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2017年2月 アーカイブ

2017年2月20日

戦禍を生き延びたカオス建築・今治ラヂウム温泉【愛媛県今治市】

建築デザイン

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愛媛県今治市の今治ラヂウム温泉に行ってきました。
2016年に今治市の建造物としてははじめて国の登録有形文化財に指定された建物です。

3階建ての建物で、1階がラヂウム温泉、2階がバレエ教室、3階が青雲閣というホテルと
なっているのですが、2014年にラヂウム温泉が休業となり、
現在は利用されていない状況なのですが、歴史的価値を活かして再建を目指したい、
という所有者と有志の方々の働きかけで見学会が開催される、というのを
facebookでたまたま知り、急遽お邪魔してきました。

とはいうものの、戦前の一次資料が少なく、設計者や建設者などの詳細資料が乏しく、
現在建築家や文化財保護の専門家を中心に調査が進められているのだとか。

地元の材木商で財を成した所有者の祖先により建造、
建設されたのは大正8年〜昭和2年の間と幅がありますが、
仮に大正8年の時点で建っていたとすれば、
松山でもっとも古いRC建築である木子七郎設計の萬翠荘よりも古い建物になります。

設計者はオランダ人建築家らしい、というところまでは分かっているようで、
建築に詳しい方の話によれば、
オランダの近代建築の父と呼ばれているベルラーヘの作風に似ているそうです。

第二次世界大戦の今治空襲にも耐え、
一時は軍の施設として利用されていた時期もあったとか。
建物は最初RC2階建だったものを、
後に鉄骨造の3階部分と現在のバレエ教室部分が増築されましたが、
それによって建物外観はよりカオス感が増し、独特の雰囲気を醸し出しています。


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2017年2月19日

かつての日本屈指の海城・今治城【愛媛県今治市】

空間デザイン

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今治城に行ってきました。

今治城は藤堂高虎が関ヶ原の戦いの戦功に伊予半国20万石を拝領し、
1602年に築城を開始、1604年〜1608年に完成させました。

枡形虎口による鉄御門の強固な守り、
堀を二重三重に巡らせて、瀬戸内海の海水を引き入れて、
船が城郭まで入れるようになっていた日本屈指の海城でした。

Wikipediaによれば、築城当時に天守が建造されたかどうかの一次資料がなく、
その存在については諸説あるそうで、
現在の天守は1980年に多門櫓、武具櫓とともに再建された史実に基づかない模擬天守です。
その後1985年に御金櫓、1990年に山里櫓、そして2007年に鉄御門が再建されました。

現在は二の堀、三の堀は埋め立てられ、本丸と二の丸・三の丸を囲む堀のみですが、それでもこの壮観さ。

往時はさぞかし圧倒的だったことでしょう。
返す返すも廃城令という残念な施策が悔やまれます。


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2017年2月 8日

Loving Vincent

アート

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  Loving Vincent


もしもゴッホの絵が動いたら...

そんなコンセプトで作られている映画があります。
2016年中には公開予定だったみたいですが、
なにせ1秒の動画に12枚の油絵が必要で、80分の作品に仕上げるという
途方もなく労力のかかる作業のため、どうも完成が遅れているようです。


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2017年2月 7日

ハイヒール型の缶オープナー「CANGAL」

プロダクトデザイン


元ネタ:フジテレビ「優しい人なら解ける クイズやさしいね」


ピカピカのオシャレなハイヒール。
実はこれ、大きさ5センチほどの缶オープナーなのです。

男からすれば無用の長物なのですが、
ネイルをする女性にとってはネイルを傷つけずに缶を開けることのできるありがたい道具。

新潟県の石田制作所というところが作っているのですが、
職人が丁寧に全行程手作業で作っており、1日に4つしか作れないのだとか。
装飾のない、シンプルなもので値段は一個7500円程度から。

「缶を開ける」という機能だけ見れば、缶オープナーなんて高くても数百円程度ですよね。
そう考えると、ちょっと高い気はしますが、
スマホなどのアクセサリーとして身につけたいと思わせる見た目の美しさと可愛さ。
そこに一般的な値段より高くても買いたい、と思わせる付加価値がある。

そしてこれこそがデザイン。


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2017年2月 2日

現存する唯一の「葵の御紋」のお城【松山城・本丸】

建築デザイン / 空間デザイン

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2011年にはじめて愛媛に来たときに松山城に登った
そのときは時間の都合上、三の丸や二の丸をすっ飛ばして、本丸まで登ったものの、
天守閣の中には入らず引き返した。

それから6年。
ようやく松山城への核心へと迫る。

松山城はお堀に囲まれた平地部の三の丸、
勝山山麓にあって政務や藩主家族の居住場所であった二の丸、
標高132メートルの勝山山頂部に建てられた本丸が、
南西から北東へと斜めに連なる平山城です。

築城は1602年に加藤嘉明により取りかかるが、
完成前に会津藩へ転封となり、二代目城主となった蒲生忠知により
二の丸・三の丸を含む平山城・松山城を完成させたものの、
子供がいなかったため蒲生家は断絶、松平定行が三代目藩主となり、
以後明治維新までの235年間松平家が城主を務めた。
天守は1784年の落雷で一度焼失し、ペリーの黒船来航の翌年(1854年)に再建されました。
それが現在の天守。

現在日本には12の現存天守が残っていますが、
松山城はその中で唯一、親藩である証の「葵の御紋」が付されたお城なのです。
そして現存天守の中でもっとも新しいものでもある。


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2017年2月 1日

日本一の大井戸がある庭園【松山城・二之丸史跡庭園】

空間デザイン

日本一大きな井戸だって。 井戸というよりもはや貯水池。 #ウォーキング #松山 #お城

Tadao Higakiさん(@tadaoh73)が投稿した写真 -


2011年にはじめて愛媛に来たときに松山城に登った
そのときは時間の都合上、三の丸や二の丸をすっ飛ばして、本丸まで登ったものの、
天守閣の中には入らず引き返した。

それから6年。
ようやく松山城への核心へと迫る。

松山城はお堀に囲まれた平地部の三の丸、
勝山山麓にあって政務や藩主家族の居住場所であった二の丸、
標高132メートルの勝山山頂部に建てられた本丸が、
南西から北東へと斜めに連なる平山城です。

築城は1602年に加藤嘉明により取りかかるが、
完成前に会津藩へ転封となり、二代目城主となった蒲生忠知により
二の丸・三の丸を含む平山城・松山城を完成させたものの、
子供がいなかったため蒲生家は断絶、松平定行が三代目藩主となり、
以後明治維新までの235年間松平家が城主を務めた。

二の丸の建物は明治維新後は一時期県庁として使われていたものの、
明治5年(1872年)に火災により焼失、270年の歴史に幕を閉じた。
その後は跡地に病院や学校が建てられていた時期もありましたが、
1992年、現在の二之丸史跡庭園が整備・開園し現在に至ります。


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