2011年5月アーカイブ

ozu_tomisuyama_plate.jpg


公民館主事さんと一緒に大洲へ。

過去2回、一人で大洲へ行ってるのですが、どうも住民の皆さんから聞く話と違う。
どうやら買い物スポットの場所が間違えているらしい。

...今回主事さんに大洲を案内してもらってはじめて、その謎が解明されました。


大洲城、大洲駅を中心とする東部は確かに昔ながらの大洲の中心なのですが、
買い物エリアとしては、さびれてきていて、
今は、高速が通っている西部のほうにショッピングエリアが展開されているのです。

その東部と西部を分ける境目あたりに冨士山なるちょっとした山があります。
最初は「ん?こんなところに富士山?」と思ったのですが、
よく見ると最初の文字が違う。
「富」ではなく、「冨」。

そしてこれは「とみすやま」と呼ぶそうです。


大洲の町を一望できる、ということで帰り途に寄ってみました。


2011年5月27日

美生柑

遊子川の食

mishokan1.jpg


「美生柑(みしょうかん)」なるミカンをいただきました。

食べものに関しては、いろいろネタがあるのですが、
食に無頓着なせいもあって、なかなか触れずにいました。


独身生活が長いので、多少は自炊はするのですが、
こちらに来て、さらにその頻度が増えた。
レパートリーも増えた。

まず、様々な野菜の差し入れをいただきます。
引っ越してからこの1ヶ月だけでも、
タケノコ、タマネギ、サニーレタス、シイタケ、フキ...

そして自分でも買ったとしても安い。
農協やスーパーの野菜コーナーではそんなに安くないのですが、
野菜直売所のような場所はけっこう安い。
だからついつい買ってしまう。
急いで料理しないと傷んでしまうので、せっせと調理する。


...おいおい料理ネタも追加していきたいと思います。



yorimichi1.jpg


遊子川には小学校が一つあります。

生徒数は10名。
一学年で10名、なのではありません。
一年生から六年生まで、全部で10名なのです。
ちなみに遊子川内に中学校、高校はありません。

...いかに遊子川が過疎地域、限界集落であるかが伺えます。


公民館では月に2,3回、学校が早く終わる日の午後、
小学生たちを集めて「よりみちクラブ」なるプログラムを実施しています。
内容は紙芝居だったり、ゲームだったり、工作だったり。
いわゆる放課後教育、学外教育の一環みたいなものです。


今回、一応美大卒、ということで工作教室を任されることになりました。
子供は嫌いじゃないですが、普段接していないので、どう接してよいか迷います。
ちょっとドキドキ。

そんな先生の心配をよそに、子供たちは元気いっぱい。


...やっぱり元気が一番。
子供たちはそれを教えてくれます。


ryutakuji_plate.jpg


三滝山からの帰り道、
魚成にある龍澤寺(りゅうたくじ)緑地公園へ行ってきました。

お昼ご飯を食べようと思って行ったのですが、
いざ弁当を食べていると、虫が寄ってきてしょうがない。
都会の緑地公園で弁当を食べるようにはいかないもの。

田舎で生きるには、それなりのたくましさが必要です。
まあ、本来生きものが生きていく上ではその「たくましさ」が必須なのだけど。
都会は生存機能を他者に依存させすぎて、
人間が本来持つべき「たくましさ」を忘れてしまっている気がします。


龍澤寺は曹洞宗系列の禅寺で、けっこう立派なお寺です。
入り口には屋根付き橋、立派な山門の奥にさらに塀に囲まれた本道、禅堂、庫裡などがあります。

禅宗独特の美しさ。
荘厳美、とでもいいましょうか。


mitaki_fall1.jpg


窪野にある三滝山に行ってきました。

窪野は遊子川の南にある地区で、三滝山はおよそ標高640m。
三滝山には三滝渓谷という美しい渓谷があって、
三滝渓谷自然公園として、ちょっとした観光スポット、ハイキングスポットになっています。


