2011年11月アーカイブ

yusumokulogo.jpg


※すべてはアンオフィシャルで、まだ個人的な着想段階です。


県費の補助申請が通過したことで、にわかに木工普及計画が目の前に迫ってきました。

まだまだ先の話と思っていた「絵に描いた餅」がいきなり絵から飛び出しそうになり、
びっくりドキドキしている、といったところでしょうか。

どこに工房を整備し、どんな材料・道具・設備を使って、どのようなものを作るのか。
これらの具体的なイメージを関係者各位に説明する必要が出てきました。


全てはまだはじまったばかりで、予定は未定、一寸先は闇。
順調にことが進んでいることを喜ぶ反面、
本当に上手くいくのだろうか、という不安もある。


それでも前に進むしかない。

確実に言えることは、僕の想いを理解してくれている人が少なからずいる、ということ。
その人達のおかげで、想いを形にしてゆける。


本日は工房予定地を視察。

すべてはここからはじまる。



2011年11月29日

乙亥相撲

遊子川周辺

otoizumo_dohyo.jpg


隣町、野村町は相撲が盛んです。

町内の小中学校にはたいてい土俵があるのだとか。
そして街の中心には「乙亥(おとい)の里」という立派な相撲競技場まであるのです。

そして年に1回、盛大に相撲大会が開催されます。

それが乙亥相撲。


じつは武道家です。

...といってもここ5年は運動自体ごぶさたですが。

中学生から剣道を始め、なぎなた、空手、合気道。
合わせ段位は七段(剣道弐段、なぎなた初段、合気道四段、空手は級止まり)!

しかし相撲にはとんと縁がなかったな。
やるのはもちろん、見ることもほとんどしなくて。

野球の投球までの「間」がもどかしく、同様に相撲の待ったなしまでの「間」までがもどかしい。
若い頃は相当せっかちだったかも。

でも今、こうして眼前で眺めていると、やっぱり面白い。


相手の動きを読み、瞬時に自分の体をどう動かすかを判断し、動く。

「体捌き(たいさばき)」は人生に似て面白い。



negitree.jpg
[クリスマス・ネギ]


コタツを買って、冬支度を整えたところで。

我が家ではじめての鍋、はじめての忘年会。

まあ、このためにコタツを買ったようなもんですね。


応援隊4人+ゲスト1名での忘年会。

完全プラベートの宴会なのですが、僕等応援隊にしてみれば、
生活そのものが仕事のひとつでもある。
地元のネギ娘を招いたこともあって、必然的に仕事への熱い想いを語り合う場となった。


地域おこしは楽しくあるべきだ。

「やらなければ地域は衰退し、いずれは消滅する」

...という悲観論からはじまる地域おこしは長く続かないと思う。

もちろん心のどこかにそういう危機感を秘めておくことは必要かもしれないけど、
前面に出してはいけない。



myroom_summer.jpg
[冬支度前、夏仕様]


遊子川は寒い。

東北や北海道ほどではないにしても、
広島はもとより、東京より寒い気がする。
東京よりかなり南に位置しているというのに。
やはり山間部なんだな。

これから本格的な冬がはじまったら更に寒くなるわけで。

暑がりなので、これまでクーラーなしでは夏は過ごせなかった。
遊子川は涼しくて、人生ではじめてクーラーなしの夏を過ごしました。

逆に冬は暖房なしでも大丈夫。
夏はクーラーかけたまま寝ることもよくあったのに対し、
冬は暖房は必ず消す。布団で十分。
逆にあの「温風」というものが苦手なのかもしれない。
長時間温風にあたっていると、頭痛がしたり、気分が悪くなったりする。
コタツというものにも縁がなかった。
実家でも使うことはなかったし、上京してからも使わなかった。


しかし、この寒さではそうも言ってられない。
スキーでさんざん寒いのは経験してきたけれど、生活圏での寒さはまた別。
この寒さは経験したことない寒さだ。


...というわけで冬支度。



mitakihutami_koyo1.jpg


会心の一枚。


窪野の三滝渓谷にて。
二見滝というスポットが唯一の紅葉スポットなのですが、
まさに見ごろでした。

ここは紅葉の期間が短く、まさに今が見ごろ。
この週末には終わってしまうかも。


恒久的な美と、瞬間的な美がある。
その見極めを間違えてしまうと、それらの美と出会えることはない。
森は悠久の時を経て育つからこそ美しいのであり、花は散るからこそ美しいのである。



