ムンク展ー共鳴する魂の叫び【東京都美術館】

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久々の東京出張。
帰りの飛行機までの時間を利用して、久々のお江戸での美術鑑賞。


...というわけで東京都美術館で開催中のムンク展に行ってきました。

特にムンクが好き、というわけでもなくて、
上ので開催中のフェルメール展、ルーベンス展、六本木で開催中のボナール展など、
場所の成約と好みをいろいろ検討した結果、消去法で残ったのがムンク展と、
三菱一号館美術館のフィリップス・コレクション展でした。
結果的にはこれが大当たり。


「叫び」は世界で最も有名な絵画の一つであり、
故国ノルウェーでは国民的画家として讃えられているエドヴァルド・ムンク。
40代にはすでにその画業は社会的に認められるようになっており、
画家としては成功した部類に入るでしょう。

しかしなぜ、彼の絵はこんなにも悲しみに満ちているのでしょうか。


ノルウェーのクリスチャニア(現オスロ)の北に位置するローテン村で、
軍医だった父クリスチャン・ムンクと母ラウラの間に生まれたムンクは、
結核により母と姉を幼くして失う。
女運も悪く、恋人とのいざこざの末に左手の指の一部を失ってしまう。
幼少時に大切な家族を失うという経験と、恋人との破局により
アルコールに依存するようになり、ついには精神的にも異常をきたすようになる。
この危機を画業の成功でなんとか乗り切るが、
ナチス・ドイツが台頭してくると、頽廃芸術として作品押収され、
戦争を避けるようにひっそりと作品を描き続けるが、
ナチスの爆撃で家の窓が吹き飛ばされ、その寒さにより気管支炎を患い、
生涯独身を貫いた画家は自宅で一人息を引き取った...


画家としては成功したが、彼の人生は決して恵まれたものではなかった。

彼の人生ははたして幸福なものだったのだろうか。
彼自身、自分の人生に悔いは残らなかったのだろうか。


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本展は以下の9章で構成されています。

1 ムンクとは誰か
2 家族ー死と創出
3 夏の夜ー孤独と憂鬱
4 魂の叫びー不安と絶望
5 接吻、吸血鬼、マドンナ
6 男と女ー愛、嫉妬、別れ
7 肖像画
8 躍動する風景
9 画家の晩年

以下順路に沿って、お気に入りの作品をピックアップしてゆきます。
例によって会場内は撮影禁止なので、画像はWikipedia及びpinterestより拾ってきてます。

※展示されていた絵と厳密には一致しないものもあります。


1 ムンクとは誰か

私の芸術は自己告白である(スケッチブックより)


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[自画像(1895年)]※出展:Wikipedia

物静かなムンク。


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[地獄の自画像(1903年)]※出展:Wikipedia

自分の中の負のオーラと向き合うムンク。


2 家族ー死と創出

私の芸術は、人生の不均衡を

解明しようとする思索から生まれた

何故、私は他の人と違うのか?

頼みもしないのに、なぜこの世に

生を受けたのか?

この呪いと、それをめぐる思索が、

私の芸術の礎となった。

(ノートより)


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[自画像(1882年)]※出展:Wikipedia

若き頃、希望と自信に満ち溢れたムンク。



[病める子(1894年)]

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[病める子Ⅰ(1896年)]※出展:Wikipedia

病に蝕まれ、生きる希望を失った姉。
そんな娘を助けてやることができず、悲しみに暮れる母親。
幼き頃に訪れた死の影は生涯ムンクにつきまとった。



[ブローチ、エヴァ・ムドッチ(1903年)]

男を惑わす長い黒髪と黒い瞳。


3 夏の夜ー孤独と憂鬱

私は見えるものを描くのではない
見たものを描くのだ

(ノートより)


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[夏の夜、渚のインゲル(1889年)]※出展:Wikipedia

渚にたたずむ妹インゲル。
心ここにあらず。



[夏の夜、人魚(1893年)]

人魚といえば通常は妖艶な女性像のイメージなんだけど、
ムンクの人魚は目をパチクリさせてびっくりしている。
「私を見ているあなたは誰?」



[メランコリー(1894−96年)]

眼の前の美しい海辺も男の心を晴れやかにはしてくれない。



[赤と白(1899−1900年)]

白い服の女性は女の無垢と純真の象徴。
赤い服の女性は女の成熟と情熱的なエロティシズムの象徴。
男は女の二面性(ギャップ)に魅了される。



[星空の下で(1900−05年)]

きらめく星空の下で死神に抱かれる男。
この美しい世界はこんなにも不条理に包まれている。



[浜辺にいる二人の女(1898年)]

死神に付きまとわれる女。
眼の前の美しい海辺を前にしても、彼女の心は晴れない。



[二人、孤独な人たち(1899年)]

こんなに近くにいるのに、悲しいほど距離を感じる二人。


4 魂の叫びー不安と絶望

夕暮れに道を歩いていたー

一方には町とフィヨルドが横たわっている

私は疲れていて気分が悪かったー

立ちすくみフィヨルドを眺めるー

太陽が沈んでいくー雲が赤くなったー血のように

私は自然をつらぬく叫びのようなものを感じたー

叫びを聞いたと思った

私はこの絵を描いたー雲を本当の血のように描いたー

色彩が叫んでいた

この絵が<生命のフリーズ>の《叫び》となった

(印刷物より)