遊子川に来る前は、東京23区内唯一の渓谷、等々力渓谷のそばに住んでいました。
三滝渓谷はこの等々力渓谷の幅はそのままに長さだけをスケールアップさせたような感じです。
等々力渓谷は都内にこれだけの規模の渓谷があること自体が素晴らしいですが、
水量が少なく、やはり都会の水系、ということで清涼感にやや欠けます。


三滝渓谷は一つ一つはそれほど大きくない規模の滝が群を成して集まって、
壮大な渓谷を構成している、という感じです。

これそザ・渓谷、という感じ。


どれだけ自然を精密に模倣しても、本物にはかなわない。

人は自然を越えられない。
人は自然の一員なのだから。


greeting.jpg


遊子川内の各世帯に定期的に配布されるビラ類の中に着任の挨拶を折り込んでくれる、
ということで着任挨拶のビラを作成しました。

通り一辺倒の挨拶だけでは堅苦しくなってしまうし、
少しでも自分の素性、目的を知っていただきたいということで、
簡単な経歴に加えて、美大での作品1つと、木工をやりたいことと、
このブログのURLを記しておきました。

さっそく夜の会合で、「ブログ見たよ」と言ってくれた住民の方がいて、
とても嬉しかったです。


住民の方々とは直接話すのが一番良いコミュニケーションだけど、
やはり言葉を知ってるようでもなかなか伝えたいことが伝わらない時も多々ある。
このブログはそれを補う意味でも有効ではないか、と思っています。



2011年5月23日

土居家

遊子川周辺

sougawa_doike_facade.jpg


惣川の土居家を訪れました。
かつての庄屋屋敷を保存・再生したもの。

正直、こんな山奥にこれだけのスケールの藁葺屋根の日本家屋が、
これほど良い状態で保存されていることに驚きました。

しかも見学だけならば、入場無料というのがすばらしい。
保存作業もけっこう大変だと思われます。
都内だと絶対入場料を取られる気がします。

レストランやお土産屋、施設利用などで収益をあげているのかな。


いやー、素晴らしい、の一言に尽きます。

もっともっと多くの人に見に来てもらいたい。


2011年5月20日

惣川散策

遊子川周辺

sougawa_tree.jpg


本日は山を隔てて隣町の惣川地区へ連れて行ってもらいました。

惣川は遊子川よりも人口はさらに少ないのですが、
遊子川よりは開けたところに展開しており、ゆったりした感じがします。

また、惣川は大野ヶ原と同様、繁華地域へのアクセスの悪さもあって、
地区内にいくつかの商店があったり、
土居家という立派な百姓家屋の観光資源があったり、
少年自然の家、といった宿泊施設もあったり、
...と遊子川よりもリソースは多いように感じました。


今回は土居家を中心に散策したのですが、こちらはまた別途レポートするとして、
本記事では土居家以外の風景をご紹介します。


yusukawa_mizugatoge.jpg


下陰地区の上のほうに水ヶ峠という峠があって、峠には水ヶ峠池というため池があります。

けっこう大きなため池で、その昔、土木技術もそれほど発達していない時代に作られたものだとか。
周囲には畑が展開しており、灌漑用水として利用されているみたいです。
住民のみなさんは先人たちの偉業に畏敬の念を示しながら、
今なおこの池を大切に扱っておられます。


ものを大切にする、とはこういうことを言うんだね。


yusukawa_rokujizou1.jpg


上影地区にある六体のお地蔵さん。

六体だから「六地蔵」なのですが、実際は七体あります。

赤い前掛けがされているのは確かに六体。
前掛けがついてない一体は後から増えたのでしょうか。


七体目が見える人はなにか良くない予兆だと地元では
ごく一部の間で話題になっていますが...

