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2009年2月 8日

都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み【東京オペラシティアートギャラリー】

建築デザイン/ 展示・イベント

dienerdiener_entrance.jpg


D&Dといっても今回はナガオカケンメイ氏とはなんの関係もありません...^^;


  東京オペラシティアートギャラリー
  都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み


引きこもってばかりじゃ良い刺激は得られない。
春休みに入って少しゆとりもできた、ということで行ってきました。
久々のオペラシティ。


今までディーナー親子については全く知識がなく、
なんか良い展示ないかなあ...と探してたら建築系の展示があるじゃん、
ということで行ってきました。


図録販売がない代わりにちょっと厚めのハンドブックが会場入口で配られます。
dienerdiener_handbook.jpg


環境への調和と自己主張。

建築と都市にはこの両方が不可欠な要素ではないだろうか。



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dienerdiener_pamph1.jpg

dienerdiener_pamph2.jpg


先着500名でパンフの絵にもなっている、
上記画像のオリジナルポストカードがもらえます。
ただしあくまで希望者のみなので、
チケット購入時にその旨を伝えないともらえないのでご注意を。

官製はがき2枚ぶん強のちょっと大きめのサイズです。


dienerdiener_722.jpg
[722 KNSM ジャワ島の集合住宅(アムステルダム)]


展示は大きめのパネル写真と木の模型の展示スペースにはじまり、
閲覧可能な図面やパース資料、映像コーナー、
建築素材の展示へと展開してゆきます。

木の模型、というのが珍しかった。
やはりスチレン模型に比べると暖かみを感じて良いですね。


展示そのものは他の有名建築家の展示などと比べると、地味で質素。
正直最初はちょっともの足りなさを感じてました。

多くの建築がいわゆるボックスタイプのビルディング。
考えてみれば誰の目も惹くような奇抜なスタイルの建築なんて
一部の有名建築家だけのもので大半の建築の仕事は
こうした地味なものなのかもしれない。

...そういう建築の現実を突きつけられているような気がしました。


もう1つ気になったのは、
普通建築模型といえば建てようとする建築物を中心に作られるものですが、
この展示では建てられる建築物が周囲の環境に埋もれていて、
どれが建てようとする建築なのかが分かりづらくなっていること。
(一応そばにそれとなく分かるようにパネルが置かれているけど)

多くの模型が1/500~1/1000で作られており、
いかに周辺環境を考慮して作られているかが伺えます。


「私たちの思い出も、
 建物や街並みの一部となっていくのでしょうか?」

「窓からの眺めも、  私の部屋の一部なのでしょうか?」


周囲の環境との調和。
このことをなによりも優先させている。
伝統的スタイルの古い建物とモダンな新しい建物が実に見事に融合しています。

映像資料の中でディーナー氏は自分の建築を

  「他の建築家たちの作品に比べて匿名性が強いかもしれない」

というようなことを言ってました。

いわゆる「デザインには作家の個性など必要ない」タイプなのでしょうか。
個々の建築の個性よりも、都市という集合体に対しての個性を優先する。
今のところ、僕はこういう考えには反発を感じてしまうのです。

都市に個性が必要だろうか。
誤解して欲しくないのは都市の個性を廃すべき、と言いたいのではなく、
都市の個性は一意的に定義すべきでない、と言いたいのです。

都市にはさまざまな個性が集まってくる。
それを一意的に方向を決めつけてしまうのは
個性を犠牲にしてしまう気がして僕はあまりいい気がしない。

人々が快適に暮らすために都市計画で全体を考えることは大切なことだ。
でもさまざま個性がある以上完全なコントロールなど不可能なのだから、
都市計画に完璧を求めてはいけないと思う。
50%程度のコントロールであとは個人の善意に期待する。
それが自然なのではないでしょうか。

都市にも個性はある。
ただそれは個人以上に多面的であるべきで、作為的に決めつけるべきではなく、
自然淘汰的に決定されるべきものではないでしょうか。

どんなに全体が快適な環境でも、
エゴが埋もれて見えなくなるような場所で人々は幸せに暮らせるだろうか。
人間がそんな環境で生きていける生きものなら、
芸術というものは登場しないんじゃないか?


ここまで書いてみて、ふと楳図かずおの自邸訴訟を想い出しました。
氏の自邸の外観が近隣環境の景観を損ねる云々という騒ぎですが、
あらためて全体調和と自己表現は表裏一体で、
そのバランスをとる難しさというものを感じます。

僕自身はそんなに気にならないんですけど、気になる人にはなるんでしょうねえ...


僕が都市よりも個々の建築を重視するのは、
まだまだ全体を見通す力が足りない、ということもあるんだろうけど、
個性として個人主義であることが多分に影響していると思う。
ライオンかトラかといえばトラ。

周囲との調和はもちろん大切だ。
それを無視して人類の幸せはあり得ない。
でもエゴというものを無視してもやはり真の幸せはないと思う。

エゴなんて、いくら考えても仕方のないことなのかもしれない。
でもやっぱり考えずにはいられない。
それは人間が人間であるための条件のような気がしてならない。


芸術はなんのためにあるのだろうか。
建築は芸術なのだろうか。


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