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2009年6月10日

ピーター・ライス自伝 あるエンジニアの夢見たこと

建築デザイン/ 読書

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セシル・バルモンドの本をAmazonで検索したら、
「この商品を買った人はこんな商品も買っています」で出てきた本。
Amazonってホント商売上手い。

しかし貧乏な僕はまずは図書館だけど。
図書館ってホント便利。
八王子キャンパスの図書館にありました。


セシル・バルモンドと同じく、Arup出身の構造エンジニア。
時代的にはライスが先輩にあたります。
セシル・バルモンドがコールハースやリベスキンドと組んだのに対し、
ピーター・ライスはレンゾ・ピアノやリチャード・ロジャースと組んで
多くの名建築、名構造を世に残しています。

  ・ポンピドゥー・センター(ピアノ&ロジャース)
  ・ロイズ(ロジャース)
  ・IBMパヴィリオン(ピアノ)
  ・メニル・コレクション美術館(ピアノ)
  ・ジェノヴァ港湾再開発の大桟橋(通称「ビゴ」、ピアノ)
  ・関西国際空港ターミナル(ピアノ)

とくにピアノとは「ピアノ&ライス・アソシエイツ」というユニットを一時期
組んでいたほど深い関係だったみたいです。


ピアノ&ロジャースのみならず多くの名建築家とも仕事しています。

  ・シドニー・オペラハウス(ヨーン・ウッツォン)
  ・CNITのファサード(ジャン・プルーヴェ)
  ・TGV/PERシャルル・ド・ゴール空港駅(ポール・アンドリュー)
  ・グランダルシュの「雲」(スプレッケルセン/ポール・アンドリュー)
  ・ルーヴルの逆ピラミッド(I.M.ペイ)
  ・ジャパン・ブリッジ(黒川紀章)
  ・ラ・ヴィレット(アドリアン・ファンシベール)


ヨーン・ウッツォンのシドニー・オペラハウスでデビューし、
ポンピドゥー・センターで一躍有名になった。
彼の携わってきた建築をざっと俯瞰するだけでも彼の残した偉大な功績が伺えます。
ピエール・ルイジ・ネルビ、オーヴ・アラップ、フェリックス・キャンデラなどと列せられる
偉大な構造家の一人なのでしょう。

そしてセシル・バルモンド、サンチャゴ・カラトラバなどの現代の大家ががこれに続く。

まだまだ未熟故にピーター・ライスの構造エンジニアとしての個性が理解できた、
というより建築家と構造エンジニアの関係が明確になった...
というのが正直な感想。


建築家だけでは大規模でユニークな建築は建たない。
構造エンジニアの存在意義をこの本は教えてくれる気がします。



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各章に沿って所感を述べてゆきます。


1.ボブール

「ボブール」とはポンピドゥー・センターの初期の呼び名。
この計画の最大の支援者だった当初の大統領、ポンピドゥー氏が、
計画半ばにして逝去、その功績を讃えて現在の「ポンピドゥー・センター」に
改称されたとか。

ここで使われた構造技術のキーワードが「ガーブレット」。
短い突っ張りのキャンティレバー=ガーブレットを無数に外殻に備えることで
大スパンの梁を支えるもの。

建物の外観そのままが構造の仕組みを表すものとなっている。
構造は外装から隠される、という常識を覆し、
なおかつそれを美しい、と思わせる(賛否両論はあるみたいですが)。
ここがボブールの素晴らしさなのでしょう。

イタリアとイギリス出身の建築家がアイルランド出身の構造エンジニアと組んで
フランスに近代建築を象徴する美術館を作った。
そしてフランスの「建設家(コンストラクター)」であるジャン・プルーヴェがそれを支持した。
1970年大阪万博のスペースフレームなど日本の建築技術も参考にされた。
国境を越えて良い建築が作られる。
なんとも素晴らしいことじゃないですか。