2011年11月21日

祖父一周忌

その他

myhome1.jpg


法事で実家に帰省しました。

祖父の一周忌。
前の帰省は遊子川に来る直前だったから、半年ぶりの実家。

子どもの時分は大きな家だな、と思ってた。
古いけど風格があって、いろんな人が出入りして。
そんな家に住めることにどこか誇りがあった。
その家の家族であることにどこか誇りがあった。

町ももっと元気だったような気がする。
広島市内へも近く、それでいて、ほどよく自然も近くにあった。


...今、家はボロボロ。
玄関の戸はガタガタ、廊下は軋み、外壁や浴槽にはヒビ。
それでいて僕と同じくモノが捨てられない性分の祖母だけに家中ガラクタだらけ。
かつての威厳が垣間見えるのは仏壇くらい。
今はこの家がとても小さく見える。

家だけでなく、その周囲もそんな感じ。

街の中心には家が建って、ビルが建って、お店ができて、道路も広くなっているけれど、
一方で自然に近い際の部分では、草が茂って、イノシシが作物を荒らすようになって、
家が一軒一軒消えてゆく。

遊子川に比べれば自分の故郷は都会だなって、思ってたけど。

...一緒じゃん。
この町にも地域活性化組織が必要なんじゃないか。


田舎を都会化することが町おこしなんじゃない。
多いことがいつもいいことなんじゃない。
一箇所に集中させることがいつもいいことなんじゃない。

田舎が田舎らしく。
そうあることが誇らしく、そうあることが自然であるようにすること。
...それが田舎における町おこしなんじゃないかな。



shiraiwajoobservatory1.jpg


※今のところは机上の空想です。


田舎でデザインはできない。

...これは大きな偏見だと思う。

東京を離れて田舎暮らしをはじめることを決めたとき、
しばらくデザインはできないな、という気持ちがどこかにあった。
もちろん自分がやりたいことはデザインなのだけど、
すぐにはできないだろう、というあきらめがどこかにあった。

でも意外とデザインをする機会はすぐにやってきた。
田舎にも、いや、田舎ならではのデザインというものがあるんだな、と。


もちろん大学でデザインを学んだばかりで実績のないペーペーが、
すぐにそれで稼いでいけるほどデザインは甘くない。
そして市場全体がまだ未成熟なデザインの世界で、
さらに未成熟な市場である田舎でデザインをやっていくことはことさら容易ではない。

しかし。

都会の一線で活躍しているデザイナーからすれば、
今の僕がしていることはママゴト程度なのかもしれないけれど、
それでも僕は田舎でのデザインに可能性を感じる。

それを証明することは、地域おこしとしての成果を残すことにも繋がるのではないだろうか。


もう一度言おう。

田舎でだってデザインはできる。

しかし今のところ僕がしているのは、グラフィックデザインのみ。
僕が一番やりたいデザインは三次元であり、空間である。

それらのデザインもできるはず。

できるならやれ。

...というわけでまずはスケッチからスタート。



akanma_presen00.jpg


「地域おこし要員」というと、地域おこしのプロのように思われるかもしれません。
しかし「地域おこし協力隊」は、けっしてそのプロフェッショナルではない。

「地域おこし」はデザイン以上に未成熟な分野のように僕には見える。
その段階で、ことさら技術や手法に寄るのは危険だ。
地域おこしに必要なものがことさら「元気」だと感じるのはそのせいかもしれない。

僕にとって、地域おこしは本道ではない。
この言い方は適切ではないかもしれない。

「外部からの客観的な視点」が地域おこし協力隊の武器とするならば、
その任期は長くてはならない。
地域に染まってしまうとその視点は失われてしまうから。
地域おこし協力隊に3年という任期が設定されているのはそのせいだと思う。

では地域おこしのプロは短期決戦を常とし、
地域を転々とするのが宿命なのだろうか。
地域に愛着を感じはじめた頃には、別離が待っている。

別離は辛い。
その辛さから自分を守るために次第に地域への愛をセーブするようになる。
そんな状態で継続的に地域おこしを成功させるのははたして可能なのだろうか。

...だから僕は地域おこしは本道とは思えない。
本道に入るための「きっかけ」として捉えている。
しかし、それは本当に大事なきっかけである。


8月の公民館職員研修会が縁で、宇和の明間(あかんま)公民館から、
板ケ谷地区の限界集落対策の研修会での講話を依頼されて行ってきました。
「西予市の限界集落に接して」というお題で。