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[叫び(1910年?)]※画像は会場に設置されていた記念撮影用ポスター

今回の目玉作品。
絵の前にはたくさんの人だかりでゆっくり落ち着いて見られなかったせいか、
思ったほど感動せず。

「叫び」というタイトルと、「ホーム・アローン」のあのシーンから、
中央の人物が叫んでいるのだと思う人が多いかもしれませんが、
どこからともなく聞こえてくる不気味な「叫び」が男に襲いかかり、
男は恐れおののき、叫びを聞くまいと耳を塞いでいるのです。

その「叫び」は自然からの勝手気ままに振る舞う人間に向けたものであり、
神の声ともいうべきものなのだろう。

自らの知恵に奢る人間に向けた警鐘であり、
どんなに優れた知恵を持ってしても、
自然からの、社会からの、そして内なる自分自身からの孤立から人間は逃れることができない。


5 接吻、吸血鬼、マドンナ

読書する人や編み物する女のいる

室内画を、もう描いてはならない

呼吸し、感じ、苦悩し、愛する、

生き生きとした人間を描くのだ

(ノートより)


一連の「生命のフリーズ」作品群。



[接吻(1897年)]

互いの顔が溶け合って同化してしまうほどの熱い接吻。



[接吻(1895年)]

お互い全裸で抱き合い接吻する男女。
実に生々しい。



[接吻Ⅱ(1897年)]

愛のオーラが二人を包み込む。


代表作「吸血鬼」。

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[吸血鬼(1916−18年)]※出展:Wikipedia


[吸血鬼Ⅱ(1895年)]

弱さを見せる男を母性で優しく抱擁する女性...という愛に溢れた光景なのに、
「吸血鬼」という怖いタイトル。
まあ、確かに一見すると男の首筋に咬みついているようにも見えるのだけど。



[森の吸血鬼(1916−18年)]

背景が森になることでほのぼのさが増すのだけど、
やっぱり黒い背景のほうが「吸血鬼」というタイトルにマッチするなあ。


これまたムンクの有名な代表作「マドンナ」。
いろんなバージョンがあります。


[マドンナ(1895/1902年)]


[マドンナ(1895/1902年)]

女性の美しさを表現するというよりは、
女性が背負う悲しき運命、といったものを表現しているような気がします。


6 男と女ー愛、嫉妬、別れ

老人たちが「愛は炎である」

というのは正しい

ーそれは炎のように、

たった一山の灰を跡に残すのだ

(スケッチブックより)


孤独にさらされる人間。
その孤独から逃れるために男と女は互いを自分の中に取り込もうとする。



[目の中の目(1899−1900年)]

禁断の実を食べてしまったアダムとイブ。
楽園を追放され、悲しみと不安にくれる男と女。



[クピドとプシュケ(1907年)]

愛神クピドが王女プシュケと恋に落ちる古代神話。
見てはならないクピドの姿を見てしまったプシュケ。
クピドは別れを切り出し、悲しみしくれるプシュケ。


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[マラーの死(1907年)]※出展:Wikipedia

かのダヴィッドの同タイトルの作品が有名ですが、ムンクも描いてたんですね。
殺されたマラーと殺人者の女で十字架が組まれている。


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[すすり泣く裸婦(1913−14年)]※出展:Wikipedia

この女性の涙は虐げられた全ての女性の涙だ。


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[生命のダンス(1925年)]※出展:Wikipedia

時と共に変化する女性のイメージ。

左側の白いドレスの女性は青春期の純真さ、
中央の赤いドレスの女性は男と出会い、「女」として開花する成熟期、
右側の黒いドレスの女性は人生の終焉に向かいつつある老年期を表している。


7 肖像画

カメラが筆とパレットに勝ることはない

ーそれが天国か地獄かで

使われない限りは

(ノートより)



[フリードリヒ・ニーチェ(1906年)]

燃えるような空に静かに佇む哲学者。


8 躍動する風景

自然とは、目に見える物ばかりではない

ー瞳の奥に映し出されるイメージ

ー魂の内なるイメージでもあるのだ

(ノート、ヴァルネミュンデより)



[太陽(1910−13年)]

燦々と燦めく太陽。


9 画家の晩年

我々は誕生の時に、すでに死を

体験している

これから我々を待ち受けているのは、

人生のなかで最も奇妙な体験、

すなわち死と呼ばれる、真の誕生である

ー一体、何に生まれるというのか?

(スケッチブックより)



[二人、孤独な人たち(1933−35年)]


[浜辺にいる二人の女(1933−35年)]

30年後の「二人」はやはり孤独だった。



[夜の彷徨者(1923−24年)]

老いに蝕まれながらも何かを求めてさまよう彷徨者。



[星月夜(1922−24年)]

ゴッホのエネルギーに満ちた星月夜とはまた違った静かな星月夜。
とても悲しい星月夜。


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[自画像、時計とベッドの間(1940−43年)]※出展:Wikipedia

ムンク最後の自画像。

時に追われて永久の眠りにつく際を描きたかったのか。


図録。2400円なり。

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「叫び」「マドンナ」「太陽」の3バージョンが選べます。
自分は「マドンナ」バージョンにしました。


訪問日:2018年10月30日(火)午前