2012年12月アーカイブ

2012年12月30日

今年の反省2012

その他

nanrakuen_koyo.jpg
南楽園の紅葉]


早いものでもう2012年も終わりに近づきました。

恒例の反省タイム。
年頭に立てた目標に基づき、この一年を振り返ります。

今年は五つの目標を立てました。


  1.痩せる。 結果:☓

  2.運動する。 結果:△

  3.お金を貯める。 結果:△

  4.作品を作る。 結果:△

  5.旅する。 結果:◯


結果から言うと一勝一敗三分け。
数値的には煮え切らないものですが、自分的には概ね満足しております。

我ながらよく頑張った。
自分で自分を褒めてやりたいと思います。


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「裁いてはならない。自分が裁かれないためだ」彼はよびかけた。「兄弟の目のなかにある小さなちりに気づきながら、どうして自分の目のなかにある丸太に気づかないのか。それは偽善というものだ。まず自分の丸太をとりのぞきなさい。そうすればよくみえるようになって、兄弟のちりも取りのぞくことができる。もとめなさい、そうすればあたえられる。さがしなさい、そうすればみつけられる。たたきなさい、そうすればひらかれる。子どもがパンをもとめたときに、石をやる者がいるだろうか。生まれつき罪深いあなたがたでも、子どもにはよいものをあたえるなら、あなたがたの天の父はもとめる者にどれだけ多くのよいものをくださるだろうか。自分がしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。わが子たちよ、せまい門から入りなさい。破滅に向かう門は広くて入りやすい。しかし命にむかう門はせまくて入りにくい。...」(ウォルター・ワンゲリン『小説「聖書」新約篇』)


「メリー・クリスマス」ってイヴに言うのか、当日に言うのか。
未だによく分かってなかったけれど。


  クリスマス・イヴ


...便利な世の中だね。一発で知識が手に入る時代。
でも、忘れちゃいけない記憶もある。



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事の発端は、公民館があまりに寒いので囲炉裏を置こうという話からはじまりました。

経費節減で公民館予算が絞りに絞られて、ろくに暖房やストーブを点けられず、
どうしたもんかと関係者で知恵を絞った上での案でした。
まあ、田舎ならではの発想ですよね。
都会であれば、囲炉裏を構えようとしたら逆に高くついちゃうわけで。

自分のくつろぎ小屋を自分で作った、というおっちゃんが
ユスモクで囲炉裏を作ってくれることになりました。
その小屋にはこれまた自作の囲炉裏があって、その囲炉裏がまたイイ感じだったのです。
そのおっちゃんは大工というわけでもなくて、
退職して都会から故郷に戻ってきて農業をしている方なんですが、
まあ元気な方で、もりあげ隊の活動でもお世話になっております。

しかし。
結局役場の上の方からのお達しで、囲炉裏を置くことすら許可してもらえませんでした。
理由はただ「危ないから」。
場所柄子どもが来ることも多い中、囲炉裏があるのは危ない、と。
そんなこと言ってたら何も置けんやろ!
...と文句たらたらなわけですが、文句を言ってるだけではなにもはじまらない、
とそのおっちゃんは地域内の農協販売店に頼み込んで、
店内のくつろぎスペースに作った囲炉裏を置かせてもらったのでした。


その農協に置かれた囲炉裏の画像をFacebookにアップしたところ、
「うちにもほしい!」という反響がありました。


こうしてユスモク囲炉裏物語は展開していくのであります。


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  「『檜垣忠雄』といえば?」


この問いに対する答えは人生の要所要所で違ってくるわけですが。

ここ最近でいうなら、「地域おこし」とか、「ユスモク(木工)」とか、
あるいは「美大」「デザイン」「アート」といったキーワードが出てくるわけですが、
デザインやアートは30代から、地域おこしや木工は40代から縁がはじまったわけで、
20代の僕しか知らない知人が今の僕を見たら、たぶん別人を見ているように感じるかもしれない。
それくらい30代後半から僕の人生はがらりと変わりました。