明間は老人会が名水百選・観音水を活用して、そうめん流しで地域を活性化させている、
いわば地域おこしの先進地。
逆にこちらが勉強させてもらいたいくらいですが、
やはりこうして僕達の話を聞きたい、と言ってもらえるのは嬉しい。

それは地域が「外からの視点」の必要性を理解してくれていることに他ならないから。



amatsutsumired1.jpg


雨包山の紅葉チェック2回目。

今回は頂上までは行かず、紅葉スポットである樽滝でチェック。

前回は黄色はいい感じだったけど赤がイマイチだったけど、
今回はいい感じで赤くなってました。
最近急に冷えこんだし、急激に赤くなったのかなあ。

しかし、まだまだ赤くなりそうな気もしなくもない。

もっとも赤くなる時期が読めない。

下手するとピークを見逃してしまう。

最低もう1回はチェックしにこよ。



wildboar.jpg


当然だけど、田舎は自然が近い。

自然が近い、ということは自然の美しさに近い、ということだけではなく、
自然の厳しさに近い、ということでもある。


自然と共に生きることは僕らにとって本質的であると同時に、
自然との戦いを余儀なくされる、ということである。

ただ、田舎でのんびり暮らしたい...という軽い気持ちでは、
当然のことながら田舎で生きていくことなどできない。

ある程度の「覚悟」が必要になる。
その覚悟が今の自分にあるか、といえば、
正直なところ、いまはまだ五分五分。

ただ、真剣にその覚悟を持ちたい、とは願っています。
それだけの魅力がここにはあると思うから。


城川ではイノシシによる農作物の被害が深刻です。
電気柵や狩猟・ワナなどの対策が講じられてはいるものの、
根本的な解決策がないのが現状。

そこで猪肉を食用加工することによって消費を促すことで、
イノシシ被害を軽減させる対策を行政でもとっているわけですが、
いかんせんリソース不足が響いて今一歩効果が伸び悩んでいます。


そこで今の僕にできることは、イメージによる啓蒙活動ではないか、と。

※あくまで現状じゃ個人レベルでノリで提唱するものです。
 実際にこのようなプロジェクトが存在するわけではありません。



okuiyofes_yuzumountain.jpg


僕の経験では、文化祭は学校だけがやるもんだ、という認識があった。

だけどこの辺では地域で文化祭をやる。
高松でもやってたから四国全部で、もしかしたら全国でもやってるとこはやっているのかも。
単に僕の意識があまりにも地域に向いてなかったのかもしれない。
...遊子川に来るまでは。


大局を見過ぎると細部にまで目が届かなくなる。
世界が広いことをあまりに意識しすぎると、
飛ぶことにばかり気をとられ、地に足をつけて立つことを忘れがちになる。

グローバリゼーションは大事だ。
しかし、ローカリゼーションはもっと大事だ。
...というより自分が立つ大地を知ってこそ、天を仰ぐことができる。


遊子川のある城川町の文化祭、「奥伊予ふるさと祭り」に行ってきました。

土日での開催だったのだけど、金曜日は松山でのプレゼンでくたびれて、
土曜は一日ぐったりしてて、日曜日にようやく重い腰を上げる。


...なかなか興味深かった。

地域おこしというと、とかく経済復興にばかり目が行くけれど、
文化復興も重要なファクターだと僕は思う。
たぶん、僕は文化復興がしたいんだ。
生きていくために田舎で経済的に身を立てることを考えなければならないけど、
目指すべきゴールは文化復興なのだと思う。

その下地がこの地域にはある。


yuzu_tree.jpg


愛媛いえばみかん。

...というイメージが強いかもしれないけれど。

みかんは基本的に温かいところでできるもの。
そしてどちらかといえば海際でできるもの。

遊子川のような山間部ではほとんどみかんは獲れません。

その代わりに獲れるものが「ゆず」。

収穫の時期になって、遊子川内でも鮮やかな黄色が目立つようになってきました。


...と思ったらさっそく大量のゆずをいただきました!

