イチロースペシャル

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[wikipediaより]


今年初の「仕事の流儀」はイチロースペシャル

野球には正直あまり興味がない。
子供の頃の遊び以来自分の人生にはあまり縁がありません。
野球のセンスもなかっただろうし、「みんなが好きなものは好きにならない」という
生来のひねくれ性格が僕を野球から遠ざけたのかもしれない。

スポーツは見るよりもするほうが断然好きなので観戦もしない。
野球や相撲みたいにとくに間合いが長いものは特に退屈でしょーがない。


普通自分に縁のない世界にいる人を尊敬することはないのだろうけど、
イチローは別格だ。
カリスマ性を持つ人はたくさんいるけれど、
ひねくれものの僕はカリスマ性で人に惹かれたりはしない。


イチローのどんな部分に惹かれるのだろうか。
...それがこの番組で少し分かった気がする。

リアリストの僕は天才の持つ素質に憧れたりはしない。
もって生まれた天分に憧れても自分のものになりはしないのだから。

イチローは間違いなく天才なのだろう。
大リーグに移籍して7年連続200本安打達成。
日本人で最も成功しているメジャーリーガー。
野球に詳しくない僕でも彼が天才であることを感じさせずにはいられない。


しかしそんな天才の素顔は意外なくらいにシンプル。
そこに共感するものがある。

彼の生活はシンプルそのもの。
7年間朝昼兼用の食事は弓子夫人手作りのカレー。
毎回同じメニューででウォームアップや基礎練習を淡々とこなす。
自分の感覚を乱さないために人のバットやグローブには絶対触らない。

その一方で一見ずっと同じように見えるバッティングフォームは
それまでのものを捨て、毎年変えているそうです。

極力無駄を削ぎ落とし、変えるべきものとそうでないものを明確に分ける。
変えるべきものではないものについては頑なに継続を貫き通し、
一方で変えるべきものはそれがどんなに成功をもたらしたとしても
躊躇せず過去を捨て、新しいものを生み出す努力を怠らない。
そうすることで自らの進化を加速させる。

あれだけ成功しながらその成功に固執しない。
そこに彼が進化し続ける秘密がある気がする。
普通人間は成功するとそこに留まろうとするもの。
人間を取り巻く状況は刻一刻変化するものだから、
ある状況で成功したとしても別の状況で成功するとは限らない。
状況というものは無限に存在するわけだから、
あらゆる状況で成功するためには無限に努力し続けなければならない。
一方でそんな努力の中で自分の存在意義を認識し続けるために
変えるべきものではない「何か」を継続して維持しなければならない。

人は変化を楽しむ生き物であって、
変化のないものにはなかなか意識がいかないもの。
人が見ていないところでそういう変えるべきものではない「何か」を
維持し続けるというのは果てしなく地味で大変な作業。
それが「努力」というものなのでしょう。

シンプルである、ということは簡単である、ということではない。
シンプルである、ということは思った以上に難しい美学だと僕は思う。
シンプルにしていく過程で余計なものを削ぎ落とすための多くの選択がある。
シンプルにすることで見えてくる真実がある。

住吉アナの「武道のように所作が決まっているものは集中力を生みやすい」
という言葉に武道家としてすごく共感するものがあった。
そしてイチローのシンプルさに通ずるものも。
所作をシンプルにすることで「道」が見えてくる。

シンプルにすることの究極の目的は無意識の中に自らの能力を押しやること。
どんなに集中できたとしても意識しながら出来ることには限界がある。
それなら多くのことを無意識の中に置いておけばそれだけトータルとして
人間の能力はアップする。

意識できるところでイチローがやろうとしていることが「自らに難問を課す」こと。
ホームランが打てるのに単打にこだわる。
あえて難しいボールを打つ。
プレッシャーから逃げずにぶつかる。

シンプル化出来るものは無意識の領域に押しやる。
そうすることで意識してやらなければならない難問に集中する。


どれだけ大記録を達成しても彼に達成感はない。
なにを目指しているのか自分でもはっきり見えないと言う。
でもぼんやりその「イメージ」は見えている。
もがき苦しみながらも進み続けていればいつか必ず見えると信じている。

イメージ。
そこにデザインに通ずるものがある。
見えないものを信じることは難しい。だから見えないものを見えるものにする。
その実像がいつか必ず見えてくる、と信じることが出来るイメージを作る。

それがデザイナーの本分ではないでしょうか。


天才の天分は真似ることは出来ないけど、
天才の生き方やその姿勢からは学べることがあると思う。
努力できる天才こそ「真の天才」なんだと思う。
そういう真の天才が凡人に道を示してくれる。