10代から20代の僕をひと言で言うならば、

  「とにかく身体を動かしていた」

につきます。
といっても、ジョギングやマラソンのようなプリミティブな競技や
野球やサッカーなどのチームスポーツは大の苦手。

僕が熱中していたのは武道とスキー。
中学生になって剣道をはじめたことから僕の武道生活ははじまります。
剣道にはじまり、なぎなた、極真空手、そして合気道。
前者3つはティーンエイジの終わりと共に別れを告げたのですが、
社会人になってはじめた合気道とスキーにはとりわけ熱中しました。


一生続けるものだと確信するほどに。



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【交流会の豪華なディナー!】

愛媛大学地域マネジメントスキル修得講座第9回。

今回はこの講座の現在の受講生に過去の受講生を加えての合同発表・交流会。
現在の受講生が4期なので、1〜3期の先輩方が来て、
各期2名ずつ代表で事例発表を行います。
事例発表は各自発表資料を用意して一人あたり30分程度発表を行い、
あとは「放談会」とレジュメにはあったのですが、
フタを開けてみれば、発表者以外の口頭による自己紹介でした。
そして夜は宴席での交流会。

...という流れ。

いつものメンバーに過去の受講メンバーが加わると、
さらに大きなネットワークになります。
より多様性が増し、複雑性が増す。
このネットワークを上手く使いこなせれば、
より大きなことを成すことができるけれど、
使いこなせなければ烏合の衆になるのみならず、
単独でいる時よりも面倒なことになりかねない。

あらためてネットワークの威力と危険性を感じた一幕だったような気がします。


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ユスモクの立体看板を作りました。

これまでの制作で出た端材の山をみて、
これでなにか作れないかな、と思ったのが事の発端でした。

そう思っているうちに、何気なくFacebookを見ていたら、
山で獲れた鹿の頭骨の引き取り手を探す旨の記事を見つけて、
「これだ!」と思って、すぐさまほしい旨のコメントをしたところ、
無事この頭骨をいただくことができたのでした。


ユスモクのロゴには鹿の頭をあしらっています。
これは遊子川で鹿が獲れるからではなく、
遊子川に伝わる七鹿踊りで使われる鹿の面をあしらったものです。

端材で「ユスモク」の文字を作り、その横に鹿の頭骨を置けば、
ユスモクをアピールする良いオブジェ、立体看板ができるかなあ、と。



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時の流れは早く、はや師走。
2012年ももう終わりです。

今年の汚れは今年のうちに。

遊子川では毎年12月に「クリーン作戦」と銘打って、
地域をあげて幹線道路である県道端の清掃活動を行っています。
同時に地域内の親・子・孫の三世代交流イベントも実施しています。
さらに今年は地域内でイルミネーション展示をやろう、ということになって、
もりだくさんの週末になりました。

遊子川の地域づくり組織「遊子川もりあげ隊」、公民館、老人会、小学校、PTA、
遊子川の若者グループ「新泉組」などなど遊子川の中のいろんな組織が一同に介して、
にぎわいました。

とてもいい形で遊子川は盛り上がっているように思えます。


田舎はリソースが少ない割には組織がやたらと存在しています。
しかし、普段はその組織間でのやりとりはあまりない。
まあ、リソースが少ないからだいたい顔見知りの間柄か同じ人が掛け持ちだったりで、
あえて交流しなくとも、ということなんだろうけど、
その認識が、組織活動の煩雑さを増していくものになり、引いては活動が停滞する元になる。

組織は内部活動だけでなく、外部との活発な交流があってこそ
健全に発展していくものではないでしょうか。



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えひめ協同・まちづくりネットワーク主催の「えひめまちづくりシンポジウム」に
パネリストとして呼んでいただきました。

「都市生活者から見た田舎の良さ、暮らし方」というお題で
15分ほど報告してほしい、とのこと。

移住先進地である内子での開催なら、
お隣りの西予市でまだ2年足らずしか生活してなくて、
しかも行政の支援を受けてきている自分のような人間ではなく、
内子の移住者にもっと適任者がいるような気もしますが、
来て2年足らず、という「移住新人」の立場から見えるものもあるだろうし、
なにより「地域おこし協力隊」とて活動してきたことで見えてきたもの、
伝えられるものがあるだろうと思い、お受けすることにしました。


田舎は都会と比べて劣っているから人が田舎から都会へ流出しているわけじゃない。
都会中心の経済社会、というスタイルもあるだろうけど、
田舎の価値が国全体で共有できていない。