さて、みなさんは何体に見えますか?



onogahara_karst.jpg


大野ヶ原へ連れて行ってもらいました。

大野ヶ原はいわゆる四国カルストの西部で、四国カルストでもっとも標高の高い地域だそうです。
四国でもけっこうな豪雪地帯だとか。

遊子川の最高峰、雨包山よりもさらに高い、標高1,400mに位置します。
遊子川からは高知県との県境を走る林道を通って向かいます。


遊子川周辺の細く真っ直ぐ聳える森とはまた違って、なだらかで雄大な草原が広がる感じで、
どちらかといえば、北海道のような。

カルスト地形とは、石灰岩地質で水の浸食を受けやすく、
地表にドリーネと呼ばれるくぼみ地形や地下には鍾乳洞のような洞穴ができるものですが、
大野ヶ原はドリーネは比較的多いけれど、
鍾乳洞は山口の秋芳洞のような巨大なものはないらしい。

地表はごつごつした石灰岩が無数に点在する大草原。
そんな大草原の中に、ブナの原生林とか、
弘法大師の一振りで発生したという「一ヶ夜森」と呼ばれる森があったりします。


同じ森でもいろいろな表情があって面白い。

yusukawa_tent.jpg


夏にキャンプをやる、ということでそれに使うテントを公民館前の駐車場に干しました。

倉庫に眠っていたテントに風を通し、日に当てることで、使える状態にするわけです。

遊子川は昼と夜の寒暖の差が激しく、
朝夕はまだちょっと寒いくらいですが、昼は日が照るともうけっこうな暑さ。

汗だくになりながら、公民館の前でテント組み立て作業。
そして夕方にはまた解体、梱包作業。

しかし暑い。
この時期でこの暑さなのだから、本番はいかばかりか。
ちょっとしたサウナ風呂ですな。


しかし基本的にインドア人間の自分が今、こうしてテントを組み立てているなんて、なんか不思議。
やってみると意外とできるもので、しかも楽しい。
人生こんな風に思いこみでやらずに見逃している「おもしろさ」がたくさんあるのかもしれない。


人生いろいろ面白いことがある。
人生を面白くするには、おもしろさを見つけることにどれだけ貪欲になれるか。
これにつきると思うのです。
人生を面白くするのもつまらなくするのも自分次第。


...ということを感じた肉体労働な一日でした。



yusukawa_amaryllis3.jpg


公民館の上のほうに、なにやら赤い一群が見える、ということで見に行ったら...

アマリリスでした。
田んぼの周囲に植えられていました。

ちょっと色がきつめで、単体ではそんなにキレイな発色には見えないのですが、
数が集まって群れをなすと、これがまた壮観。


田んぼを単なる食の手段として割りきるのではなく、
周囲に花を添えて、美しい場所にする。
とても素敵な美的感覚だと思います。

遊子川にはこうした魅力がたくさんあります。
こうした魅力を記録していくことで、
外には魅力のアピールを、内には魅力の再認識になればいいなと思います。



yusukawa_handbook2.jpg


公民館の主事さんから、遊子川郷土誌なるものを貸していただきました。

およそ850ページほどの分厚い冊子。

発刊は昭和62年と若干昔のものだけど、
遊子川の自然、歴史、産業、行政など遊子川のあらゆるデータが掲載されています。
この地域を学ぶにはまたとない一冊。

なかなか読み通すには骨が折れそうだけど、
地域を実際に体感しながら、こうした資料も活用して、
よりいっそう遊子川への理解を深めていきたいと思います。


いやー、心強い味方だ。

2011年5月17日

雨包山

遊子川の景色

yusukawa_amatsutsumi_top.jpg


遊子川の一番低いところは、遊子川への入り口「辰ノ口」で海抜100m、
逆に一番高いところは、雨包山(あまつつみやま)山頂の1,111m。

高低差およそ千メートル。
遊子川がいかに急峻な傾斜地に展開する地域であるかが分かると思います。


今回、その雨包山へ公民館の主事さんに連れて行ってもらいました。

雨包山へは遊子川の一番奥の集落である「竜泉」から車で上がっていくことができます。
基本的には道路が整備されており、車で頂上近辺まで上がっていくことはできますが、
勾配が結構急で、路面はコンクリが打ってあるものの、結構がたがたなので、
パワーのある車でないとつらいかもしれません。