パリの中で最も行ってみたい建築の1つでもあります。
いつか行く。必ず。


2.若き頃

幼少時からの生い立ち。
1935年、アイルランドの片田舎に生まれる。
建築構造はおろか、建築すらその興味を起こさせるものがない環境。

天才を育むものは幼少時からの環境、とはいうけれど。
彼の天賦の才は自らの運命を自分で切り開くことだったのかもしれない。


3.シドニー

最初の仕事。
ヨーン・ウッツォンというもう一人の天才との出会い。
直接一緒に仕事をすることはなかったそうですが。

全てのシェルを同一径の球体から切り出しながらも、
ユニークな意匠を効率的に実現するための工夫がそこにはある。

奇抜な形をただ絵に描くだけなら、誰にでも出来る。
それを巨大なスケールの三次元立体で半永久的に存続させるから
建築は素晴らしいものになるのだと思う。

そしてそのためには建築家という意匠デザイナーだけでなく、
構造設計家というエンジニアが必要なのだ。

建築のスケールというものは、どのレベルでもうまく機能していなくてはならない、つまりどこから見ても興味を起こさせる、明快なものでなければならない-それが、私がシドニー時代に学んだ最大の教訓である。建設工事が信頼性のあるものであること、そしてあらゆるレベルで、構造に面白味と明快性があることがいかに重要かという認識をここで植え付けられたからこそ、私は直後のポンピドゥー・センターで鋳鋼を使う提案をしたのだった。そしてガーブレットが誕生した。この技術を使えば、建築が威圧的でなくなるのだ。人々の反応を左右するのはディテールである。人々が建物のスケールや暖かみを感じ取れるかどうかは、ディテールで決まる。ゴシック建築の面白さとロマンティシズムへの回帰。巨大なスケールでも「手の痕跡」が感じ取れるのがゴシック建築である。

これだけ近代建築を象徴するような建物であっても、
参考にされているのは古き良き建築風土。

マスプロの悪しき風習を象徴するものではなく、
「手の痕跡」を感じさせるものだからこそ、
巨大な金属の固まりであっても美しさや暖かみを感じさせるのか。

本当にそう感じさせるものなのか、やはり自分の目で確認してみたい。


4.オヴ・アラップという人物

アラップの創設者との出会い。
ライスがアラップに入った当時、
オーヴ・アラップはすでに隠居の身分だったそうですが、
それでもライスに与えた影響は大きかったようです。

テクノロジーは、我々の惑星とその住人に絶大な祝福を与えたが、また絶大な破壊をもたらした-テクノロジーをどう使うかの決定は、一般的にエンジニアによってなされるものではない。しかしエンジニアは、我々と同じように地球市民であると同時に、何が作り出されるかのかを定め、デザインを準備するデザイン・チームの重要な一員でもあるから、これからやろうとしていることが人類にどんな結果を与えるのかを見定める良い位置にある。我々が何をなすべきかについて、エンジニアが発言するのはよろこぶべきことではないだろうか、そして世界市民として、我々の行動がもたらす危険な結末について警鐘を鳴らす義務があるのではないか?

1983年エンジニア協会でのオーヴ・アラップの演説。
優れた構造を世に残しただけでなく、およそ四半世紀も前の時代ですでに、
このような思想を持って建築に取り組んでいたことが
オーヴ・アラップの偉大たる所以なのではないでしょうか。

そしてピーター・ライスも彼の意思を引き継いだ。


5.エンジニアの役割

元エンジニアとして、そして今デザインを学ぶ身として、とても考えさせられた章。

この本を通して、私は「感覚的」という言葉を使い続ける。建築が感覚的とは、どういうことだろうか?感覚的だということは、感情移入に似ている。非常に神聖な場所を訪れた時に持つ感情に似ている。ある友人が、イェルサレム、殊にその宗教的な場所に訪ねた際に強い存在感を感じたと言った。こういう場所では、人々が何世代にもわたってそこで存在感を感じ、見えるかたち見えないかたちでその痕跡を残してきた。ゴシックの教会やルネサンスの宗教建築にも、これに通じるものがある。もちろんこうした場所が自然の建材で建てられているせいもあろう。しかし実際はそれ以上のものだ。存在感というのは、人間とその建物を過去につなぐものなのだ。動物も、先に通った動物の跡をつけ、新しい場所を探すことで、自分自身を確かめている。そこをかつて占有していたものの臭いを嗅ぎ出すのだ。だから、ある建造物を感覚的なものにするには、人々がその建設に関わったという証拠を残すことなのだ。今日の建築と人々の間にある疎外感はまんべんなく浸透した、基本的には不毛な産業界の役割の夜ものだと私は思うが、これは環境に対する選択が人々によってではなく、産業界の必要性によってなされているからではないだろうか。

