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2009年6月21日

Felix Candela―フェリックス・キャンデラの世界

建築デザイン/ 読書

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フェリックス・キャンデラ。

1910年スペイン生まれの構造家。
スペインで建築の基礎を学んだ後、ドイツ留学を目の前にしてスペイン内戦勃発。
フランコの敵対政権についたため、敗戦後メキシコへ亡命。
そしてこの亡命先で花開くわけです。


世界の現代建築の潮流を大雑把に分けると、
バウハウスに端を発するゲルマン系と、ガウディに端を発するラテン系に
大きく分けられると思うのです。
ちゃんとした根拠ではなく、あくまで僕の主観的な感じ方ですけど。

ゲルマン系はドイツの国民性に代表されるかのごとく、
スマートな直線で構成された白系統の建築で、
モダニズムの主流をいくもの。
中央ヨーロッパ、北欧、アメリカ、日本など「北方」がメイン。

一方ラテン系は、
ユニークな曲線でカラフルな建築で独創的。
スペイン、メキシコ、南米など「南方」がメイン。

北のスマートな建築も大好きだけど、
自分が本質的に好きなのは南の建築だと思う。

ガウディ、カラトラバ、ニーマイヤー、バラガン...
南の建築を代表する建築家はどれもどこかプリミティブなところがある気がするから。
しかし彼らは天才肌でもあるからなかなか真似しようとしても真似できないのだけど。

キャンデラも例に漏れず偉大な天才だったようです。

スペインで建築を学んでいた当時、すでに同じ国内で活躍していた
エドゥアルド・トロハに惹かれるも冷たくあしらわれ、
ドイツ留学が決まっていながらも内戦勃発でおじゃんになるという
不遇に遭いながらもそれを好機とするポジティブさ。
たぶんトロハに師事し、ドイツに留学していたら
その後の彼の名声はなかったのかもしれない。

彼自身新しい技術や素材を開発したわけではないけれど、
すでにあるものを活用して独創的でありながら汎用性のある建築を生み出した。
また当時発展途上だったメキシコでは設計だけの仕事はなく、
設計から施工までこなせなくてはならなかった状況が
彼をトータル的なオールラウンダーにした。

HPシェルにこだわり、
極限までその厚さを薄くしながらも強度を保ち、
全体の意匠としては曲線なのに基本要素は直線で構成できるので
独創的な形を生みながらも経済的である。
複雑な計算のみに頼らず、シンプルな数式から答えを見出そうとする一方で、
エンジニアにありがちな論理的思考最優先という考えではなく、
自身の「感覚」を大切にしようとするそのスタイル。


...まさにHPシェルの大家という称号がふさわしい。



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本書は建築家・齋藤裕氏監修。

冒頭は氏をはじめとしてフェリックス・キャンデラ自身、
オーヴ・アラップ、川口衛(構造家)、フライ・オットー(建築家)、
三宅理一(建築史家)らの言葉が並び、
そして最後に日本の構造設計の大家、
佐々木睦朗氏のキャンデラへのインタビューで締めくくられる。

ネルヴィは、ローマのパンテオンを見て育ち、組積造を軽いコンクリートの表現に変えてドームの大空間をつくることを提案した。キャンデラも、町中に放物線が建ち並ぶスペインで育ち、ドームやヴォールトへの憧憬が強かったのは確かであり、ネルヴィと同様にコンクリートを使って軽い表現を目指した。とはいえ、ふたりのあいだには根本的な違いがある。ネルヴィのおはこであったドームはいうまでもなく半球型であり、形態自体は大きく変えられず自由度がない。他方キャンデラは形態の根本に組積造を置くことはなく、むしろそこから一歩抜け出ようと志向した。「大切なのはシェイプだ。適切なシェイプをデザインすることだ」と何かにつけて口に出す。彼の目は形態の冒険に向いていたのである。そして実際にその主張を証明しつづけた人でもあった。(齋藤裕「丸い卵と割れた卵」より)