頂上までおよそ5kmのところに「樽の滝」というキレイな滝があります。
さらにそのちょっと上に「恵美須神社」という神社があります。
このあたりから遊歩道が整備されていて、自然を楽しみながら頂上へ登っていくことができます。

頂上のちょっと手前にちょっとした広場と展望台があって、
車はここに止めて階段を少し上って頂上へ向かいます。
頂上は森の中にあり、記念碑が立ててあります。
木々に囲まれているので、頂上からの展望は悪く、山上からの景色は展望台から眺めます。
空気が澄んでいれば、遠くに海を眺めることもできるそうですが、
今回は霞がかかっていて海は見えませんでした。

しかし、山々が幾重にも連なっているのはやはり良い感じです。


2011年5月16日

大洲散策

遊子川周辺

ozu_castle1.jpg


遊子川は静かで穏やかで、とても良いところなのですが、
生活用品が地域内では買うところがない、というのがやっかいなところ。

買い物スポットはいくつかあって、一番近いところでは、
遊子川から10kmほどの「野村」というところ。

ただ、野村にはお店の数が少ないので、遊子川住民のオススメは「大洲」。

遊子川からは車で1時間弱程度。
内子よりちょっと遠め、といったところ。


重要な生活拠点、ということでさっそく出かけてきました。


大洲初散策。

内子よりも町の規模は大きいですが、ちょっと寂れてきているな、という印象を持ちました。
かつてはもっと栄えていたけれど、といった感じ。
内子は逆に、昔は寂れていたけれど、盛り返してきた、といった感じ。


しかし大洲城や臥龍山荘といった文化施設はすばらしい。
さすが文化の町。

こういった文化施設を拠点に、大洲も盛り返してほしい。



yusukawa_crocket2.jpg


  限界集落:
  過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になり、
  冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落
  (Wikipediaより)


遊子川は限界集落です。

「限界集落」と言葉で聞くと、年寄りばかりで元気がない地域、というイメージを持ってしまうけど、
生活維持のために必要な人口が不足しているかもしれないけどれど、
そこで暮らす住民のみんなは子供から大人まで、みんな元気。

若い人たちがソフトボールやバレーボールを楽しむ一方で、
お年寄りはクロッケーなるスポーツを楽しまれているとのこと。

Wikipediaで調べると、クロッケーとは、


  「芝生のコートで行われるイギリス発祥の球技。日本におけるゲートボールの原型」


だとか。


ゲートボールではなく、「クロッケー」というところがなんかオシャレです。

そのクロッケーを初体験。

年寄りのスポーツと侮るなかれ。
...なかなか奥が深い。


yusukawa_warafuki_frog.jpg


田舎といえば、藁葺屋根...という時代でもなくて。

都会が変化するように、田舎だって変化する。
ここ遊子川でも、藁葺屋根の家はめっきり見られなくなっており、
ほとんどが瓦屋根やトタン屋根になってきていて、
現存する藁葺屋根は一軒のみだとか。

瓦屋根だって今の若い人たちからすれば、伝統的なスタイルに見えてしまう時代。
藁の葺き替え方を知っている人も少なくなってきて、
こうした味わいある藁葺の家を目にする機会が少なくなってしまうのは寂しいものです。


その一軒だけある藁葺屋根の家が藁を葺き替え中、ということで
その作業を見学させてもらいました。


結構な高さのところで、結構な量の藁を3,4人の人手でせっせと積んでゆきます。
手作りの足場は結構ぐらぐらして慣れないとちょっと怖い。
結構な労働力を要するこの作業を、結構お年を召された老人方が、
笑いながら楽しそうに作業している。

