昔から臆病な人間だった。
若い頃はそんな臆病な自分を隠すために、肉体を鍛えることに執心した。
剣道、薙刀、空手、合気道...
格闘技や武道のみならず、
スキー、テニス、バドミントン、インラインスケートなどにも熱中した。
でも結局、肉体を鍛えるだけでは人は強くなれない、ということを
三十代にしてようやく理解した。
もっとも、二十代の全てを肉体を鍛えることに熱中したからこそ、
得られた教訓とも言える。
武道は精神修養でもある。
しかしその真の意味を理解するにはそれなりの時間と努力が必要だ。
人は常に動いている。
動いている、というより流れている。
その流れが停滞するとき、人はどうしようもなくネガティブになる。
焦り、イラつき、むなしさを感じ、孤独感を感じ、
なにをやっても上手くいかない不安を感じる。
そういうときはとにかく動く。
動いて流れの停滞を解く。
よくシャドーをする。
実際稽古以外で人を殴ったことなどただの一度もないけれど、
目に見えない目の前の空気をこれまで幾千、幾万、いや幾千万
空を切ったことか。
目の前にある淀んだ空気をぶっ飛ばす。
身体の中にある淀んだオーラをスムーズに流れさせる。
拳はそのためだけに握ればいい。
パンチはそのためだけに繰り出せばいい。
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