「ゆず風呂にしたらいいよ」というアドバイスを受けて、さっそくやってみました。

急に冷えてきたことだし。

なんとも贅沢なひとときです。



kenpi_presen00.jpg


過疎地での地域おこしで一番ネックとなるのは「リソース不足」。

人的資源にしろ、経済資源にしろ。


人的資源の確保は一朝一夕でできるものではなく、長い時間が必要。
経済資源もけっしてその確保は簡単なものではないけれど、
方法によっては人的資源に比べれば即効的な確保が期待できる。

その方法の一つが「補助金」制度。
事業開始の段階での資金の確保が一番難しい。
補助金制度を上手に活用して、事業を軌道に乗せることができれば、
それはそれで立派な地域おこしと言えるのではないでしょうか。


自分が取り組もうとしている木工普及活動について、県の補助金を得るべく、
松山へプレゼンテーションをしに行ってきました。

じつはこのプレゼンは二回目。
一回目は別のテーマで、お手伝いという形だったのですが、残念ながら不採用。
幸いにも二次募集があって、今回木工普及活動で補助申請をする機会を得ました。


大学でもさんざんプレゼンはやったけれど、何度やっても緊張するものだね。

大学とはまったく異なる環境ではあるけれど、
やってることは変わらない。

「魅力」を伝えること。
...これに尽きる。


yusushofes_board.jpg


東京から愛媛に来てとくに思うこと、それは「教育熱心さ」。

といっても、在京時代の最後の4年間以外に教育機関と関わることは
ほとんどなかったし、最後の4年も大学という場所だったのに対し、
こちらに来て主に関わるのは小学校だから、正しい比較にはならないのだろうけど。

教育熱心、といっても都会っ子と同じように塾通いに熱心、というのではありません。
いわゆる義務教育、という教育の根底における部分においてそう感じます。

自分の義務教育時代を振り返ってみても、
学校で自分たちが暮らす地域について学ぶ機会はほとんどなかったような気がする。
一方、遊子川では小学生が自分たちが暮らす地域について学ぶ機会がとても多い気がします。

それが過疎地である遊子川特有のものなのか、
過疎地にまでその教育熱心さが行き届いている愛媛固有のものなのか、
教育関係者ではない自分にはよく分からない。
夏目漱石や正岡子規を輩出した土地柄なのだろうか。

