人が大量に集まって都市が形成される。
そこにあった自然は破壊され、
高層ビル群は巨大な放熱版となり、ヒートアイランドと化す。
コンクリートとアスファルトに囲まれた人間たちは心身共に病んでいく。
アル・ゴアによる『不都合な真実』などによって地球温暖化問題が
全世界的に認識されつつある21世紀において、
もはや都市礼賛の時代は終焉を迎えつつあり、
21世紀は都市の新しい形を模索する時代といえます。
ビルの屋上や壁面を植栽などにより緑化することで
コンクリートジャングルを緑のジャングルに変える。
...それが屋上緑化や壁面緑化と呼ばれる都市におけるエコ活動。
本書では前半に屋上緑化、壁面緑化によるメリット、
後半で実際に屋上緑化、壁面緑化活動をしている人や企業などの活動内容
が具体的に解説されています。
著者の船瀬俊介氏は建築家でも都市計画家でもなく、
文学部出身のライターさんのようです。
都市に緑をもたらす、ということは単に見た目で心を癒すだけでなく、
光合成による二酸化炭素軽減や優れた断熱効果により
温暖化防止に有効である...
...ばかりでなく、直射日光がコンクリートに照射されるのを防ぐことで
建物自体の延命化に貢献するらしい。
壁面緑化については、
以前パトリック・ブランの「Vertical Garden(垂直庭園)」を紹介しましたが、
どうやら壁面緑化は彼の専売特許ではなかったみたいですね。
本書ではパトリック・ブランについては一切言及してなかったけど。
パトリック・ブランはエコ目的ではなく、あくまでアートだからかな。
結果的に緑化してるんだから、これも立派な壁面緑化だと思うんだけどな。
本書における壁面緑化は、
ツタなどを屋上や地上から壁に直接這わせたり、
壁面と平行に緑化専用の壁を置いたり、
ベランダ部分にプランタンを置いたり、
...とあまりスマートでないのに対し、
パトリック・ブランのものは土にあたる部分に特殊な溶媒を使うことで
直接壁面を緑化し、壁面をアートにまで高めていてとてもスマート。
より実用的だと思えます。
実際の活動家として、
まず屋上緑化、壁面緑化を推進する建築家として石井修氏が紹介されてます。
僕は今回初めて知ったけど。
石山修武氏ではないらしい。
一方でコンクリを多用するモダニスト、ポストモダニストである
安藤忠雄や丹下健三、磯崎新氏らを引き合いに出して批判してます。
都市緑化は確かに素晴らしいと思う。
東京全体が緑で包まれたらどんなに素晴らしいことか、とも思う。
ただ、「建物に外観はいらない」という言葉に対して僕は反発を感じる。
「住宅は安らぐための場所、人に見せるためのものでない」
たぶん内部空間を重要視した上での言葉だと思うけど、
僕はそれは違うと思う。
内部で安らぐのはもちろん、
外観を眺めることで安らぐ効果も建築にはあると思う。
建築は人に見せるためのものでもある。
外観のない建築などない。
建築にモニュメンタリティーは必要だと思う。
船瀬氏自身、コンクリの存在そのものが悪なのではなく、
コンクリしかない状況が諸悪なのだと言ってるけれど、
その割には丹下健三や安藤忠雄、磯崎新らへの批判的言動にはトゲがある。
彼らの功績を軽視しているように感じます。
僕自身はコンクリ信者ではなく、コンクリに対して懐疑的な部分もあった。
これからの時代、コンクリ主体で本当にいいのか、と。
一方でコンクリは建築の進化に貢献してきたはず。
また、木だけが唯一有効で理想的な建築材とも言い切れないんじゃないか?
コンクリによる自由造形と緑化が適度に融合すればいいんじゃないの?
企業による緑化活動としては大阪ガスの実験集合住宅「NEXT21」や
シャルレの本社ビルなどが面白かった。
屋上緑化、壁面緑化の研究は四半世紀前から始まっていた。
にも関わらずイマイチ普及していないのは、
はたしてそのメリットに多くの人が気がついてないだけだろうか?
本当に多くの建築家が気付いてないのだろうか?
そんなに日本人って頭が悪いのだろうか。
...僕にはそうは思えない。
まだまだ解決すべき問題や、発展する余地があるんじゃないかな。
低層住宅には確かに屋上緑化や壁面緑化は有効だと思う。
でも高層住宅は?
高層部分での風圧対策やメンテナンス方法は?
まあ低層をカバーするだけでも十分緑化効果はあるんだろうけど。
自然をコントロールすることって思っている以上に難しいことだと思う。
人を模倣するロボットを作るのと同じくらい。
自分が読んだのは2000年に出版されたものですが、2003年に新板が出ているようです。