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2009年7月 2日

創造的であるために必要なもの

学業

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最近ちょっとばたばたしています。

火曜日のゼミがその元凶。

現在とくに仕事が入っているわけではないので、
時間的にまったく余裕がないわけではないのだけど、
成り行きで安易に引き受けたまとめ役、リーダーという立場が
予想以上のプレッシャーになっている。

ものごとを遂行するにあたって重要なことは、
「物理的な時間」の余裕ではなく、
「精神的な時間」の余裕ではないだろうか。
どんな精神状態でも物理的時間は等しく経過してゆくのだから。

心の中を整理するための物理的な時間をとることで、
精神的な時間の余裕を取り戻せる。
ブログはまさにそのために最適なツールではないだろうか。


昔からリーダーシップがないのは分かっていた。
グループワークが苦手なことも。
展示、という作為的な空間にそれほど興味がないことも。

それでもこのゼミを選択し、リーダーを引き受けたのは、
経験を積みたい、ということはもちろん、
やはり苦手だから、と逃げてばかりじゃダメだという気持ちが
頭のどこかにあったからかもしれない。


その意味ではゼミも貴重な「学び」の場になっているわけですが。



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僕は「忙しい」という言葉が嫌いだ。
実際そういう状態も。

昔は「忙しい」ということが有能であることの証のように思っていた。
有能だからたくさんの人がその人を必要としている。
だから有能な人はたくさんやることがあるのだ、と。

それはまあ、ある部分においては正しい。

でもそれがその人にとって必ず幸せである、とは限らない。
どんな有能な人でも限界というものはあるし、
快適に作業をこなせる量というものがある。
その量を超えると、あとはただプレッシャーになってゆくだけ。
シングルタスクの僕の場合はなおさら。
...それが僕の弱さなわけですが。

余裕のない状態では作業のクオリティは落ちてゆくだけ。
とりわけ創造的な作業の場合はその傾向が激しくなる。
創造的になるためには空白が必要なのです。


前置きが長くなったけど、ここで本題。

月・木の課題の進捗がなかなか思うように進まない。

思うように進まないのは、まあいつものごとくなのですが、
それでもそれなりに集中しながら作業を積み重ねてゆくことができた。
そしてその積み重ねが結果に結実した、と感じることができた。

しかし今回は精神的な余裕のなさからか、課題に集中できない。
エスキースの量も前回に比べると格段に減っている。
なんとか休まず授業に出るので精一杯。

課題の内容が違うので、
一概に量的な差を質的な差に短絡的に結びつけるわけにもいかないのだけど。
前回の住宅のスケールから、今回は最大200mスパン、という
巨大な公共スペースになっていることにリアリティが追いついていってないこともある。


幅14m、高さ18m、奥行き200mほどの細長いガレリア空間を使って
何かを展示する場所を提案する。

今回はそういう課題なのですが、
僕が最初この場所に行ったとき、地上から上空の屋根を見上げた空間が
すごく良い、と直感的に感じた。

そこで屋根近辺の上空に展示物を置いて、
「見上げさせる」展示空間を作ろうと思った。

屋根はアーチ曲線状になっているとはいえ、
この空間全体はハードエッジで男性的だ。

最初はこのハードなイメージをさらにハードにしようと考えていたけれど、
逆にソフトな展示物を持ってきて、バランスをとるほうが面白いかな、と思い、
展示物をファブリックに決めた。

ファブリック、と一口で言ってもいろいろあるけれど、
僕がここで思い浮かんだのが数年前に行った表参道のspiralで開催された
新素材の展示「SENSEWARE」。
最先端の新素材の可能性をさまざまなメーカーやデザイナーが提案した展示。


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良いテクノロジーは美しい。
僕はそうあるべきだと思う。
たくさんの人に良いテクノロジーを「美しい」と思わせる、
そういう空間があればいいなと思った。
テクノロジーの可能性をデザインで表現できたら素晴らしいだろうな、と思った。


今回も構造的なアプローチがしたかったので今回も表現方法は模型を選択。
1/50で全空間のおよそ1/4程のスパンを作ってみたのだけど長さ1mとやはりでかい。

どんな構成で見せるか、スケッチで案出しをした後、
この場所ならではの個性はなんだろう...と考えたとき、
屋根の天窓が規則的なストライプ状に並んでいるのを見て、
「あばら骨」のイメージが湧いてきました。

共通教育の授業で人体の骨格を勉強していたこともあっただろうし、
カラトラバの人体をモチーフにした建築に影響されているのかもしれない。

...ただ、規則的すぎる。
規則性の中に少し渾沌のエッセンスをおきたい...

というところで現在作業が止まってます。


精神的な余裕を持つために、物理的な時間を使ってブログを書く。
これも立派なデザインのプロセスなのではないでしょうか。

僕以外にこんな風にしている人は周囲には見かけないけど...


さあ、今日も頑張るぞ!


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