現代アート、はじめます。草間彌生からさわひらきまで【尾道市立美術館】

アート

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草間彌生『ハーイ、コンニチワ!ヤヨイちゃん』『ハーイ、コンニチワ!ポチ』(2004)

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広島県尾道市の千光寺公園の中にある尾道市立美術館へ行ってきました。

国内の現代アートコレクターを代表する高橋龍太郎氏、田口弘氏、桶田夫妻の
膨大なコレクションから第一線で活躍する現代アーティストの作品約40点を展示する
企画展が開催中でしたが、自分のもっぱらの関心は、
安藤忠雄設計によりリニューアルされた美術館そのものでした。
開館当初の美術館の様子を知らないので、新旧の変化を探ることはできないのですが、
古い伝統的な寺社建築の前に安藤さん独特のコンクリートボックスが配置されるという
割りと分かりやすい構造なので安藤さんの行った改修ポイントがそれなりに見えた気がします。

外見的には比較的新旧の建物の区別がはっきりしているのですが、
内部はシームレスにつながっており、単に古い建物の前に新しい建物を加えただけでなく、
一つの美術空間としてトータル的に見直されたことが分かります。


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2017年11月 4日

音に名高い千光寺の鐘は一里聞こえて二里ひびく【千光寺|広島県尾道市】

空間デザイン

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尾道の千光寺に行ってきました。

大同元年(806年)、弘法大師開基の真言宗系のお寺。
大宝山(千光寺山)の中腹140メートルの斜面上に建っています。
本尊は聖徳太子作と伝えられる千手観音菩薩。
三十三年に一度にご開帳となる秘仏で、
「火伏せの観音」と称されとくに火難除けに霊験あらたかなのだそうです。

明治になって、尾道に遊園地がないことを憂えた千光寺のご住職が、
寺領の一部を提供して公園整備を行い、千光寺公園ができました。
10年以上前に訪れたときは小さいながら観覧車もあって、
遊園地的な雰囲気も多少あったのですが、
その観覧車も今はなく、普通の公園になってますが、
この公園があったからこそ、
巨岩だらけの斜面にへばりつくように建つこのお寺に参拝客を呼び込むことができたのです。

今ではロープウェーも通ってアクセスも良くなり、
尾道といえば千光寺、と平地の寺社群よりも有名な観光スポットになりました。

公園を作ろうと思ったご住職に先見の明があったからこそ、
現在の千光寺があるんですね。


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2017年10月29日

八百万の神が一年に一度集う社・出雲大社【島根県出雲市】

空間デザイン

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国宝建築行脚の旅。
島根県2つめの国宝は出雲大社。


あらゆるものが豊かに、力強くある国「豊葦原の瑞穂国」を築かれた大国主大神は、
この国を天照大御神にお譲りになり、そのことを喜ばれた天照大御神は、
高天原の諸神を集められて大国主大神の宮殿「天日隅宮(あめのひすみのみや)」を造営されました。
これが現在の出雲大社です。
なお、出雲大社は通常「いずもたいしゃ」と読みますが、
正確には「いづもおおやしろ」と読むそうです。

このようにして目に見える世界を天照大御神が治め、
大国主大神は目に見えない世界を司り、
そこにはたらく「むすび」の御霊力によって人々を幸せに導いてくださるのだそうです。

年に一度、全国の神々は出雲大社の大国主大神の元に集まって、
人々の"しあわせ"の御縁を結ぶ会議「神議(かみはかり)」がなされます。
これが10月のことであり、この月を「神無月」と呼ぶ由縁です。
(逆に出雲の地では「神在月」になります)
神々が集まってなされる神議の催しを「神在祭」と呼びます。


出雲大社へは子どもの時分に親に連れられてきたことがありますが、
大人になってきちんと訪れるのははじめて。


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2017年10月28日

夢の美術館ーめぐりあう名画たちー【島根県立美術館】

建築デザイン / アート

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島根県立美術館に行ってきました。

北九州市立美術館と福岡市美術館の所蔵品を展示する「夢の美術館」展が開催中でしたが、
一番の目的は菊竹清訓さんが設計した空間を見ることでした。

宍道湖畔に建つその建物は湖岸のカーブに沿って緩やかな弧を描いており、
水面と大地をつなぐ「なぎさ」をイメージしたものだそうです。
一歩その建物の中に入ると、天井にそのなぎさ仰ぎ見ることで、
あたかも水の中を優雅に闊歩しているような錯覚に見舞われる。


島根県立美術館は島根県立博物館の財産を継承する形で1999年に開館しました。
島根県立博物館(現・島根県公文書センター)も1959年にやはり菊竹さんが手がけました。
ほかにも島根県立図書館、島根県立武道館、田部美術館など、
松江には菊竹さん設計の建物がけっこうあるようです。