人間生活の原点のほとんどが田舎にあるのに、
その価値が忘れられている。

田舎の価値、魅力を再発掘し、分かりやすい「カタチ」でアピールすること。
それが地域おこし協力隊の重要な任務の一つだと思うのです。



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えひめ協同・まちづくりネットワーク主催の「えひめまちづくりシンポジウム」、
石畳を見学し、宿泊した翌日は、長田地区へ。

内子町は都会からの移住者が多く、内子町全体で140名ほどいるそうです。
その中でも長田地区は一番多く、現在7人ほどの移住者がいます。
移住者同士のネットワークも充実していて、
移住に失敗して出て行く人はほとんどいないとか。
それを行政だのみではなく、移住者同士のネットワークで実現しているのがスゴイ。

今回は内子移住促進会議の役員で、移住生活20年の方の案内で、
移住者の方々を訪問しました。


移住の決断は移住者本人がするものですが、
移住後の生活は移住先が田舎の場合、移住者本人だけでなんとかするのは難しい。
リソースが少ない上に、ITネットワークとの連携も個人レベルでは普及していても、
地域レベルではまだまだ実用には程遠い状況。
人的ネットワークが中心の田舎において、
新参者が田舎のネットワークに参入していくのは大変です。
それはこの一年半の遊子川での生活で痛感してます。

移住先が都会であるならば、移住者本人だけでなんとかなるものだけど。
そこが田舎暮らしに憧れはあってもなかなか一歩を踏み出せない部分でもある。
費用の制限もあるし、なにを、どこに、どのようにして頼むのか。
土地勘がなければさっぱり分からない。


土地の人と風の人が上手く融合していく仕組み。
それを考えていくことがこれからの田舎には求められるのでしょうか。



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えひめ協同・まちづくりネットワーク主催の「えひめまちづくりシンポジウム」、
シンポ前の地域内見学、内子の町並みに続いて石畳地区へ。

石畳地区は去年の夏に一度訪れています。
その時は一人で気の向くままに散策したのですが、
今回は石畳の宿を運営している「石畳の宿さくらの会」の代表の方に、
石畳の各スポットを案内していただきました。
やはり地元の方に案内してもらえると、より地域の魅力が見えてきますね。


自分たちが暮らす地域を地域外の人たちに案内する。
地域に誇りを持っていなければできないことだと思います。
「この地域にはなにもない」「行政は何もしてくれない」「世知辛い時代になった」
...と嘆いているだけの人にはとてもできることではありません。

持続的・進歩的・進化的な地域づくりをしていくためには、
たしかに経済活動も大切です。
しかし、それ以前に地域で暮らす人たちが、
地域を誇りに思う気持ち、地域を大切にする気持ちがなければならない。

地域の良さが地域外に伝わることで、地域外から人がやってくる。
地域の内外への人の出入りが活発になることで交流・交易がなされるようになり、
地域が健全に発展していく。

地域づくりとは、そういうものではないでしょうか。



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えひめ協同・まちづくりネットワーク主催の「えひめまちづくりシンポジウム」に
パネリストとして呼んでいただきました。

会場は内子。
シンポジウムの前に、前日午後から当日午前にかけて八日市・護国町並保存地区、
石畳地区、長田地区を参加者一同で散策。

各地区とも何度となく訪れている場所ですが、
今回はそれぞれ各地区を熟知しているガイドさんによる解説つきだけに、
より見えてくるものがあったような気がします。

同じ場所であっても、同じ時間は一瞬たりともない。
ただ物理的に遠くへ行くことだけが冒険なのではない。
同じ場所でどれだけ多くのものを見つけられるか。
それもまたワクワクする冒険なのではないだろうか。


まずは内子の街並みをあらためて歩いてみる。



ブログを書いている人

檜垣忠雄(ひがきただお)
aikiboy
広島県出身、呉工業高等専門学校電気工学科卒、ソニー株式会社でエンジニアとして14年間勤務、 その後多摩美術大学造形表現学部(上野毛キャンパス)デザイン学科に入学。 空間デザインを中心に学び、自然の一員としての人間の感覚や「ものをつくる」という人間の豊かさに気づく。 卒業後、愛媛県西予市地域おこし協力隊に着任。城川町遊子川地区の地域活性化活動に携わっています。 将来はデザインを活用した木工作家を目指します!

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