過疎化とか限界集落だとか聞くと、「ちょっと元気のない地域」って想像しちゃうけど、
実際この地域の人たちは子供から老人まで、みんなとても元気。

...都会人の方がよっぽど元気がないように見えてしまう。



2011年5月13日

小狭公園

遊子川の景色

yusukawa_kohazapark3.jpg


遊子川唯一の公園。

遊子川は野井川沿いの県道を幹に小さな集落が枝状に広がっています。
住民が集まって交流する場所としては、現状としては集会所や公民館、
あとはお寺や神社、小学校くらいしかありません。
このへんにもアゴラ(広場)を持たない日本の慣習が垣間見えるような気がします。


小さな集落だけに普段は誰もいない、この公園。
中央の水路を中心に桜並木と東屋、ベンチくらいしかないシンプルな構成ですが、
僕はこの公園の雰囲気がとても好きです。


夜のノミニケーションも重要な交流の場なんでしょうが、
やはり昼間にも住民同士が気軽に交流できる場所があってもいい気がします。
公園はその意味でも、昼間のコミュニケーションの場として最適な場所だと思えます。


yusukawa_kawauchijinja_tiger.jpg


遊子川には神社とお寺が2つずつあります。
下手の遊子谷に1つずつ、上手の野井川にも1つずつ。

地域と密着に結びついて、神事やイベントがお寺や神社fで執り行なわれているみたいです。


今回は2つの神社を見てきました。

2つともなんということのない、普通の神社なのですが、
よくよく見ると、屋根や柱の部分に凝った造りの動物の彫り物があったりして、
けっこう面白いものがあります。


こういうのを見てると、この地域の文化技能の高さを感じずにはいられない。



kouchi_katsuokuyou.jpg


遊子川の駐在さんが、高知は土佐久礼というところまでカツオを食べに連れて行ってくれました。

公民館の主事さん家族も一緒に行って、ご馳走していただきました。
右も左も分からない状況で、何かと声をかけてもらえるだけでなく、
いろいろといただきものをしたり、と早くも田舎の温かみを肌で感じている今日この頃。
そのお返しに何もできない自分がもどかしい。
自分に何ができるだろうか、と自問する日々。


遊子川から太平洋を臨む土佐久礼までは車でおよそ1時間半。
土佐へも意外と近いぜよ。

土佐久礼の大正町市場というところが新鮮な海鮮市場となっていて、
その中の食堂でランチしました。

正直カツオは買ってまで食べることはしないのだけど、
新鮮な魚はやはり格別にウマイ。

今回初めてウツボの刺身やから揚げにも挑戦しました。
あのグロテスクな外見からは想像もできないほどあっさりして美味でした。


いやあ、山間部に来て、新鮮な海の幸が堪能できるとは思いませんでした。

満足、満足。



uchiko_oldhousestreet.jpg


今年のGWは10連休、とニュースではさかんに言ってますが。
やはり震災の影響もあって、海外に出て行く人も例年に比べれば少なく、
本当に10連休する人もそんなにはいなかったのではないでしょうか。

僕もほぼ暦どおりの三連休で、そのうち1日だけ、内子へ遊びに行ってきました。

東京にいる間は、愛媛にはとんと縁がなかったのですが、
いざ愛媛に行く、という話になると、出身が愛媛だとか、四国をよく旅行するとか、
四国に縁がある人が身近に意外とたくさんいたりします。

今回も、会社員時代の同期の奥さんの実家が内子で造り酒屋をやっている、
ということで遊びに行ってきたわけですが、こういう状況を目の当たりにしてると、
縁の奇妙さ、というものを感じずにはいられません。

内子までは遊子川からは車でおよそ1時間。
高速を使うこともなく、下道でいけます。
意外と近い。


友達によれば、今は古式ゆかしい家が連なる伝統的な町並みに観光客がにぎわうこの町も、
一時は廃れていた時期もあって、町の若い人たちを中心に現在の姿まで復興させたのだとか。


町おこしの成功例として、またとない参考モデルではないですか。



地域活動を活性化していくには、まずその地域を知らなければならない。
地域を知るには、そこに住む人たちを知らなければならない。
地域が活性化する、ということは、その地域で暮らす人々が豊かで幸福な生活を営む、ということなのだから。


