつもエゴを意識して生きているわけじゃない。
「我を忘れて」という表現があります。
それは別段珍しいことでもなく、
意識しなくても本能が導くままに行動することは生物学的には自然な行為。
そして人間の本能は最低限の生存活動以上に、
「より良く」「楽しく」「幸せに」生きようとする機能が備わっていると僕は思う。
...科学的な根拠はないけれど。一個人の単なる直感だけど。
幸せに生きようとする本能の衝動に正直に従うこと。
中には悪い結果を出すこともあるかもしれない。
でも良い結果を出すこともあるはず。
感応寺五重塔は良い結果を出した好例ではないのでしょうか。
良い仕事をするには理性だけではダメなのかもしれない。
カンや直感といった第六感、本能が働きかける衝動にも素直に耳を傾ける、
そんな姿勢が必要なんじゃないのかな。
偉業は立派な人間が成すんじゃない。
並々ならぬ思いこみを注ぎ込める人間が成すものだ。