同時代の構造の大家、ネルヴィとの違いが分かりやすく述べられています。


計算というものは、たとえそれがどんなに洗練されていようが複雑であろうが、数式を用いて表そうとした自然現象のただの概算でしかないではないかということです。複雑な数式、あるいはエレガントに見える数式自体は、自然現象にどのくらい近づいたかという程度とはなんら関係がないのです。記号として書かれたものへの信仰が流布しているにもかかわらず、計算の正確さとは、いまだ個人的判断における問題なのです。絶対的に正確であって唯一の方法というものは構造分析にはありません。これは幸運な状況であって、時にエンジニアリングを高次なアートの領域にまで高めます。そのとき、愚鈍で頭の固いテクニシャンは、もうお手上げです。(フェリックス・キャンデラ「マイヤールの遺産」より)

キャンデラが計算至上主義ではなく、
人間のプリミティブな感覚を大切にする姿勢が伺えます。

ロベール・マイヤールはキャンデラが信奉する、
コンクリート構造に新しい形態を与えた先達です。


キャンデラはコンクリートを・シェルを発明したわけでも、HPや幾何学的形態の先駆者であるというわけでもない。大規模なシェルを建設したり、理論的分析に多くを貢献したりしたのは、彼ではないほかの誰かであった。しかしシェル構造のわくわくするような多様性に関しては、彼の功績を認めることについて異論を唱えることはできまい。いかにしてこのような成果を導きだしたのか、それを理解しようとするのは意義あることである。~(中略)~キャンデラは自分のデザインのすべてを支配する幸運な立場にある。コントラクターとしては、手の届く建設技術のコストを知っている。新しい理論を考えだすとき、彼の頭のなかにはつねに建設方法や経済についての見解がある。だが彼のデザインは、よくある程度の低いコントラクターのそれとは似ても似つかぬものだ。彼はひとりのエンジニアとして、材料をぎりぎりまで落とすよりも、革新的な技術を用いて経済性を獲得することを目指す。しかし必要以上に難しいものをつくろうとはしない、それは優美さを失うかもしれないからだ。エンジニアの地平を開拓し、コントラクターとしての視野をも広げたキャンデラは、両方の地面に足をつけている。構造理論に対する彼の態度は独特である-手段として構造分析を使う価値を認め、知的挑戦と鍛錬を楽しんでもいるのだが、その限界については意識的である。(オーヴ・アラップ「フェリックス・キャンデラという人」より)

さらに、

1945年以来、多くの建築家とエンジニアがシェルを手掛けてきた。だが、最終的に名人といわれる域まで達したのは、唯一フェリックス・キャンデラだけである。彼はシェル構造に多くの発見をもたらし、新しい形態や構造の方法をつくりだした。さらにHPシェルへ傾けた精力は、卓越した演奏を奏でる彼だけの楽器へとそれを昇華させたのだった。(フライ・オットー「キャンデラについての主観的考察」より)

HPシェルの形そのものは自由曲線ではなく、幾何曲線であり、
オリジナリティがあるものではない。
彼のオリジナリティとなっているにはHPシェルの内外にある無限の要素を
適材適所で選択し、組み合わせ、実際に成立させたことにあるのでしょうね。

どうしてその後、彼のようにチャレンジする人が現れなかったのだろう?


彼は数学を得意とし、シェル理論の理解のためによく勉強もしたが、これに深入りすることはしなかった。彼は、シェル理論のなかではもっとも単純な「膜理論」のみを用いて設計を行っている。膜理論が都合よく適用できる場合というのは極めて限られているから、キャンデラはいわゆる「計算理論」をまったく用いないで設計したほうがはるかに多かったとさえいうことができよう。シェル理論に深入りしなかったことは、彼のシェル構造を豊かに花開かせるうえで重要なことであったと考えられる。(川口衛「ふたたび、そして初めてのキャンデラへ」より)