...というわけで本日は遊子川地区住民の方々への挨拶回り。

地理も分からず、住宅事情も分からない今の自分にはいくら地図があっても、
一人ではなかなか難しいものがあります。
さらに信用、という問題もあります。
いきなり新参者が一人訪ねて回っても、あやしい奴、と思う人も中にはいるでしょう。

...というわけで公民館の主事さんから紹介していただく、という形で
一軒一軒回らせていただきました。
地域住民でもある主事さんから紹介していただけると話も早い。
こちらはまだ、「これからお世話になります」としか言えないのもありますが。


遊子川は大きく分けて「遊子谷」と「野井川」の集落で構成されます。
この二つの集落はさらに11の地区に分かれます。
人口としては400人程度。世帯数が160程度。
都会に比べていくら規模が小さいとはいえ、160世帯を一軒一軒回るのはけっこうな労力です。
加えて遊子川は峡谷地形のため、坂道をてくてく登っていかなければなりません。

GW中の休暇というのに加えて、田植え前の忙しい時期ということもあって、
およそ半数の家は留守でしたが、およそ1日半かけて回り、けっこうくたびれました。


都会は「機能」でコミュニティを生成し、
田舎は「地域」でコミュニティを生成する。

そこに都会と田舎のコミュニケーションの差があるような気がします。


yusukawa_koinobori.jpg


遊子川は基本的に川を挟んだ峡谷の集落です。

その峡谷にもうすぐ端午の節句で鯉のぼりをかける、ということで
その設置のお手伝いに行ってきました。
昨年よりはじめた行事だそうです。

峡谷の両端で固定して張られた1本のワイヤー上に35匹の鯉を吊るす、
仕掛けとしては単純なものですが、
およそ100mはあろうかという距離に巨大な鯉を35匹も上げるということは、
それはもう大変な作業なわけです。

何事もスケールが大きくなると、それに費やされるエネルギーは莫大なものになるわけで、
この日も地区の男衆が10人ほど集まっての一大行事。


3時間ほどかけて上った35匹の鯉が風になびく様はそりゃもう壮観。
この日は天気も良くて、風も適度に吹いていて、まさに鯉のぼり日和。


ああ、絶景かな、絶景かな。


yusukawa_jirei.jpg


4/28(木)は辞令交付式。
市長からじきじきに辞令が交付される、ということで本庁のある卯之町へ。

卯之町までは慣れれば車でおよそ1時間ちょっと。
しかし、まだ地理に慣れてないのと、運転自体に慣れていないのと、ガソリンを入れなきゃならない、
ということでちょっと早めに出発。

地図を片手になんとか定刻ちょっと前に本庁に到着。
本庁は現在、新庁舎への引越し作業でてんやわんや。

まずは集落応援隊を統括する企画調整課へ顔を出し、課長さんと少しお話をして、
いよいよ市長室へ。


...緊張の一瞬。



2011年5月 2日

初日

地域おこし活動

yusukawa_tanbo.jpg


この記事を書いている時点で、すでに着任一週間が経過しているわけですが、
何事も最初が肝心、ということで思い起こしながら、初日を振り返って見たいと思います。


東京の住宅を4/21(木)に引き払い、
引越し屋さんが現地に到着するするのが、翌火曜日ということで、
週末はひとまず実家の広島に戻り、一休み。
4/25(月)に呉から松山へフェリーで渡り、その日は松山市内のビジネスホテルに宿泊。
現地の最寄り駅はJR伊讃線の卯之町駅なのですが、卯之町駅には安い宿がないのです。
まあ、松山には道後温泉があるので泊まるのにはもってこいなのですが。

翌26日火曜日。
松山から電車で卯之町へ移動。
特急で1時間ほど。
ただ、今後は市から自動車が貸与されるので、電車に乗ることはしばらくないと思われます。

卯之町の駅そばに西予市役所本庁があり、
まずはそこで転入をはじめとした諸々の諸手続。
その後、新居の照明を購入しにホームセンターへ。
現地に行ってしまうとお店がほとんどないため、卯之町近辺でお買い物。

