2012年5月アーカイブ

2012年5月31日

坂石

遊子川周辺

sakaishi_rivermirror.jpg


遊子川・辰ノ口で国道197号線を右折、最初のトンネルの手前。

野村町坂石。

野村町栗の木と並んで大好きなスポットの一つ。

野村の中心地へは、このトンネルが最短ルートなので、しょっちゅう通るのですが、
このトンネルの周囲が水と緑に囲まれた絶景スポットなのです。
つまり、最短ルートを通っている限り、この絶景スポットは拝めない。
遊子川から10分とかからない絶景スポットを日々見逃しているのである。

最短ルートを選択することが常に正しいとは限らない。
いや、正しくとも常に幸せであるとは限らない。

ちょっと遠回りするだけで、ちょっとした幸運にめぐり逢える。
そして意外と近くにあったりする。

だから遠くへ急いでいくことばかり考えず、
たまにはのんびり周囲をちょっと違う角度から眺めてみる。
それだけで、「ちょっとした幸運」に出逢える。


それがセレンディピティ。



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先日入団した消防団の辞令が届きました。


先日はじめて消防訓練に参加したわけですが、
団体行動が苦手な自分としては、思ったほど違和感なく参加することができました。
...思った以上に、「回れ右」「右向け右」などの基本動作もできなかったけど。

誰だって新しい環境に慣れるのには時間がかかる。
新しい変化を最初から悪意をもって迎えたいと思っている人なんていない。
ただ、吉と出るか、凶と出るか不安なだけ。


オプティミズムと性善説を信じるようになって、
僕はかなり新しいことにチャレンジできるようになった気がする。

賛否両論あるかもしれないけど、僕は僕の信念で生きる。
自分らしく生きる。

それが楽しく生きる、ってことなのではないでしょうか。



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地元の建設会社の敏腕ディレクターであり、日本一の警察犬を育てるブリーダーでもあり、
川魚を守る漁協の人間でもあるおっちゃんから、鮎の放流をする、との連絡を受けて、
取材に行ってきました。

リソースが少ない分、田舎では一人で何役もこなす人が多い。
思い込んだら一直線の自分としては、学びの日々です。

先日は小学校そばの川から小学生たちと一緒にアマゴを放流しましたが、
今回は遊子川の玄関口である辰ノ口で、大人たちだけでアユを放流。


どちらかといえば、魚よりも肉が好き。
川魚は海の魚よりも苦手意識を持っていました。

でも、ホンモノの川魚は美味い。
最近はそんなふうに思えるようにもなりました。


思い込みが人間の成長を止めてしまう。
自分の中の変わらぬ「核」を大事にしながらも、
外部からのあらゆる変化に敏感でありたいものですね。



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遊子川地区で地域主導の防災訓練が実施されました。
もりあげ隊と、自主防災組織、消防団との協働開催。

はじめての開催、ということもあって、事前の段取りがなかなか大変だったみたいですが、
当日は天候も良く、また3.11大地震の影響もあってか、防災に対する住民の意識も意外と高く、
フタを開けてみると、100人以上もの参加者が集まり、盛況でした。

田舎にはとかく組織が多い。
地域としての自主自立が基本の村社会ではいたしかたのないことかもしれませんが、
本来自主自立のための組織が、過疎の進行とともに逆効果に働いてしまっているのが現状です。
一人の人間が複数の組織を兼任することも日常茶飯事ですが、
その割には組織間の連携が少ない気がしていました。

そんな中、このようなもりあげ隊と自主防災組織、消防団との協働イベントは、
防災意識を高めることはもちろん、地域活性化の士気を揚げる上でも非常に有効だと感じました。