理知的な「クレバー」というよりは文化レベルの高さを感じさせる。
そして、それが自分が取り組もうとしていることへの可能性を感じさせてくれるものでもある。


前置きが長くなりましたが。


遊子川小祭りに参加させてもらいました。

遊子川の小学生が、普段お世話になっている地域の皆さんに感謝を込めて御招待、
...的なイベント。


いいじゃないですか。
「お互いを思い合う」ってこと。



project_p0.jpg


こんなブログをやっていると、すごく計画的な人間なように思われがちですが。


...じつは計画を立てるのはとても苦手。

まあ僕のことがちょっと分かってくると、「そりゃそうだな」と納得してもらえるでしょう。

不景気なときに安定した会社員生活を捨て、金のかかる私大に入ったし、
自己資金が底をついているというのに、住み慣れた都会を離れて未知の田舎へと居を移した。

...これだけでも十分計画性の無さが見えると思います。


しかし、時には自分がやりたいことを人に伝えるために計画を立てねばならないときもある。


せいよ集落応援隊(地域おこし協力隊)としての3年間の活動計画書を作成しました。
僕個人の計画書になります。

本庁にいる応援隊の監督部署に見せるために作ったものですが、
どうせなら自分と関わるすべての人に説明するものにしたいと思い、
それを意識して作成しました。


表紙にあるようにまだ暫定版です。
というより、随時変更していくかもしれません。
最近のソフトウェアがベータリリースが長いように。

昔は完成したものにしか公開されなかった。
「クローズド・システム」で世界は回っていた。

しかしあまりにも世界は複雑化・高機能化してしまい、
だんだん無理が生じるようになってきた。

そこである程度形が整った時点でオープンにして是非を広く世界に問う、
いわゆる「オープン・システム」に世界は移行しつつある...気がする。



omodanipark1.jpg


以前、遊子川唯一の会社による地域貢献を紹介しましたが。

その後。

どうなってるのか見に行ってきました。


藤棚の骨格がすっかり出来上がっていて、夕日の照りに美しく輝いていました。

それはオブジェのようでもある。

一、二年後には蔓草ですっかり覆われてしまうそうですが。

建築ラブ、骨格フェチにはそのままでもいいなあ、と思えなくもない。

地形に沿って微妙にカーブを描いているところがまたイイ。


地域に魅力は必ずある。
あるから人が住んでいるのだ。

万が一にもないというのなら、創ればいいのだ。

人間にはそれができるのだから。



amatsutsumikoyo5.jpg


日毎に秋が深まってゆきます。

遊子川の麓も緑一色から赤や黄の色彩が混じるようになってきました。
麓でこんな感じだから、山の上の方はさぞかし紅葉が進んでいるだろう...

...と思って、久々に雨包山に上がってみたのですが。


まだ時期尚早でした。

黄色系はいい感じでしたが、赤系がまだまだ。

あと一、二週間後が見ごろなのかな。

とりあえずせっかく上がったので、山を一回り。



dogofieldwork_sidepath_flower.jpg


土曜日、松山へ研修に行ってきました。

こういう研修に行くたびに思います。

地域おこしに普遍的な手法はあるのだろうか、と。
シュミレーションに意味はあるのだろうか、と。

たぶん、地域おこしプレーヤーにはめずらしく、
しょっぱなからやりたいことが明確だからかもしれない。

僕は地域おこしのプロになりたいわけじゃない。
今後のキャリヤとして、地域おこしを継続的にやりたいとは思ってない。

今後の人生のベースを田舎に置きたい。
そのベースを愛したい。
だから自分が住む場所を良くしたい。
自分がやりたいことをやれる場所にしたい。

そのきっかけとして、期限付きの地域おこし要員である「地域おこし協力隊」という仕事を選んだ。


hurutan_koyo.jpg


ついこの間まで暑い暑い、と言っていたのが、
気づけば山の緑にところどころ紅や黄が混ざるようになって、
もう秋は終りに近づいているという。

遊子川の秋は短いみたいです。

早く雨包山の紅葉を見に行かなくちゃ。


さて、愛護班の「ふるさと探訪」という企画に同行させてもらいました。

子どもたちに自分たちが暮らすふるさとの姿を心に刻んでもらいたい、
という願いのもとに毎年実施されている企画なのだそうです。
感性豊かな時期に美しい故郷の姿を刻みこむ。
子どもの時分には刻まれたものの重要さはなかなか理解できないかもしれないけど、
大人になったとき、それが貴重な財産になることは間違いない。
とても素晴らしい企画だと思います。


今年は平岩地区にあるという白岩城跡他を探訪することに。
城跡といってもここしばらくは放置されていた場所で、
探訪の三日前に雑草で生い茂っていた城跡までの道を主事さんと一緒に草刈りして前準備。

公民館は大忙し。
もはや地域のなんでも屋と化してますな。

しかし、それでも未来を見失わずに地域を活性化させていこう、という意気込みもある。

だから僕も何とかしたい、って気になれる。



ブログを書いている人

檜垣忠雄(ひがきただお)
aikiboy
広島県出身、呉工業高等専門学校電気工学科卒、ソニー株式会社でエンジニアとして14年間勤務、 その後多摩美術大学造形表現学部(上野毛キャンパス)デザイン学科に入学。 空間デザインを中心に学び、自然の一員としての人間の感覚や「ものをつくる」という人間の豊かさに気づく。 卒業後、愛媛県西予市地域おこし協力隊に着任。城川町遊子川地区の地域活性化活動に携わっています。 将来はデザインを活用した木工作家を目指します!

コメントはお気軽に! 個別に問い合わせたい方は下の問い合わせバナーよりお気軽にどうぞ!

このブログについて


デザインのお仕事募集中。

リンク

Powered by Movable Type 5.2.2

最近のコメント

最近の写真

  • yusukawahoikusho_playtool1.jpg
  • yusukawahoikusho_playtool2.jpg
  • yusukawahoikusho_playtool3.jpg
  • yusukawahoikusho_playtool4.jpg
  • yusukawahoikusho_facade.jpg
  • yusukawahoikusho_entrance.jpg
  • yusumokulogo.jpg
  • otoizumo_fighting.jpg
  • otoizumo_hakuho4.jpg
  • otoizumo_hakuho3.jpg