島根県立美術館では水を主題とした作品の収集に力を入れており、
開館20年に満たない若い美術館ながら日本近世絵画から19世紀フランス絵画や現代彫刻まで
4400点を越える規模にまでに成長しています。

福岡の2つの美術館所蔵品を展示する今回の企画展は予想以上に豪華な顔ぶれでしたが、
島根県立美術館のコレクションもこれに負けない豪華な顔ぶれでした。
しかもコレクション展に関しては撮影OKというオープンスタンスも嬉しい。

菊竹さんの作った素晴らしい空間にふさわしい展示内容で、
企画展と所蔵品展とを合わせてまさに「夢の美術館」でした。


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小泉八雲旧居(小泉八雲記念館)【島根県松江市】

空間デザイン

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とくに小泉八雲に詳しいわけでも興味があるわけでもないのですが。

この夏に愛媛の国宝・大宝寺に訪れたときに、
そのお寺に伝わる逸話を小泉八雲が「怪談」におさめたことを知りました。

今回中四国の国宝建築巡りで松江城に訪れることを決めたときに、
その近くに小泉八雲の記念館および旧居があることを知り、
お城とセットの共通入場券もあることだし、ということで訪れました。


パトリック・ラフカディオ・ハーンは1850年6月27日に、ギリシャのレフカダ島で
アイルランド人の父とギリシャ人の母との間に生まれる。
当時はアイルランドはまだ独立しておらず、レフカダ島もイギリス領だったこともあり、
ハーンはイギリス国籍を有していました。
2歳のときにアイルランドに移り、その後イギリスとフランスでカトリック教育を受ける。
19歳のときに父母代わりだった大叔母の破産を機に単身渡米、ジャーナリストとして身を立てる。

シンシナティ、ニューオリンズ、カリブ海マルティニーク島と移り住み、
ニューオリンズ時代に万博で日本文化に出会い、興味を持つ。
そして1890年4月に日本の土を踏みます。
日本人女性と結婚し、帰化することで「小泉八雲」と名乗ることにした。
松江、熊本、神戸、東京と居を移しながら日本の英語教育の最先端で尽力する一方で、
得意の語学力を生かして日本文化を欧米に伝える執筆活動にも尽力した。


よく知らないながらもなぜか気になるのは、
同じ「流浪の民」としての社会における位置づけが気になるからであろうか。


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2017年10月27日

国宝・松江城【島根県松江市】

建築デザイン

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鳥取の国宝・三佛寺投入堂をあとにして、
安来市の足立美術館を経由して松江入り。

島根は国宝二ヶ所を中心に巡りました。
まずは宍道湖の東端に建つ国宝松江城。

築城は関ヶ原の戦いでの戦功により出雲・隠岐両国を拝領した堀尾吉晴・忠氏親子。
最初はの月山富田城(現在の安来市)に入ったが、松江の将来性に着目して城地を移した。
以後京極氏、松平氏と藩主が変わり明治維新まで藩政が続く。

昭和10年に一度国宝に指定されましたが、
昭和25年の文化財保護法の制定により重要文化財と改称されたもの、
平成27年7月に国宝に再指定されました。
現存12天守のうち、これまで国宝は松本城、犬山城、彦根城、姫路城の4つでしたが、
新たに松江城が加わり国宝五城になりました。

明治の廃城令時、松江城の多くはことごとく取り壊されましたが、
せめて天守は、と地元有志の奔走により山陰で唯一残される天守となりました。


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2017年10月22日

名園と名画が奏でる、ゆるやかな時間。【足立美術館|島根県安来市】

アート

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三徳山三佛寺投入堂参拝でかいた汗を三朝温泉で洗い流した後、
西に移動して島根県安来市にある足立美術館へ。

本当はその前に鳥取県伯耆町にある植田正治写真美術館に寄りたかったけれど、
自宅を出るのが遅れたのと、思ったより長く三徳山に滞在してしまったため、
時間がなくなってしまい、やむなく今回はパスすることにしました。

三朝温泉から足立美術館までは山陰道でおよそ1時間半。
午後3時ちょっと前に到着して、閉館間際の5時近くまでおおよそ2時間、
名園と名画を堪能しました。


足立美術館は実業家・足立全康氏のコレクション約1500点を
展示する美術館として、昭和45年に開館。
特に約120点を数える横山大観のコレクションが有名で、常時20点前後を展示しています。
そのほか竹内栖鳳、川合玉堂、橋本関雪、榊原紫峰、上村松園、鏑木清方など
近代日本画壇の巨匠たちの作品がズラリ。
また、河井寛次郎と北大路魯山人の二巨匠の陶芸作品も充実しています。