今後もこのようなイベントを継続的に開催できたらいいなあ。 



2012年5月21日

砥部陶街道

遊子川周辺

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遊子川から松山へいく時のルート。

いつもは、内子まで出た後、R56を北上して伊予市、松前町を通過して松山へ入ります。
ビンボーニンなので、高速はほとんど...というよりまったく使いません。

が最近、砥部町経由で向かうルートがある、というのを聞いて、
先日の愛媛大学での講座終了後、いつもとは違うルートで帰ってみました。

スマホのGPS感度が悪く、ナビがまともに機能しないので、
あちこち迷いながら砥部動物園、砥部町役場を過ぎて、なんとか内子へ向かうR379に入る。
遊子川にも勝るとも劣らない深い緑の街道。

砥部陶街道。
夜走るのはちょっと怖いけど、晴れた日のドライブには最適のコースだな。



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愛媛大学農学部地域マネジメントスキル修得講座第二回二日目。

本講座では規定のカリキュラム受講の他に、
受講生独自でテーマを設定して取り組む「プロジェクト研究」課題があります。

本日はそのプロジェクト研究で取り組みたい内容のプレゼン。
午前中に一人5分程度で発表を終え、午後はグループでの意見交換をする予定でしたが、
発表に思いのほか時間がかかってしまい、この日は発表のみで終わってしまいました。

自分も含めて、総じて日本人はプレゼン下手な種族のように感じます。
たくさん話せる人が必ずしもプレゼン上手なわけではないし、
難しい言葉を連発するのが良いプレゼンでもない。
5分という限られた時間内に伝えるべき内容がきちんと皆に伝わるのが良いプレゼンなのです。

美大時代、プレゼンをさんざんやってきて、それでも大して上手くなってはいないけれど、
プレゼンで心がけるべきことは、それなりに分かってきたつもり。
...自分自身がそれを実践できているかはともかく。
自分なりに思うプレゼンの極意をこちらでまとめているので、良かったらご覧ください。

それにしても、
今回のみんなの発表を見て、あらためていろんな人が集まってるなあ、と思いました。

面白い!

だけどやっぱり30人もの発表を1日がかりで聞いているのはけっこうキツイ。
それを辛抱強く聞いて一人一人にコメントを出す先生方はやはりスゴイ。


あらためてコンパクトに伝えたいことをきちんとまとめることの大切さを痛感。
パソコンの得手不得手はあるにしても、言葉だけの説明ではなく、
写真や図解による付帯資料をできるだけ使って「自分が一番伝えたいこと」を
伝えるようにしたいもの。



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[農学部正門広場の真っ白な草。新種?]


愛媛大学農学部地域マネジメントスキル修得講座第二回一日目。

午後は小田先生の「都市農村交流論」。

午前中とは打って変わっての雰囲気。
「論」というよりは、実践報告でしょうか。
まあ、それも結果があるだけに説得力あるものなのですが。


農村の活性化において、都市との交流は重要な要素だと思います。
都市の良いところを取り入れると共に、農村の良いところをアピールする。
そこに難しい論理は介在せず、情報収集能力にプレゼン能力とあとは資金調達能力があれば良い。
...と言葉では簡単に言っても、実際やるとなるとやはり大変なわけですが。

地域はその地域だけで成り立つものではなく、
周囲との良好な関係によって成り立つものではないでしょうか。


しかし20世紀はグローバル化という名の下に、
あまりに外交重視になりすぎてしまった感があります。

ただでさえ低い食料自給率はさらに低くなり、
国土の7割が森林だというのに、木材自給率は三割程度という矛盾。

「自分のことばかり考えて」と子供の頃は親によく叱られました。
しかし、自分のことが考えられない人間に他人のことをちゃんと考えられるでしょうか。
また、自分と他人との関係である社会について考えることができるでしょうか。

世界を徒に広くする必要はない。
自分とその周囲との関係を良好に保っていけば、
その連鎖で世界全体が良くなっていくのではないでしょうか。



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愛媛大学農学部地域マネジメントスキル修得講座2回目。

1日目は座学2講座。

午前中は泉英二先生の「21世紀をどうつくるか」。

大仰なタイトル通り、中身もなんとも壮大なスケールでの話。
経済論が苦手な自分としてはなかなかきつかった〜。
前半の戦後からのバブル期までの政治経済史を聞いてるのはしんどかったけど、
後半の人口論はなかなか興味深いものがありました。

