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2011年3月31日

これからの道

その他

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年度末。

明日から新しい年度。

自分なりの「けじめ」を報告できることに感謝。
みんなに感謝。


大学を卒業し、本来であれば、明日から新しい年度がはじまり、
入社式を迎え、新社会人としてのスタートを迎えるわけだけど。

人よりワンテンポ遅い僕は、
少し遅れて4月下旬から新しいスタートを迎える予定です。


新しい世界への挑戦はいつだって希望半分、不安半分に満ちている。
自分で考え、動いた結果に、社会が応えてくれて、万々歳のはずなのに。

心が現実に追いついてなかった。
なかなか準備に取り掛かれずにいた。
どこかで、「これで本当にいいのか」とささやく声がして。


しかし心を現実に置いている限り、心は現実に向かう。
たとえ、ゆっくりでも。

今回の決断は、決して妥協ではない。
これから自分が目指す目的地への布石である。
緩やかな歩みの第一歩である。



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世間の流れでは、大学生の就活は、早ければ3年生後半から始まる。
そして、4年生の1年間をかけて、卒業制作と天秤にかけながら、
就活をしていく...というのが一般的。

しかし僕は、どうしてもその波に乗る気がしなかった。

社会人学生、という学生として特殊な位置にあったのもあるけれど、
社会人学生として過ごすうちに見えてきたものは、この社会の「矛盾」。

どうして「学び」が本分であるはずの学生が、
最後の1年間を、学業そっちのけで仕事探しに費やさなければならないのか。
親に学費を払ってもらっている若い学生の時分には自覚できなかったけれど、
自分の身銭を切って、学ぶ身になってみると、
「学業をそっちのけ」にする、という選択は僕には考えられなかった。

厳しい世間で生き抜いていくための「要領」を学ぶためだ。
世間では同時にいくつも重要なことをこなさねばならない場面が往々にしてある。
そのようような状況に少しでも慣れておくのだ。

...確かに。
それも一理ある。


でも。
今の社会は、あまりにも効率を求めすぎる。
そして、それゆえに大切なものを見失いがちである。

だから僕は「効率化」に反発する。
ただ社会の効率化を全否定するのではなく、
僕は「効率化最優先」という道を選択しないだけである。


だから最後の課題である2月下旬の卒業制作の展示が終わるまでは、
学業に専念することにして、就活は後回しにした。
どうせ人より遅れた人生だ。
いまさら何をあせることがあろうか。
...おかげさまで、卒業制作は悔いを残すことなく終えることができた。


展示が終わった2月下旬、こうして僕の本格的な就活ははじまった。

大学の就職資料室に足を運び、募集一覧のファイルにじっくりと目を通す。

かねてより、都心部でのスピード重視、効率化重視の風潮に疑問を感じていたので、
できれば地方で仕事をしたいと思っていた。
同時に会社という、大きな組織体による「分業化」にも疑問を感じていたので、
「企業」就職にも漠然と違和感を持っていた。

そんなところへ目に入ってきた、とある募集案件。


  「地域おこし協力隊」


過疎化の進む地方の活性化を主な活動目的とするもので、
総務省支援の元、各地方自治体が募集、採用を行います。
地域おこし協力隊のHPから、各地方自治体の募集案件を閲覧することができ、
応募することができます。

正直、デザイン専業というわけではない。
もちろんデザインスキルを生かす場面もあるだろうけど、
デザインだけやってれば良い、というデザイナー職能ではない。

しかし、「デザイン」というものに疑問を感じる僕にとっては、
このデザイン専業でない部分が逆に好条件だと感じた。

デザインを学べば学ぶほど、デザインを好きになる一方で、疑問も感じるようになった。
デザインに全面的に惚れ込むことができれば、
迷いなく、デザイナーという職能を目指したのだろうけど、
この4年間ではその境地に至ることはできなかった。

同時に、自分が生きる場所のスケールをもう少し小さくしたかった。
都会はあまりにもそのスケールが大きく、
「自分ができること」への感覚がどうしても相対的に小さくなってしまう。
僕はもう少し「自分ができること」への感覚、
すなわち自立性が求められる場所での生活を望んだ。
「誰かがやってくれる」場所からの脱却が必要だった。


僕が今後、最終的に目指すのものは、一言でいうなら「木工作家」。
木でモノを作る人でありたい。
そして日本古来からの素材である「木」に携わっていきたい。
小さな家具から大きな建築まで、あらゆるものを造っていきたい。

しかし、現時点で僕はあまりに「造る」技術を持っていないし、
コネクションもない。
なにより、モノ作りの現場、木の現場を知らなさ過ぎる。
工房に弟子入りできるような景気ではないし、
よしんばできたとしても、無収入でもかまわない、というわけにもいかない。

そこでまずは、「現場で生活する」という選択をすることにした。
現場で生活していれば、いずれは「造る」ことへの道筋も見えてくるだろう、と。
都会は「造る」場所ではなく、「消費する」場所だ。
僕は「造る」場所へ行きたかった。


さて、応募案件のうち、今回は山間部での募集3件に応募しました。
北海道2件、愛媛県1件。
北海道を選んだのは、都市部からの隔絶性が徹底してそう、ということと、
暑いところよりは寒いところのほうが好き、スキーが好き、という理由、
愛媛県を選んだのは、実家が近い、待遇条件が良い、という理由だった。
最初に応募した時点では、愛媛より北海道の方を優先していました。

一次選考を3件とも合格し、二次試験はいずれも面接。
この二次面接で、優先度が逆転した。

まず、愛媛での現地面接。
ここはほぼ1日がかりのスケジュールだった。
前半で、自分たちが実際に活動する集落を見学させてくれた。
これがすごく良かった。
コミュニケーションも電話、郵便、メールとまんべんなくサポートしてくれて、
バランスの良さを感じた。

そして北海道はというと。
1件は東京で面接だという。
そしてもう1件は現地で30分ほどの面接。
駅周辺を散策する限り、駅前には温泉もあるというちょっとしたリゾートで、
当初期待した「都会からの隔絶性」が少なかったのが意外だった。
コミュニケーションもメールオンリーで、
ある意味都会化しているのが気になった。


愛媛のほうは、面接翌日に電話で採用通知を頂き、
北海道の1件も面接から数日後にメールで採用通知を頂きました。
もう1件の東京面接は辞退しました。

ちょっと迷ったけど、最終的には愛媛の案件を受けることに。

待遇が一番良かった、というのもあるけど、
総合的に見て、やはり「縁」を感じたというのが一番の理由かな。
愛媛での面接の折、ついでに実家に寄ったのだけど、
やはりここに戻りたい、という気持ちも強かった。

...というわけでただいま引越し準備中。
本日一件目の見積もりだったのだけど、とんでもない値段を提示されてびびる。

...先が思いやられるな。


とにかく、何とか引越しを乗り切って、
まずは1年、最長3年で地域おこし協力隊を頑張ります!

かなりの僻地ですが、ネット環境は充実してそうなので、
今後も何らかの形で情報発信をしていこうとは思ってますが、
このブログは、大学の卒業が一つのけじめなのかなあ、とも思ってます。

一つの記録として、今後も公開はするけれど、更新は終了するのか、
はたまた別ドメインで新たなブログを開始するのか、ただいま考え中。

いずれにせよ、今後とも応援よろしくお願いします!


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