本美術館の最大の特徴は五万坪に及ぶ広大な日本庭園。
「庭園もまた一幅の絵画である」という言葉が表すように、
全康自らが心血を注いで見事な日本庭園を創りあげました。

アメリカの日本庭園専門誌が行う日本庭園ランキングにおいて、
足立美術館は2016年時点において14年連続日本一に選ばれています。


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2017年10月21日

神と仏の宿る山・三徳山三佛寺2【奥の院 投入堂|鳥取県三朝町】

建築デザイン / 空間デザイン

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念願の三佛寺を参拝してきました。
本寺は鳥取県のほぼ中央、三朝温泉奥の三徳山(標高900m)に境内を持つ天台宗の山岳寺院です。

中国観音霊場 第三十一番札所
伯耆観音霊場 第二十九番札所
百八観音霊場 第三十六番札所
国指定名勝・史蹟
国立公園 三徳山
日本遺産認定第1号


開山は慶雲3年(706年)、役行者(えんのぎょうじゃ)が修験道の行場として開いたとされる。
役行者が蓮花の花びら三弁を散らしたところ、
一つは四国の石鎚山、一つは吉野、そしてもう一つが三徳山に落ちた。
そこで役行者は三徳山に堂宇を建て、法力をもって投げ入れたのが奥の院の投入堂...
という伝説がありますが、実際のところ投入堂が実際どうやって建てられたのかは今なお謎のままだとか。

その後、嘉祥二年(849年)、慈覚大師(じかくたいし)によって伽藍(がらん)が建立され、
阿弥陀・釈迦・大日の三尊を安置したので三佛寺といわれるようになったそうな。


かねてより行きたかった場所だけにけっこうなボリュームになりました。
そこで本堂までの参道部分と、本堂裏から奥の院の投入堂までの登山道部分の2パートに分ます。

前記事では本堂までの参道を紹介してきましたが、
本記事ではいよいよ奥の院の投入堂をめざします。


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神と仏の宿る山・三徳山三佛寺1【本堂|鳥取県三朝町】

空間デザイン

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念願の三佛寺を参拝してきました。
本寺は鳥取県のほぼ中央、三朝温泉奥の三徳山(標高900m)に境内を持つ天台宗の山岳寺院です。

中国観音霊場 第三十一番札所
伯耆観音霊場 第二十九番札所
百八観音霊場 第三十六番札所
国指定名勝・史蹟
国立公園 三徳山
日本遺産認定第1号


開山は慶雲3年(706年)、役行者(えんのぎょうじゃ)が修験道の行場として開いたとされる。
役行者が蓮花の花びら三弁を散らしたところ、
一つは四国の石鎚山、一つは吉野、そしてもう一つが三徳山に落ちた。
そこで役行者は三徳山に堂宇を建て、法力をもって投げ入れたのが奥の院の投入堂...
という伝説がありますが、実際のところ投入堂が実際どうやって建てられたのかは今なお謎のままだとか。

その後、嘉祥二年(849年)、慈覚大師(じかくたいし)によって伽藍(がらん)が建立され、
阿弥陀・釈迦・大日の三尊を安置したので三佛寺といわれるようになったそうな。


かねてより行きたかった場所だけにけっこうなボリュームになりました。
そこで本堂までの参道部分と、本堂裏から奥の院の投入堂までの登山道部分の2パートに分ます。

まずは本堂までの参道部分をレポートします。


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2017年10月 5日

「紫舟」作品展【愛媛県美術館】

アート / 展示・イベント

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9月の終わりからえひめ国体がはじまりました。
愛媛での開催はじつに64年ぶり、愛媛単独では初の開催だとか。

国体は「国民体育大会」の略ですが、開催されるのはスポーツだけじゃないんですよね。
「文化プログラム事業」なるものがあって、文化イベントも開催されているのです。

愛媛県美術館で開催されている「紫舟」作品展もその一つ。
国体の開会式前日の9月29日には天皇陛下と皇后陛下が本展を鑑賞され、
紫舟さん自らが案内されていました。

「天皇陛下が、作品価値の定まっていない現存作家の作品展を御覧になることは極めて稀で、
 まして、作家本人が自身の作品をご案内ご説明できることは非常に貴重な機会」

...なのだそうです。(オフィシャルサイトより)

このニュースがテレビで流れているのを見て本展を知りました。
NHK大河ドラマ「龍馬伝」のタイトルを手掛けた書家・アーティストなんですね。

通常紙の上に書かれる二次元の書が、厚みを持った三次元作品となっている。
これは新しい書の形だ。書の進化だ。

これはもう見に行くっきゃない、ということでさっそく出かけてきました。


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