さらに。

キャンデラにとってのシェルは従来の壁式の建造物となじむことはありえない。わずか1.5センチから4センチ程度の薄い膜が、いわば天上の覆いとしての役割を果たし、そこに生成する崇高なる場所が人間のあらゆる知覚作用の覚醒をともなって空間の理想的状態へと変質してゆくのである。コンクリートの粗い肌に色鮮やかなステンド・ガラスの透過光映り込む姿は、ロンシャンにおけるル・コルビジェのような潜在的な幾何学ではなく、顕在的な純粋幾何学こそ唯一建築の救いをもたらすというキャンデラの信条を雄弁に物語っている。ヴェンチャー企業を率いてある種の冒険に挑んだ施工者としてのキャンデラと、直感的洞察と数学との統合を追い求めた構造家としてのキャンデラというふたつの人格が、短い期間に仕上げられたひとつひとつの建築作品に深く刻み込まれたのである。論争的でどこか排他的な性格をもちながら、徹底した排除の法則ゆえに、極めて詩的で気宇壮大な美学に辿り着いたということもできるだろう。(三宅理一「純粋表現としてのシェル」より)

ここでも感覚を大事にするキャンデラの姿勢が伺えます。


サーリネンのダレス空港(1962年)は高く評価しています。見ただけで構造がどのように作用しているかが理解できるものだからです。ですが、TWA空港は浪費的な構造だと思いますね。形(シェイプ)とともに仕事は行なわれるべきです。しかも、単に恣意的なものではなく、意味をなす形で、ということです。数学が好きな理由は、シンプルな数式で問題を解くことができれば操作しやすくなるからです。正しい軸を選べればHPはもっとシンプルな二次方程式で表すことができます。このことは、ほかの面が抱える厄介な問題である膜応力の釣合方程式積分を容易に可能とするのです。さらにHPの素晴らしい特質は、2つの直線群から成り立っているので、直材を使って形成できるということです。鉄筋コンクリートのドームについては、厄介で不経済な型枠作業となるうえ、私にとっては退屈な形態です。(佐々木睦朗「それは、シェイプです-形への絶対優先」フェリックス・キャンデラへのインタビューより)

「フォースと共にあらん」ならぬ「シェイプと共にあらん」は名言ですね。
ソフト至上主義の現代社会においてはなおさら貴重な言葉だと思います。

見えないもの(=本質)を理解するにはやはり見えるかたち=シェイプにする必要がある。


冒頭のおよそ50ページに濃いエッセンスが詰まっていました。


さて、作品の中で気に入ったもの。
掲載順に。

注) 画像はすべてネットから拾ってきたものです。本書中のものではありません。


サンタ・モニカ教会(1960年)。

本書の表紙にもなっている建物。
外観よりは内観の美しさが際立っています。
当初は無色透明のトップライトだったのがあとで黄色に変更されたということで、
一面黄色の内部が幻想的なのですが、
ネットで探す限り黄色い内部写真は見つからなかった。

60度に傾いた巨大な柱から花火のように拡散する壁と黄色の色彩は
一見派手のようにも感じるのだけどなぜか教会の荘厳な雰囲気にマッチするんだよね。


イグレシア・デ・ラ・ヴィルヘン・ミラグローサ教会(1953年)。

80枚のシェルが合掌するように組み合わされた教会。
半日でデザインしたとか。...まさしく天才。
ねじれたような柱もどこかしらプリミティブな感覚に訴えかけるものがあります。


バカルディ壜詰め工場(1959年・1971年増築)

3連2列の鞍形交差HPシェル構造。
基本要素は直線でありながら全体として曲面を構成できる、
という不思議な曲面であるHP面は崇高的な雰囲気を持つ教会にぴったりで、
キャンデラも教会を多く手掛けているわけですが、
工場という現代文明を象徴する建物にもまたぴったしマッチするから不思議です。


