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2007年11月24日

デザインのデザイン【原研哉】

情報デザイン/ 読書

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「デザインのデザイン」やっと読みました。
前から読もう読もうと思いつつ、ようやく読めた一冊。


原さんはHAPTICSENSEWAREでその存在を知ってましたが、
僕が原さんに対して持っていたイメージは、

 「シンプルでハイセンスなデザインをする、それでいてテクニカルなアートディレクター」

という感じでした。


本書で原さんは自らをグラフィックデザイナーだと言っていて少し意外な気がしました。
そしてグラフィックデザイナーも悪くないな、と思ったりしました。
それほどこの本は僕に強い影響力を与えた。
深澤直人さんの「デザインの輪郭」並みに強い影響力。


深澤さんが感覚的なアプローチとすれば、原さんは論理的なアプローチで
デザインを語られている気がしました。


キーワードは「リデザイン」。
そこに原さんの語るデザインの本質がある気がした。



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[SENSEWARE展での原研哉氏]


自分はあまり「クリエイティブ」という言葉が好きじゃない。
そこには「ゼロから新しいモノを作りだす」というニュアンスがあって、
自分はどうもそういうことには向いてない、興味がない、と思うから。
だから自分はクリエイターになりたいとは思わないし、そう呼ばれたいとも思わない。

もちろんデザインにはクリエイティブな部分もある。
というよりクリエイティブな部分が目立つ職能だと思う。

しかしデザインはクリエイティブな部分だけではないし、
デザインの本質はクリエイティブかどうかにあるのではない、と思う。
いや、クリエイティブはクリエイティブなんだけど、
「ゼロから新しいモノを作り出すこと」だけが「クリエイティブ」なのではない、
といったほうがすっきりするかな。


ガウディは言った。

「創造するのではない、人間が作りだすものはすでに自然という偉大な書物に書かれている。」

この言葉は自分の「クリエイティブ」に対する考え方が間違っていない、
という自信をつけてくれ、本書はさらにその自信をゆるぎないものにしてくれた。

さらに。
これまでなぜなのかその根拠も分からぬまま、
自分の感性に導かれるまま読んだいくつかの本から得た知識がこの本でリンクしたりした。

たとえば茂木健一郎「クオリア入門」ででてくるキーワード、
「クオリア」「アフォーダンス」という言葉が本書でも登場してきます。
本書では「アフォーダンス」を、

「行為と結びついている様々な環境や状況を、総合的かつ客観的に観察していく態度」

と解釈し、深澤直人がアフォーダンスの発想に近接したポイントに
着目するデザイナーとして紹介されたりしています。


さらに自分はここ2,3年における経験で、
「物事を受け入れることが大切」ということを痛感し、信条としてきましたが、
これも本書では裏づけしてくれてる気がした。
これは日本の国柄を解説している第六章でそう思ったわけですが。

日本という国柄を考えるとき、どうしても自分はこの国に無個性さを感じてしまうのです。
東京ほど多種多様な世界文化が混在している街もない。
料理一つとってみっても、
和食はもちろん、中華、エスニック、イタリアン、フレンチ...
世界でこれだけの料理が食べられるところはないでしょう。

しかし日本は無個性が個性な国なのだ。
資源の乏しいこの国は異国の文化を「受け入れる」ことで成長してきた。

受け入れることの大切さを再認識させてくれると同時に
ただ受け入れるだけでなく、受け入れることで自分の「芯」を自覚し、
見失わないでいることの大切さも本書では教えてくれた気がしました。


答えは新しくゼロレベルから浮かんでくるのではなく、
これまで歩んできた道のりの中にある。
それを強く感じさせられました。


印象に残った言葉。

何かを分かるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ知っていたはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。(まえがき)

ここにも「リデザイン」のコンセプトが垣間見える気がしませんか?
「知っていたはずのもの」を未知なるモノに捉えなおす、という点において。


アートは個人が社会に向き合う個人的な意志表明であって、その発生の根源はとても個人的なものだ。...中略...一方デザインは基本的には個人の自己表出が動機ではなく、その発端は社会の側にある。(第二章)


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新たな発見と感動としては無印良品と愛知万博の話。
無印良品のコンセプトとそれを伝えるためにわざわざ南米ボリビアまで
見渡す限りの地平線を撮りに行ったというポスター。
その大地に立つことで見えてくるものはなんなのか。
ポスターではなく、現地での風景をじかに見てみたいと思いました。

愛知万博のほうは万博計画に原さんが関わっていたという事実に驚き、
これからの未来は自然との共生が大事だという当初の万博のコンセプトに
感銘を受けると同時に、大衆の短絡的思考に失望もしました。
デザイナーは時代の牽引者であると同時に大衆は必ずしも優れた思想に
反応良くついてきてくれるものではない、という
レイモンド・ローウィ「口紅から機関車まで」での言葉の意味をあらためて
感じることができました。


本書後半ではおもに「情報」というキーワードが語られるわけですが。
これまで正直「情報デザイン」とはどういうものかよく分かっていなかった。
現在大学の授業で空間デザインの実習をしているわけですがこれも
なぜだかよく分からない。

情報も空間も形がない。
形がないものほどその実体をつかむことが難しい、ということなのか。

原さんは情報デザインを説明するものとして「情報の美」という言葉を用い、
それを実現するための要素として、「分かりやすさ」「独創性」「笑い」の3つを
挙げています。

「分かりやすさ」はシンプルさを、「Simple is best」を、
「独創性」はただシンプルなだけでは不十分だということを、
シンプルに加えるべきプラスアルファを、
「笑い」は理解されているかどうかを知るためのバロメータであることを、
わけの分からないものに対して笑い=快適性は起こらないということを
それぞれ教えてくれるもの、ということか。


形あるデザインと形のないデザイン。
両方できるデザイナーになりたいものです。

デザインの素晴らしさに再度触れることができた気がした一冊でした。
これぞリデザイン。


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