人類史において、大きな革命が二つある。
農業革命と産業革命。
最初の革命は、エネルギー源が狩猟期の動物資源に頼るものから、農耕期の植物資源へ、
二つ目の革命では、エネルギー源が植物資源から鉱物資源へと大きく変化した。
エネルギーの取得効率が大きく向上するにつれ、人間の繁殖力は爆発的に増加する。

日本の戦国時代あたりからの人口変化を見てみると、停滞期と急増期を繰り返している。
戦国時代までの日本の人口はおよそ1200万人。
それが戦国時代から江戸時代のはじまりまでに3000万人までに増加する。
この人口急増の原因はなにか。
一つは戦国時代に自分の領地を守るために要塞や擁壁を築くことによる土木技術の向上、
この技術が大規模な耕作地開発が可能となり、生活範囲を拡充できるようになった。
しかしそうは言っても機械も電気もない時代、開発能力の限界と共に、
江戸時代に入って鎖国となったことで、人口増加は停滞期に入る。
そして産業革命を迎え、明治維新を迎えることで再び急激な人口増加がはじまり、現在に至る。

増えすぎた人口は様々な問題を抱え、人間社会だけでなく、
自然への影響も含めた地球規模なものへと広がっている。


過去に囚われるのは意味が無いが、より良い未来を築くためには過去をよく知る必要がある。

...ってことなのかな。



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どの地域にも必ずあるものの一つに、駐在所(もしくは交番・派出所)があります。
当然、遊子川地区にも駐在所があるわけなのですが、
この駐在所がなくなるかもしれない旨の説明会が愛媛県警から行われました。
この説明会は地域の全住民が対象、というものではなく、
各自治会区長と各種関連団体役員を対象としたおよそ20名程度に対して行われました。
僕は区長代理で出席しました。


駐在所は地域の治安を守るためのものです。
それがなくなる、ということは地域住民にとってはかなりの不安材料になるわけで。
駐在所がなくなることを手放しで喜ぶ人は地域内の誰ひとりとしていないのは明らか。

都会に比べれば、確かに田舎は平和です。
しかし都会には都会の危険があるように、田舎には田舎の危険がある。
自然に近い、という点において、田舎は自然の脅威にさらされている。
自分たちの地域を守るために警察や消防とは別に自主防災組織が組織されるほど。
それだけ田舎は「守る」という行為が重要なわけで。
田舎は保守的、というのもある意味至極当然の摂理といえます。

単純にこうした治安要員は人口に比例して設置すればいい話ではないと思います。
人口が多ければそのぶん犯罪も増えるかもしれないけれど、
人口が少なければ少ないで治安上の不安点はあるわけで。
都会においては、犯罪やトラブルに接しない限りは警察にご縁があることはめったにない。
しかし、田舎においては警察は日常的な存在になっています。
僕も、二日に一度くらいはお巡りさんと他愛のない会話を交わします。

また、都会の影響が田舎に及ぶにつれ、犯罪の魔の手は確実に田舎にも忍び寄っている。
情報弱者であるお年寄りには悪徳商法の影が忍び寄っているのを僕も間近に感じるし、
厳しい自然地形の中、通学しなければならない子どもたちに同伴してくれる警官は
安心感を与えてくれます。


まあ、その辺の事情は警察も分かっているとは思う(思いたい)し、
それでもなお、組織を再編しなければならない苦しい事情があるのでしょう。

少子高齢化の波は確実に押し寄せている。
中央集権国家では、その波はまず、末端の田舎に押し寄せる。

都会が混沌化している今、田舎の価値を再考しない限り、日本に未来はないのではないでしょうか。



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今年度より仰せつかった大役として、
地元自治会の会計の他に、消防団への入団があります。
本日、その消防団の入団式に出席してきました。
これで自分も本当に消防団の一員になるんだな、という実感がフツフツと。