ヌエストラ・セニョーラ・デ・グアダルーベ教会(1961年)。

直径45mの円形プランで8枚のHPシェルがシンメトリーに配置されています。
中央が尖塔となって高い空間となる構成はサーリネンのノース・クリスチャン教会
丹下健三の東京カテドラルに通ずるものがありますよね。


サン・ヴィセンテ・デ・パウルの礼拝堂(1959年)。

こちらは三角形のプランです。


宇宙線研究所(1951年)。
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(出典:Wikipedia)

キャンデラの存在を一躍世に知らしめた建築。
キャンデラのシェル屋根はどれも平均4cmと薄いのが特徴。
この厚さはスケール的には自然物の貝殻よりもなお薄い、というから
それだけでも驚きなのですが、この研究所は宇宙線通す必要があるため
一番薄い頂部ではなんと1.5センチという驚異的な薄さを実現しており、
現在でも「世界でもっとも薄い恒久的コンクリート建造物」なのだとか。


クエルナヴァカのオープン・チャペル(1958年)。

変形させず経済的に実現できるHPシェルの最大スパンは30m。
キャンデラの経験則から導きだした値だそうですが、
その最大スパンを使ったオープン・チャペル。

原爆ドームの祈念碑(丹下健三)を大きくした感じですかね。
この不思議な曲面が直線で構成できるというのだからホント不思議です。


地下鉄「キャンデラリア」駅。

キャンデラは「アンブレラ」と呼ばれる1本の柱とHPシェル屋根で構成されるユニット
を開発してユニークな空間を経済的、効率的に実現したことでも有名です。
キャンデラリア駅もそうした「アンブレラ」で構成される空間。

中世ゴシック教会のヴォールトにも似て不思議な空間となってますよね。


スポーツ・パレス/メキシコ・オリンピック屋内競技場(1968年)。

球体四辺形のドーム。
世界でもっとも大きな銅葺き屋根の建物だそうです。
直径192m、高さ45mという大空間はHPシェルで実現できる最大スパンを
はるかにオーバーするスケールなのでメイン構造はスチール・トラスのアーチで構成し、
HPシェルは二次的な屋根システムとして使われています。

屋根の骨はスチール、その表皮を銅で葺いて覆い、
その屋根を煉瓦の壁で持ち上げ、
さらにその壁をコンクリート・トラスのバットレスで支える様はまさに圧巻。
ネルビのスポーツ・パレスとはまた違った雰囲気を醸し出しています。

アングルによってはナウシカに登場するオームにも見えるのがまた好き。


ソチミルコのレストラン「ロス・マナンティアレス」(1957年)。

キャンデラの存在を知ったのは、
バレンシアの芸術科学都市にあるオーシャン・グラフィックでした。

これはこのロス・マナンティアレスをキャンデラ最晩年の1997年に復元したもの。

8個のHPシェルを環状に配置されたプランは、
天から舞い降りた布のようにも、水辺に咲く花のようにも見える。
HPシェルによる梁を必要としない「フリー・エッジ」が一際この建物を美しく見せる。

「自他共に認めるキャンデラの最高傑作」としながらも、
ページの最後のほうに記載され、ページ数も少なく写真もモノクロ1枚のみ。

ネットで探しても、綺麗な写真はなかなか見つからない。
良い状態で保存されていないのでしょうか。


1960年代半ば以降コンクリート・シェルは急速に衰退していきます。
キャンデラの意思を継ぐものは現れず、社会もそれを求めなくなった。
天才を真似ることはできない、ということだろうか。
経済的に効率的に建てることができるものであっても、
その形は効率性を象徴するものではないから社会はその形を求めなくなったのだろうか。

でもゲーリーやザハの登場、自然回帰の声が高まる21世紀においては
キャンデラは再評価されるに値する建築家ではないだろうか。


その意味でキャンデラは「過去の建築家」ではないと僕は思います。

自然の持つ、「正しい曲面」。
これからの建築にはキャンデラの目指したその曲面が再び必要になる。
...そんな気がしてなりません。



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