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2008年8月16日

建築が見る夢 石山修武と12の物語【世田谷美術館】

建築デザイン

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毎度のことながら会期終了間際にしてようやく行ってきました。
石山修武の「建築が見る夢」。
初の世田谷美術館

日曜美術館で石山修武氏が紹介されてるのを見てはじめてその存在を知り、
ぜひともこの展示会に行きたいと思ってました。

建築系の展覧会というと、GAギャラリーなどのように模型とCGとパネルだけ、
というなんとも単調で味気ないものになりがちなのですが、
この展示会はちょっと違ってた。


いや、基本はやはり模型とパネルとCGなのですが、
模型のスケールがデカイ。数も多い。
壁に貼られた無数のドローイング。

さらに氏のちょっと変わった志向の建築が独特の雰囲気を醸し出していました。



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ishiyama_chicket.jpg
[チケット]


最近の建築といえば、シンプルで無機質ですっきり、
それでいて奇抜でクールな造形。

もちろん建築のそんなクールな部分が好きではあるのだけれど、
そこが全てではない、そこが建築の本質ではない、と未熟ながらも
心のどこかで思ってました。


石山修武氏の建築はそんな最近の建築とは一線を画しているように見えます。

まず見た目がクールじゃない。
ドローイングもけして上手いとは思えない。
どこか有機的で人間臭さを感じさせる。
そこがクールじゃないのだけどどこか不思議な魅力を感じさせる。

展示は現在進行中の12のプロジェクトの紹介の他、
過去の作品やなぜか銅版画作品の展示がしてありました。
進行中の12のプロジェクトは以下の通り。


  ・ひろしまハウス
  ・世田谷村
  ・天の川・ざくろの小径計画
  ・渡真利島 月光TIDA計画
  ・猪苗代鬼沼計画
  ・農村ネットワーク計画
  ・グアダハラ計画
  ・チリ建国200年祭計画
  ・北京モルガンセンター計画
  ・ミャンマー仏教文化センター
  ・音の神殿計画
  ・浅草計画

面白いのはプロジェクトの進行に合わせて
展示物の内容も時を止めずに進行している、ということ。

会場の中に石山氏のオフィスの分室が設置されていて、
作業の内容や進行状況を観察できるようになっています。


さらに面白いのは「真夏の夜の夢の又夢」と題して
連続21夜で石山氏本人によるレクチャーを実施していること。
17:30までに会場内に入っていれば入場チケットだけで無料で聴講できます。
21のレクチャーを受けるには21回分の入場チケットを買わなければならないけどね。
僕は1日だけの単発で聴講しましたが全然問題なく楽しめました。

僕が行った日は第二十夜。
美術館自体は18時で閉館なのですが、レクチャーは20時過ぎくらいまで行われました。
展示室の一角に液晶プロジェクタを設置し、
聴講者は配られた携帯座布団で床に座って聴講します。


...がその前に閉館する前にカタログを買わなきゃ、ということで一度会場を出て
ミュージアムショップへ。

カタログは2部構成で写真のような段ボール箱入り。
ishiyama_guide.jpg

開いたところ。
ishiyama_guide_open.jpg

これで2500円はけっこうお得かも。


...さてレクチャーに話を戻して。

第二十夜のお題は『「手わたしてゆくデザイン」ウィリアム・モリスとコンピューター」。

モダンデザインの父と呼ばれる人物とハイテク時代の必須ツールが
どのように関連するのか?...ということですが、石山氏は小野二郎という
日本のモリス研究の第一人者からモリスを学んだそうです。
小野二郎氏の著書「紅茶を受け皿で」を推薦されてました。

石山氏自身の著書としては、「建築家、突如雑貨商となり至極満足に生きる」を推薦。

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人間が最終的に行き着く理想の職業は雑貨商である。
良いものを自分で創って、あるいは自分で仕入れて自分で売る。
雑貨商という言葉が適当かどうかはともかく、なんか同感です。
石山氏曰く、「良い本は売れない」そうですが...^^;


今回のレクチャーを結論から言えば、
個の時代になってマスプロダクツは限界にきており、
これからはそれぞれの個のパーソナリティに応じた物作りが必要であり、
そのためのツールとしてコンピュータは必須である、というもの。

少量多品種のビジネスモデル、という意味においてはコンピュータという言葉よりは
インターネットの「ロングテール」という言葉のほうが適切じゃないかな、と思うんですけどね。

少量多品種、各個にパーソナライズする物作りでは「いいものは高い」という法則が
これまでのビジネスモデルでは上手くいかなかった。
モリスもモリス・ファブリック以外は成功しなかったとか。
モリス・ファブリックは大量生産しやすい製品だったから成功した。

コンピュータによる仮想世界(インターネット)が個の時代における豊かな生活、
これからのビジネスモデルに必要である、ということですが、
まあなんにせよ、テーマ自体はそれほど目新しさを感じるものではなく、
それよりもそのテーマに至るまでの石山氏の作品紹介、作品を創る過程の説明からの
訓話がすごく面白かった。


「デザイナー」と「職人」。
デザイナーは形は生み出すが、ものは創らない。職人はその逆。
しかし物作りを知らないで良いデザインはできない。


「レッサーアート(小芸術)」と大芸術。
大芸術の代表である建築に対比する言葉として使われていたのが印象的だった。
レッサーって"lesser"なんですね。
レッサーパンダのレッサーも同じ意味なのかな。「小さなパンダ」ということか。


「具象」と「抽象」。
人間は本来具象を好むもの、と石山氏は言ってましたが、そこに僕は疑問を感じました。
じゃあなぜデザインというものがあるのだろう、と。
デザインは複雑な関係をシンプルに分かりやすく表現するものだと僕は認識しています。
具象を抽象化することがデザインだと思うのですがそう考えるのは間違いなんだろうか?
具象には具象の美しさがあり、抽象には抽象の美しさがあると思うのですが。


「趣味」と「思想」。
「趣味は思想を凌駕する」
趣味は「~したい」という好みからくる欲求、思想は「~すべき」という義務からくる欲求。
...と僕はそう捉えたのですが、この意味でこの言葉はなるほどな、って思った。
「好きこそものの~」ということなんでしょうね。


建築に夢を持って語るからとても面白い。
やっぱり夢って大切なんですね。


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