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2018年11月 アーカイブ

2018年11月11日

ムンク展ー共鳴する魂の叫び【東京都美術館】

アート / 展示・イベント

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久々の東京出張。
帰りの飛行機までの時間を利用して、久々のお江戸での美術鑑賞。


...というわけで東京都美術館で開催中のムンク展に行ってきました。

特にムンクが好き、というわけでもなくて、
上ので開催中のフェルメール展、ルーベンス展、六本木で開催中のボナール展など、
場所の成約と好みをいろいろ検討した結果、消去法で残ったのがムンク展と、
三菱一号館美術館のフィリップス・コレクション展でした。
結果的にはこれが大当たり。


「叫び」は世界で最も有名な絵画の一つであり、
故国ノルウェーでは国民的画家として讃えられているエドヴァルド・ムンク。
40代にはすでにその画業は社会的に認められるようになっており、
画家としては成功した部類に入るでしょう。

しかしなぜ、彼の絵はこんなにも悲しみに満ちているのでしょうか。


ノルウェーのクリスチャニア(現オスロ)の北に位置するローテン村で、
軍医だった父クリスチャン・ムンクと母ラウラの間に生まれたムンクは、
結核により母と姉を幼くして失う。
女運も悪く、恋人とのいざこざの末に左手の指の一部を失ってしまう。
幼少時に大切な家族を失うという経験と、恋人との破局により
アルコールに依存するようになり、ついには精神的にも異常をきたすようになる。
この危機を画業の成功でなんとか乗り切るが、
ナチス・ドイツが台頭してくると、頽廃芸術として作品押収され、
戦争を避けるようにひっそりと作品を描き続けるが、
ナチスの爆撃で家の窓が吹き飛ばされ、その寒さにより気管支炎を患い、
生涯独身を貫いた画家は自宅で一人息を引き取った...


画家としては成功したが、彼の人生は決して恵まれたものではなかった。

彼の人生ははたして幸福なものだったのだろうか。
彼自身、自分の人生に悔いは残らなかったのだろうか。


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2018年11月 7日

ゲルハルト・リヒター 14枚のガラス/豊島【愛媛県上島町】

空間デザイン / アート

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Facebookグループでの投稿で知り、行ってきました。

アートの島「豊島」といえば豊島美術館のある香川のものが有名ですが、
愛媛にも「豊島」があるんです。
香川の豊島が「てしま」と読むのに対し、愛媛の豊島は「とよしま」と読みます。

愛媛の豊島は現在は無人島となっています。
そこにゲルハルト・リヒターの美術館があります。
香川の豊島に比べるとちょっと寂しいですが、
無人島にある美術館ってなかなか雰囲気あっていいものです。

美術館と言っても、建物の中には190センチ×180センチの透明なガラス板が14枚、
約8メートルにわたって並べられているだけ。
14枚のガラスは一見平行に並んでいるように見えますが、
少しずつ角度を変えてハの字状に並んでいます。
リヒターによるガラスの立体作品としては、最後にして最大のものだそうです。

陸側からは先が見通せるけれど、海側から見ると先が見通せないという
マジックミラーのような不思議な空間。


リヒターはどのような想いでここにこの空間を創ったのでしょうか。


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2018年11月 4日

黒潮に 男ありけむ 八幡船【因島水軍城|広島県尾道市】

空間デザイン

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しまなみ海道の島の一つ・因島にある因島水軍城に行ってきました。

どうしてもここに行きたかった、というわけではなくて、
この後のお目当ての場所に向かう船の出発時間までの間、
どこか行けるところないかなあ...と探してて見つけたのがここ。


南北朝時代に村上師清という人物が天皇の命により瀬戸内に入り、
因島に24もの城を築きました。
師清には三人の息子がいて、長男・義顕は能島を、次男・顕忠は来島を、
そして三男・顕長を因島に配置しました。
これが村上水軍のはじまりです。

村上水軍はいわゆるパイレーツ(海賊)のような野蛮な強盗団というよりは、
自衛隊のような専守防衛を旨とする治安維持組織であったと言われます。


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2018年11月 3日

広島平和記念公園2018【丹下健三|広島県広島市】

建築デザイン / 空間デザイン

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広島滞在最終日。
最後はやっぱり平和記念公園。

前回訪れたのは2011年3月
実に7年ぶりの訪問です。


「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命を奪います。戦争は死そのものです。
 過去を振り返ることは将来に対する責任をになうことです。
 ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。
 ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです。」


広島出身であることを心から誇りに思います。


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