その後、城川支所近辺の近くにある銀行にて給与用口座の開設、
その後、城川支所にて、関係者の方々へのご挨拶。

13時ごろ、新居到着。
引越しの荷物の搬入、新居入居手続。
18時半ごろまで荷物の開梱、片付け作業。
18時半から同地区に就任される小学校の先生方と一緒に歓迎会。


さっそく田舎の洗礼を受けました。
田舎の人は豪快に飲みます。
飲んで当たり前、酒が進むと、自分の杯の酒を空っぽにして相手に渡し、
渡された方も注がれた酒を飲み干す。
これを「さす」と呼ぶそうです。

下戸な自分にはさすがに「さす」のはまだまだ無理そうですが、
鍛えられそうです。


ううむ、先が思いやられる。
が、やっぱりコミュニケーションの基本がここにはある気がします。



yusukawa_noigawa.jpg


このブログは、地域おこし協力隊としての活動を個人的に記録するものです。
ブログを開始するにあたり、このブログの趣旨や目的、
ブログを開始するに至った経緯などをまずは述べます。

Tadaoh! Designやそのほかの僕のブログをすでにご覧の方々には、
美大卒業後のその後の活動記録として、引き続きご愛読いただければ幸いです。

デザインを専攻していた自分がなぜ、地域おこしの仕事をするに至ったか、
についてはこのブログの中でも追々語っていきたいと思いますが、
さしあたっては、下記を参照していただければと思います。


  Tadaoh! Design: これからの道


地域おこし要員としてこの地域に来る前は、東京でおよそ20年間過ごしました。
別に都会が嫌になって、田舎に逃げてきたわけではありません。
東京での最後の4年間、僕は社会人学生として、美大でデザインを学びました。
そこで空間や建築の魅力と出会い、
人々の暮らす「地域」というものについて考える機会に出会えました。

生まれてから最初の二十年間、都会でも田舎でもない、どこにでもあるような「町」で過ごしました。
そして二十歳で上京して、東京という大都会でおよそ20年間過ごしました。
じゃあ次の二十年間は...当然田舎でしょ、
...というような半ばノリできたようなところも正直あります。


都会には都会の良さがあります。
同時に都会にもいろいろな問題があります。
そこに都市開発者の存在意義があると思いますが、
一方でこれからのニッポンの未来を考えたとき、
もっと考えていかなければならないのは、末端の「田舎」だと僕は感じています。


ブログを書いている人

檜垣忠雄(ひがきただお)
aikiboy
広島県出身、呉工業高等専門学校電気工学科卒、ソニー株式会社でエンジニアとして14年間勤務、 その後多摩美術大学造形表現学部(上野毛キャンパス)デザイン学科に入学。 空間デザインを中心に学び、自然の一員としての人間の感覚や「ものをつくる」という人間の豊かさに気づく。 卒業後、愛媛県西予市地域おこし協力隊に着任。城川町遊子川地区の地域活性化活動に携わっています。 将来はデザインを活用した木工作家を目指します!

コメントはお気軽に! 個別に問い合わせたい方は下の問い合わせバナーよりお気軽にどうぞ!

このブログについて


デザインのお仕事募集中。

リンク

Powered by Movable Type 5.2.2

最近のコメント

最近の写真

  • yusukawa_tatsunokuchi_guideboard.jpg
  • yusukawa_springmomiji_s.jpg
  • yusukawa_springmomiji.jpg
  • kouchi_tairyoflag.jpg
  • ozu_tomisuyama_map.jpg
  • ozu_tomisuyama_cityview.jpg
  • ozu_tomisuyama_light.jpg
  • ozu_tomisuyama_observatory3.jpg
  • ozu_tomisuyama_observatory2.jpg
  • ozu_tomisuyama_observatory1.jpg