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2008年3月18日

ミース・ファン・デル・ローエ 真理を求めて【高山 正實】

建築デザイン/ 読書

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ミースに関する本をもう一冊読みました。
ここまできたらもう少し彼の建築を知りたい。

こちらはミースの下で働いた、ミースの日本人の弟子である高山 正實氏によるもの。
フランツ・シュルツによる評伝と比べるとボリュームは少ないものの、
その分簡潔にまとめられており、日本人が書いているということもあって
分かりやすかった。またシュルツの評伝では全ての作品写真が白黒だったのに対し、
こちらはカラーもあり、写真画質も良くて建物の様子が把握しやすいです。

シュルツの本と本書をあわせて読むとかなりミースカラーを
理解するためのと助けになる思います。


ミースは本を一冊も書きませんでした。
午前中は絵画、午後は彫刻、夜は建築、とマルチな才能を発揮した
コルビュジエとは対照的です。
建築を通してでしか真理を追究しようとしなかった。
その頑固で一途な姿勢が建築にも表れているような気がします。

雑誌や講話などにおけるミースの言葉と弟子や研究者たちによる評伝。
現在ではそれがミースを知るための唯一の手段。


彼は建築を通して真理を表現しようとした。
彼の天才性よりもその姿勢に惹かれるものがある。



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Ludwig_Mies_van_der_Rohe.jpg
(出典:Wikipedia)


ミースを知る上で必要と思われるキーワードを挙げながら
彼の素性を整理してゆきたいと思います。


ルードヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ。
ミースは父方の姓、ローエは母方の姓。
ドイツの古都、アーヘンに石工の息子として生まれ、
その環境が最初は煉瓦による工法にこだわることに繋がる。

大学などで正式な建築教育を受けることはなく、
ペーター・ベーレンスの設計事務所など実地による修行を積むことで
自身の建築を探求してゆく。
この経歴が後にバウハウスやIITでの教育において、
理論を頭ごなしに教えるのではなく、自ら探求させてゆくことを覚えさせる姿勢に繋がる。


影響を受けた建築家、ヴァン・デ・ヴェルデとベルラーヘ。
ヴァン・デ・ヴェルデは個人主義、表現主義のベルギーの建築家、
ベルラーヘは客観主義、即物主義(ザッハリヒカイト)のオランダの建築家。
建築史家ギーディオンはこの二人の建築家を建築に道徳を求めた建築家に分類した。


"ADEQUATIO INTELLECTUS ET REI(精神/理性と物質の一致)"


影響を受けた哲学、中世の神学者、トマス・アクィナスによる言葉。
ミース流の解釈では下記のようになる。


"The truth is the significance of facts(真理は事実の核心なり)"


そしてこう続きます。ミース75歳のときのときの言葉。

私はこの言葉を一生忘れることはなかった。この言葉が自分の歩むべき道を照らす明かりとなった。そして私が、建築が本当に何であるかがわかるまでに50年、実に半世紀の時間がかかった。

ミースはなにをするにも時間がかかったという。
遅咲きの天才、大器晩成の人であった。

ミースでさえ50年かかった。
これから鑑賞者から創造者への道へ切り替えたとしても、
僕は自分の一生をかけても建築で真理は見つけられないかもしれない。

それでも。
彼は道を示してくれる。
求道することに意味があることを教えてくれる。


5つの計画案。


  第1案: フリードリッヒ通りオフィスビル
  第2案: ガラスのスカイスクレーパー
  第3案: コンクリートのオフィスビル
  第4案: コンクリートの田園住宅
  第5案: レンガの田園住宅



[フリードリヒ街オフィスビル案(1921年)]


[鉄とガラスのスカイスクレーパー案(1922年)]


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[鉄筋コンクリートオフィスビル案(1922-1923年)](出典不詳)



[煉瓦造田園住宅案(1923-1924年)]


実現よりも彼の建築哲学を求道することを目的として設計されたもの。
これらは後のミース建築の礎となったと思われる。


モダニズム建築の三巨匠、ライト、コルビュジエ、ミース。
同時代に活躍したこの三人も厳密には微妙にその活動時期はずれる。
そしてその微妙なずれがそれぞれの建築の差異となっている。

まずライト。機械発展の第1段階。農業文明の終端。
そしてコルビュジエ。機械発展の第2段階。農業文明と工業文明の交差点。
最後にミース。機械発展の第3段階。工業文明のはじまり。

ライトとミースは最終的に空間を重視し、
コルビュジエは人間の身体を基本とした基準単位「モデュロール」による
建物そのものを重視した。
...というように言われてますが、思うに空間を無視して建物は建たないし、
建物を無視して空間は生まれない。
どちらも同じく重要で、要は感じ方の問題ではないかと。