エンジニアは論理的でなければならない、とずっと思っていた。
そこが自分にそぐわないとも。
一方で美大でデザインを学べば学ぶほど、グラフィックに対して懐疑的になってゆく。
二次元がどんなに無限の広がりを持つ空間であっても、
最終的には有限の三次元の世界の「もの」に繋がらなければ意味がない。
だって僕等は三次元の世界で生きているのだから。

その「もの」を存在させるために素材と構造の本質を探究する。
それがエンジニアの役割だというなら、やはり僕はエンジニアでいたい。

本質は感覚的なものだ。
論理的な思考をし尽くした後で辿り着く、究極の場所なのかも。
だからやはりエンジニアにも感覚的なものは必要なのだ。


6.ジャン・プルーヴェ

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[CNIT](出典:Wikipedia)

エンジニアとしての正式な教育を受けず、
独自にエンジニアとしての道を切り開いた「天性のエンジニア」。

マスプロは効率を優先するあまりに「人間臭さ」を切り捨てた。
そのために犠牲になったものはなんなのか。

彼はあくまで一個人だった。彼はものを創造した。彼は自分自身を表現した。彼はものがどう機能するのか、それがどうやって作られるのか、その素材がどうすれば一番使いこなされるのか、ということを知ろうとしたし、そうした知識を自分の芸術のベースにしようとした。これこそ「エンジニア」本来の定義そのものである。プルーヴェはエンジニアだったか?もちろんだ。しかも彼こそはエンジニアの理想を地でいく人間だった。彼は時代を象徴する人間だった。厳しく管理され、集団で責任を負う現代社会では、プルーヴェは生きにくかったに違いない。だが、彼は今日のデザインのやり方や素材の使い方を予測していた。彼のデザインは掛け値なしに「現代的」と言えるものが多い。とくに素材の使い方、表現の仕方にはそれが現れている。彼の構造には、純粋なエンジニアリングがシンプルに表現されている。そこにはしかし周到なスタディが求められたはずである。そういうシンプルさは簡単には手に入れることができないものだ。ボルトの一本一本が、ジョイントの一つ一つが意味を持っている。すべてにちゃんと理由がある

正直まだプルーヴェの建築についてはよく理解してないけれど、
学ぶ価値があることだけはなんとなく分かる。

時間をかけてでもじっくり学びたい。


7章から11章までは主に素材の観点から彼の作品の解説がされています。

7.メニル

フェロセメント(強く補強医された薄いコンクリートの板)による
連続的な可動ルーバー屋根で天井からの自然光をコントロールする。


8.布

グランダルシュ(新凱旋門)の雲。


9.ガラスとポリカーボネイト

透明性を表現するための2つのアプローチ。
ポリカーボネイトのIBM巡回パヴィリオンと、
ガラスのラ・ヴィレットの温室空間。


[IBMパヴィリオン]



[ラ・ヴィレット]

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[ラ・ヴィレット内部からの眺め](出典不詳)

大きな球体が目立ちますが、ライスが手がけたのは手前のガラス・ウィンドウ。


10.ディテール-ボブールのスチール、ロイズのコンクリート

ロイズは写真で見る限りはメタルチックだけど構造としてはコンクリなんですね。


11.石-セヴィリアの未来パヴィリオン

ファサードしかない建造物、というのは自分的にはすごく違和感を感じるのだけど、
実際目の前にしたらどう感じるのだろう。


12.評論家と写真

ここでも普段疑問に思っていることをあらためて考えさせられました。

写真というのはせいぜい、腕のいいカメラマンによる巧妙で効果的な建築の解釈にすぎない。実際の建物は、写真が見せる以上に、三次元の輝きとコンテクストの中にあるもっと繊細で複雑な存在である。写真は場合によっては暴君のように建築家やデザイナーに強いて、写真映えする特徴を建築の中に加えさせようとする。そうして撮られた写真はたいてい、さまざまな光や影の中で遊ぶ建物の姿を過小評価するものとなる。写真はまた、エンジニアが建築に付与する要素を無視しもする。これは建築をたった一言の美句で語ってしまおうとする単純な姿勢と同じだ。だが本当の束縛は写真そのものからくる。写真はどんなに優れていようとも、結局、見えないものはとらえられないのだから。

