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2017年4月 アーカイブ

2017年4月25日

春の天赦園【愛媛県宇和島市】

空間デザイン

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宇和島市の天赦園。
宇和島藩の七代藩主・伊達宗紀(むねただ、号:春山[しゅんげん])が1866年につくった隠居所です。
池泉回遊式庭園であり、昭和43年に「名勝」の国指定を受けました。
「天赦園」という名前は伊達政宗公が隠居に際し群臣たちに示した述懐の漢詩に由来します。


先月の初訪から1ヶ月。

天赦園のオフィシャルブログを見ていたら、
一番の見所の白玉上り玉藤が23日ごろにピークを迎える、というので
夜勤明けの日曜日、眠い目をこすりながら一路宇和島へ。
日曜日で天気も快晴、ということもあって前回よりたくさんの人でにぎわってました。

たった1ヶ月で園内は色とりどりの花が咲いていて、劇的に雰囲気が艶やかになっていました。


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2017年4月24日

明日ありと思う心の仇桜・春宵一刻値千金【伊予路の春 2017】

空間デザイン

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[谷上山(伊予市)の桜]


一昨年、昨年はいろいろといっぱいいっぱいでほとんど春の景色を撮れなかったのですが、
今年はまだまだ混迷状態が続くものの、だいぶ心に余裕ができたこともあって、
そこそこ出歩いて春の息吹を感じることができました。

というわけで、伊予路の春の風景をまとめてみました。

今年は例年に比べて全体的に花の量が少ないような気がしますが、
それでもやはり、色とりどりの花が次第に花を開かせていくさまは、
心がワクワクするものです。


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2017年4月 8日

東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展【茨城県近代美術館】

アート / 展示・イベント

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茨城県近代美術館で開催中の東山魁夷展に行ってきました。

唐招提寺御影堂が平成の大修理で2015年から調査に入っていますが、
修理計画の見通しが立ち、いよいよ工事に着工します。
それに伴う氏の畢生の大作である御影堂障壁画が、
茨城県近代美術館と豊田市美術館で公開されます。
(茨城県近代美術館は4/2をもって会期終了、豊田市美術館は4/22〜6/11で公開予定)

ミュシャのスラブ叙事詩がどうしても見たくて上京したのですが、
当初は5月のGW明けに行く予定でした。
それが仕事の都合で3月末に行くことになって、この一連の障壁画を見ることができた。

これも一つの縁なのでしょう。


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2017年4月 6日

藤森照信展 自然を生かした建築と路上観察【水戸芸術館】

建築デザイン / 展示・イベント

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水戸芸術館で開催中の藤森照信展に行ってきました。

2008年の松井龍哉展以来、じつに9年ぶりの水戸芸術館。
磯崎新が手がけたその空間は、相変わらずの存在感でした。
そして本展もそんな存在感溢れる空間に見合う、濃い建築の展示でした。

藤森さんの展示ですが2007年のオペラシティアートギャラリーでの展示以来、
10年ぶり二度目の鑑賞となります。
実際の建築も、ワイルドなその風貌はスマートな都会の街並みに合わないせいか、
地方に多いため、なかなか訪れることが叶わず。
昨年、ようやく神勝寺の中の「松堂」に訪れることができたくらい。


藤森さんの建築は、現在主流になっているモダニズムの延長にあるスマートな弥生式の建築とは
対極にある縄文式建築です。
できるだけ直線から離れ、幾何学から離れ、無機質から離れるオーガニックなものです。
ただ、それはモダニズムを知らないとか、嫌いだとか、批判するといったヘイト要素から
出発するものではなく、元は建築史家という立ち位置から過去の様式を研究し尽くした上で、
現在の延長線上の未来の建築がより良い姿であるように模索したものだと思うのです。


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2017年4月 4日

古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり【偕楽園|茨城県水戸市】

空間デザイン / アート

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「古の人は民と偕(とも)に楽しむ、故に能く楽しむなり」(孟子)

東京でミュシャ展並河靖之展の二つの展示をはしごした後、急ぎ水戸へ移動、
駅周辺のホテルに宿泊した翌朝。

水戸で二つの展示をはしごする前に、偕楽園に行ってきました。
1月にNHKで放送された「ブラタモリ」をみて、行きたいなあと思っていたところに、
急遽決まった上京計画。
これはもう、行くっきゃない、と。