消防団へは着任当初よりお誘いがありましたが、
入団を決意するまでにはかなり迷いました。

僕の仕事はいわば地域の未来を作る仕事だと思っています。
もちろん、地域の現在(いま)を守れなければ未来もないわけで。

過疎化の進む限界集落においては消防団の果たす役割は大きい。
火事が起こった際、消火活動に当たるのは本来消防士なわけですが、
すべての地域に消防署を配置するのも限界があるわけで、
とくに田舎においては消防車が到着するまでに時間がかかり、
それまでに少しでも消火活動できる人材が地元に居れば、
被害を最小限に食い止めることができるわけです。
その人材が消防団員、というわけです。

とくに遊子川においては昼間は地域外に働きに出ている人が多く、
普段地域内にいる人間が消防団員となることは大いに強みになるわけで。


それは分かる。分かるのだけども。
それでもこれまでの人生でまったく経験のないことを引き受けるのには勇気がいるわけで。



amagorelease_amago.jpg


漁協の協力で小学生たちがアマゴ放流体験をする、ということで見に行ってきました。

アマゴは川魚の一種で、放流時は体長10センチ弱、成長すると30センチほどになるのだとか。
川を下って海に出ていくものをサツキマス、と呼ぶそうですが、
遊子川を流れる野井川は、途中ダムで止まってしまうため、アマゴのまんまだそうです。


魚の放流なんて、田舎の生徒数の少ない学校ならではの体験ですよね。

都会で育つのと、田舎で育つのと、どちらが子どもたちにとっていいのか、
あらためて考えさせられます。
人が多い場所のほうが多くの体験ができるわけじゃないですよね。

人生で一番多感な時期を自然に近い場所で過ごすことの大切さを、
ここにいると痛感します。



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こどもの日。

遊子川でイベント「雨包山で新緑を食べよう」が開催されました。
遊子川が誇る霊峰、雨包山で旬の山菜を摘んで、その場で調理して食ちゃおう、というイベント。
4月のとある飲み会で公民館スタッフさんたちのほぼ思いつきではじまったこのイベント。
あれよあれよと具体化して、本当にやっちゃいました。

とはいっても、しっかり事前のプランニングは念入りに準備してきました。
一週間前には現地で下見を行い、必要なものの買出しを行い、
安全面とより山に興味を持ってもらうために動植物に詳しい先生にもきてもらいました。

とはいっても、僕自身は愛媛大での研修だったり、体調不良だったりで、
ほとんど準備を手伝うことができず、当日の記録係をするので精一杯でしたが。

イベント告知直後はあまり応募者が集まらず、人が集まるか心配でしたが、
蓋を開けてみると、ほぼ定員の40名が集まり、とても盛況なイベントとなりました。
前回の川津南との交流会に引き続き、ケーブルテレビも取材にきてくれました。


遊子川の財産は山そのものだとつくづく感じます。
山の幸を楽しみ、山の魅力に触れることは、
地域の財産を再認識し、その財産を守る意識を高める。
ひいてはその財産をもっと豊かにしたい、という願望に繋がる。

これを地域おこしと呼ばずして、何を地域おこしと呼ぶのだろう。



ブログを書いている人

檜垣忠雄(ひがきただお)
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広島県出身、呉工業高等専門学校電気工学科卒、ソニー株式会社でエンジニアとして14年間勤務、 その後多摩美術大学造形表現学部(上野毛キャンパス)デザイン学科に入学。 空間デザインを中心に学び、自然の一員としての人間の感覚や「ものをつくる」という人間の豊かさに気づく。 卒業後、愛媛県西予市地域おこし協力隊に着任。城川町遊子川地区の地域活性化活動に携わっています。 将来はデザインを活用した木工作家を目指します!

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