元々写真を撮るのも撮られるのも苦手だった。
ブログをやるようになって、写真を撮る機会が増え、
デザインを学ぶようになってからは一眼レフも購入したけれど、
必要以上にカメラ技術を身につけようという向上心は湧かなかった。
たぶんグラフィック全般に対して持つ、もの足りなさから来るものだと思う。

写真の必要性や可能性を否定する気はない。
でもやはり二次元は三次元に到達するための通過点に過ぎないと思う。
二次元でどんな広がりを持っていたとしても、
三次元では出てこないものがあるのは事実なのだから。


13.産業界のこと

ライス自身産業界に生きながら、いや、生きているからこそ、
産業界に対して抱く疑問、というものがある。

産業が目指したものは元は本質的な喜びだったはずだ。
それがいつしか目先の喜びを追う薄っぺらいものになってしまった。
「質より量」へと移行し、スピードがなにより重要視されるようになった。

スピードそのものが悪、とは言わないけど、
本質を見逃すようなスピードはいかがなものか。


14.フィアット体験

建築界で培った構造技術を自動車という異分野で生かす。

本質的な技術、というものは分野を選ばず、ということでしょうか。


15.カメレオン的要素

やり甲斐のある仕事とはどういうことだろうか?

自分の能力は自分の力だけで発揮されるわけではない。
たった1つの仕事でもそれぞれの役割を持った人が集まって、
複合的に遂行されるものだ。

世の中にはさまざまな人がいて、同じ仕事でも組む相手によって
仕事のやり方は変わってくる。

自分の本質をおさえておきさえすれば、
たとえ相手が変わっても、やり方が変わっても、
自分の本分を見失わずに、自分のやるべき仕事を満足感を持ってこなせる。

環境に応じて色を変えるカメレオンも、
どんな環境にあってもカメレオンはカメレオンであるように。


16.フルムーン・シアター

けして効率的とはいえない野外のシアター。
微弱な月光を集光して舞台に照明するための調整はけして簡単ではない。

しかしそこには充実感があるように思える。
苦労して何かを成し遂げるときの充実感。

効率化が優先される現代社会では忘れ去られようとしている感覚ではないだろうか。
僕等はけしてその感覚を忘れてはならない。

文明も、文化も、産業も最終的に求めているものは幸福だ。
幸福の意味をもう一度よく考えてみよう。


17.動きの中の建築

最後はライスが好きな競馬に関する話題で締めくくられています。
僕自身は競馬には違和感や疑問を感じているので共感するものはないけれど、
あえていうならば、さんざん難しいことを言ってきたけれど、
まず大事なのは「好き」という気持ちを大切にすることではないだろうか、ということ。

本来動かないはずの建築を、動いている馬に感じる。
好きなものはどんなものからも関連づけていく。
それが好きなものを追求していく力となり、人を動かす力となり、
やがては社会を動かす大きな力となる。


本書中では紹介されてないけれど、まだまだたくさんの素晴らしい構造を手がけています。


[ド・ゴール空港のTGV駅]

空港の鉄道駅という共通点からカラトラバのリヨン空港駅が思い浮かぶ。



[イタリア・ジェノバのテントを吊る「ビゴ」という名の構造体]

建築家はレンゾ・ピアノ。



[関西国際空港ターミナル]

本書の監訳者である岡部憲明氏もレンゾ・ピアノと共に
このターミナルの設計に携わったとか。



[ルーヴルの逆ピラミッド]

I.M.ペイとも仕事してたんですね~



[パリのジャパン・ブリッジ]

あの黒川紀章氏とも仕事してたんですね~


本書からは意外と多くのことを学べました。

やはり構造って面白い!



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