凸凹は凸と凹の両方があってはじめて凸凹になる。
これはプロダクトデザインとスペースデザインの関係にも似ていると思う。
凸を意識したものがプロダクトデザインで、
凹を意識したものがスペースデザイン。
そして凸凹がなくてフラットなのがグラフィックデザインやインターフェースデザインと
いったものなのではないでしょうか。


バウハウスの終焉と共にアメリカに渡る。
主にシカゴ、とくにIIT(イリノイ工科大学)を中心に活動する。
シカゴにはすでに近代建築に必要な技術、材料などの各要素がそろっており、
ミースはそれらを駆使して存分に自身の建築哲学を形にしていった。
「鉄とガラスの建築」と評されるその建築のポイントは4つ。

  1.グリッド
  2.スティール
  3.鉄骨構造
  4.流れる空間(ユニバーサル・スペース)

建物そのもの寿命は長く、逆にその内部空間の寿命は短い。
内部空間の寿命というのはその空間を利用する人間のニーズのことであり、
ニーズに応じて内部空間を建物そのものを変更することなく
再構成できるようにする...それがユニバーサルスペース。

アメリカ時代の建築は芸術的作品、工学的ソリューションの2つに大別されます。
前者は1950年代くらいまで、以降は後者へと変遷していきます。

前者の代表的作品は、
ファンズワース邸、レイクショアドラブ、クラウンホール、
シーグラムビル、ナショナルギャラリーなど。


[ファンズワース邸(1951年)]


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[シカゴ: レイクショアドライブ860/880](出典:Wikipedia)


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[クラウンホール](出典:Wikipedia)


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[シーグラムビル](出典:Wikipedia



[新国立ギャラリー(ベルリン、1962-1967年)]


一方後者の代表作品は、
シカゴフェデラルセンター、IBMビルディング、コモンウェルスアパートなど。


[シカゴフェデラルセンター]



[IBMプラザ]



[コモンウェルスアパート]


ミースの作品として有名なものはいわゆる前期の芸術的作品です。
(後期の工学的ソリューション作品も十分芸術的ですが...^^;)
その芸術性ゆえに個性が目立つのだと思われます。
しかしミース自身の目標は後期に工学的ソリューションに向かうように
最終的には形ではなく、空間(機能)へと向かいます。
建築に必要なのは芸術ではなく、あくまで機能なのだと。
ミースが最終的にたどりついた先は究極のモダニズムだった。
結局はそれが無個性化を顕著にし、それがけして良い兆候ではない、
ということが分ったところで時代はポストモダンへと向かいます。

ポストモダン建築はよく調べてないのでその実像はまだはっきり見えませんが、
モダニズムの問題点は見えてきた。

しかしだからといって今モダニズムが全く不要なわけではないと思う。
ただモダニズムだけではだめだ、というだけで
今でもモダニズムは必要だと思う。


ミースの功績はなんといっても高層建築を世界中に普及させたことでしょう。
その無個性化、マスプロダクトにマッチした工法により同じような建物が無数に建った。
しかし同じハコモノでも、シーグラムビルやレイクショアドライブほどの
美しさを持つビルはそんなに多くない。
21世紀になってさらに建築技術も進んでいるはずなのにそれらの美しさは
現代のビルディングに比べても引けをとらない。それはなぜなのだろう?

...たぶん思い入れの差なのだと思う。
マスプロダクトにマッチして簡単に建てられる、というモダニズムの性格に甘んじて
人々は簡単に建物を建ててしまった。ミースほど厳格に突き詰めなかった。
もちろんそこには「儲けなければならない」という資本主義理念も働いたでしょう。
全てのビルをミースのように建てていたら、経済は破綻してしまう。

問題はモダニズム自身ではなく、モダニズムを利用する人間、社会側にある。
まあ問題はいつだって人間側にあるものでしょうけど。


ライトによって開かれたモダニズム建築の門は、
コルビュジエによって多彩化、多様化され、
ミースによって究極の域まで高められた。

モダニズムがどんな問題を抱えていたとしても、
時代がポストモダンへと向かっているとしても、
彼らの偉業が薄められることはない。薄めてはいけない。
問題があるとすればそれは彼らの意思を引き継ぎ、今を生きる我々にある。


...とまあいろいろ長々と書きましたが、所詮は素人の机上の妄想。
ライトの建築はまだグッゲンハイム美術館、自由学園明日館くらいしか見たことないし、
コルビュジエの建築は上野の西洋美術館のみ、
ミースにいたってはまだ書籍や映像でしかその作品を見たことがない。

2007年にニューヨークに行ったときはまだシーグラムビル知らなかったし。


この目で実際の建物を見てみたい。
もっともっとたくさんの建物を見たい。

...がその前にもう少しライトやコルビュジエに関する本と
ポストモダン建築に関する本を読んでおきたいな。



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