究極の「悪」

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  愚かさ、誤り、吝嗇(りんしょく)は、
  我らの精神を領し、肉体を苦しめ、
  我ら、身に巣食う愛しい悔恨どもを養う様は、
  乞食たちが蚤や虱を育むにも似る。

  我らの罪はしぶとく、悔悟の情はだらしがない。
  告白をしただけで、おつりがくるほどの気持ちになり、
  卑しい涙に一切の穢れを洗い落としたつもりで、
  うきうきと、泥濘(ぬかるみ)の道に舞い戻る。

  ~(中略)~

  だが、金狼にもあれ、豹にもあれ、牝狼にもあれ、
  猿にも、蠍にも、禿鷹にも、蛇にもあれ、
  我らの悪徳をとりあつめた穢らわしい動物園の
  啼き、吼え、捻り、這いまわる怪物どものさなかに、

  さらに醜く、さらに邪な、さらに不浄な者が一匹いる!
  大仰な身ぶりもせず大きな声も立てないが、
  ひとあくびにこの世を呑みこむことも、やりかねない。

  これこそ<倦怠>(アンニュイ)だ!-目には心ならずも涙、
  水煙管くゆらせながら、断頭台の夢を見る。
  君は知っている、読者よ、この繊細な怪物を、
  偽善の読者よ、-私の同類、私の兄弟よ!

  (ボードレール『悪の華』「読者に」)


悪は誰の心にもある。

一番質の悪い「悪」とは何だろう。

人を殺めてしまうほどの残虐性だろうか。
人を欺く欺瞞だろうか。

確かにこれらの悪は怖い。
しかし悪としての明確な存在感があるから、
逆にその存在に事前に気付けば避けることはできる。


一番怖い「悪」とは、その存在に気付くことのできないもの。
知らず知らずのうちに自分の身体の中に蔓延し、
気付いたときにはもう制御のしようがない程になってしまう。

...それが「倦怠」という悪なのだろうか。

誰だって前向きに生きたい。

清く、正しく、美しく生きたい。
それが人間の本能というものではないだろうか。

人間が本能の命ずるままに生きているのなら、
この世界は文字通り桃源郷になっているはず。


...しかし現実はそうではない。

人々は欺しあい、傷つけあっている。
大地は荒れ、海は濁り、空は薄くなっている。

世界をこのようにさせてしまったもの、
それが「倦怠」ではないだろうか。

なんとなく気怠く、なんとなく前に進む気がしない。
体内エネルギーがセーブモードになっていて、
体外のリソースから外部エネルギーを取り入れてその場をなんとか凌ごうとする。

一時的な危険回避しかできないから、
その状態が慢性的になってしまうと社会のいろいろな箇所に歪みが生じてくる。

その状態の行き着く先は...まさしく「地獄」。


人間の行き着く先は完璧な世界の「天国」なのか、
それとも倦怠の果てに現れる「地獄」なのか。

地獄から逃れるためには。

...まずは「倦怠」状態に気付くことだ。
気付くことさえできればあとは本来の本能で
倦怠を乗り越え、エネルギーを貯え、
自分の力で前に進むことができるようになる。


深夜にボードレールの「悪の華」を勉強しながら、
(明日は大学のテストなのだ^^;)
エヴァを見ながらふと、そう思った。

...いかん、すでに倦怠状態だ。

集中せねば。