水戸の偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園と並ぶ日本三名園の一つで、
天保13年(1842年)に水戸藩第九代藩主、徳川斉昭公が、
「領民と偕(とも)に楽しむ」場にしたいと願い創設しました。

斉昭公は陰陽の調和の大切さに重きを置き、
陰陽の調和を図ることを「一張一弛」(弓を張ったり、弛めたりすること)を例にして示し、
勤労と休息の適切さが治世の要点であることを強調しています。
学びの場である弘道館に対する休息の場として偕楽園は創設されました。


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2017年4月 3日

並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性【東京都庭園美術館】

アート / 展示・イベント

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アール・ヌーヴォーの展示に続いてアール・デコの館へ。

3年ぶりの東京。
ミュシャ展終了後、同じく国立新美術館で開催中の草間彌生展を
限られた時間の中で少しでも多く懐かしい場所を回りたい、ということで
断腸の思いであきらめて、目黒の東京都庭園美術館へ。
並河靖之の超絶技巧の七宝の数々を見てきました。

自分は格別焼き物に詳しいわけではないし、
並河靖之という七宝家もこの度はじめて知りました。

それでもこの展示を見る気になったのは、
やっぱり東京都庭園美術館という懐かしい場所を訪れたかったから。
在京時代は、お気に入りの空間としてよく訪れました。
愛媛に移住後に新館ができたと聞き、また行きたいなあと思いつつ月日は流れ、
今回の展示が終わった直後から11月までのおよそ半年間、
本館のバリアフリー対応工事でまた全面休館するとのことで、
ミュシャ展と合わせて見ておきたいなあ、と。


「庭園美術館」というくらいなので、庭園が売りの空間なのですが、
一番のおすすめは旧朝香宮邸として建てられた本館。
現在は美術館となっていますが、当時のアール・デコ様式を色濃く残しており、
建物自体が大きな美術作品となっています。


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2017年4月 2日

超大作《スラヴ叙事詩》全20作チェコ国外世界初公開・ミュシャ展【国立新美術館】

アート / 展示・イベント

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たどり着いたのは、故郷への想い。


三年ぶりの東京。
まずは国立新美術館で開催中のミュシャ展に行ってきました。
今回の目玉はなんといっても全20作の超大作「スラヴ叙事詩」。

アール・ヌーヴォーを代表するチェコのデザイナー、アルフォンス・ミュシャ。
派手で華やかな女性のポスターで有名なミュシャですが、
デザイナーとしての成功の末にたどり着いたのは、
故郷への想いを画家として表現することだった。

その想いの結晶が晩年の16年という月日を費やして制作された「スラヴ叙事詩」。
スラヴ民族にまつわる歴史、寓話や神話を題材とした全20作の絵画。
大きいもので一辺が縦6メートル、横8メートルにも及ぶ巨大絵画の数々は、
華美なデザインとは程遠く、静謐だが言いようのない迫力を感じさせるものだった。

ミュシャは当時諸外国からの圧政に苦しめられていた故国の状況を憂い、
スラヴ民族の愛国心を鼓舞するために「スラヴ叙事詩」を描き上げましたが、
皮肉も制作中に故国はチェコスロバキアとして独立して自由を手にし、
ピカソなど抽象的な現代アートが台頭してきたこともあって、
完成時にはすでに時代遅れと評されるようになっていた。

ミュシャの存命中に「スラヴ叙事詩」全作品が公開されたのは、
チェコスロバキア独立10周年の1928年の1回のみ(正確には一点を除く全19作品)。
その後1939年にナチスの台頭によりチェコスロバキアは解体、
ゲシュタポに逮捕されたミュシャは厳しく尋問されたことが原因で体調を崩し、他界。

「スラヴ叙事詩」はプラハ市に寄贈される際に専用の展示場を建設する約束だったが
その約束が果たされることはなく、故郷の城中で夏の間ひっそりと展示されるのみで、
長い間世間から忘れ去られた。

2012年にプラハで再び全作品が公開され、
そして今回はじめて全20作品が国外展示されるわけですが、
長い間忘れ去られていたこの作品がなぜ今、公開されるに至ったのか、
その辺の事情は会場や図録からはうかがい知ることができませんでしたが、
いずれにせよ、日本で「スラヴ叙事詩」が見れるのは極めて稀有なことであり、
この機会を逃せば日本でこの作品を見ることはもうできないかもしれない。
そのような想いからどうしても見ておきたかった。


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