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2010年12月 アーカイブ

2010年12月30日

ユルバニスム【ル・コルビュジエ】

建築デザイン / 読書

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今年最後の読書レビュー。

ル・コルビュジエの「ユルバニスム」。

毎回難解な文章に苦しめられながらも、何度も手を伸ばしてしまう。
それだけコルビュジエの建築が魅力的だということなのだけど、
日本にはコルビュジエの建築は国立西洋美術館しかなく、
イメージと言葉からしか彼の建築を知る手だてがない。

そしてやっぱり言葉からではコルビュジエの建築哲学はピンと来ない。


「ユルバニスム」とはいわゆる「都市計画」ということなのだけど、
僕はいまだに都市計画そのものがピンと来ない。
建築家としてのコルビュジエには大いにインスパイアされるのだけど、
都市計画家としてはよく分からない。

唯一実現した、チャンディガールにしても、
建物個々は魅力的ではあるけれど、
都市としてははたしてどうだったのか。


そもそも、成功した都市計画などあるのだろうか。
パリ、ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、そして東京...
それぞれの都市には個性があり、それなりの魅力があって、
それなりの光と闇を抱えている。


自然が人智の及ばない神の操作があるように、
都市にもそういう部分があるのではないだろうか。

完全な都市などない。
人智による完全な操作が可能な都市が実現したとして、
はたしてそういう都市に魅力はあるのだろうか。


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2010年12月26日

聖イグナチオ教会(カトリック麹町教会)【坂倉建築研究所|東京都千代田区】

建築デザイン

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初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。(アレルヤ唱 ヨハネによる福音)


大学で西洋の芸術をメインに学んでいることもあって、
今年は、よりキリスト教に関心を持つようになった。

信者ではなく、あくまで学者として。

自分にはまだ疑いの心がある。
疑いを晴らしてゆくには学んでいくしかない。

愛を知るには学んで、感じて、身に染みこませるしかない。


クリスマスは「キリストのミサ」の日ということを知って、
ワイワイ騒ぐよりも、静かに祈りたいと思った。
今月祖父が他界したこともあり、なおさらそう思った。


しかし。
たまの休みとなると、どうしても朝寝をして午睡を貪ってしまう。

ようやく出かけようと思って家を出たのはもう日も傾きかけた頃。
とりあえず一番近くの田園調布教会に行っては見たものの、
クリスマスだというのに聖堂が閉まっている。


あきらめきれず、前から行きたいと思っていた、
四谷の聖イグナチオ教会に行くことにした。


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2010年12月25日

Viva ! Christmas !!

空間デザイン

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主なる神はその子に父ダビデの王座をあたえられる...(中略)...いと高きところにおられる神に栄光あれ。地では御心にかなう者に平和あれ。(小説「聖書」第2章マリア)


本来、クリスマスは「キリストのミサ」という意味で、
キリストが地上に降誕したことを祝福するものであり、
それ以上でもそれ以下でもない。

「愛の日」であることは間違いないけれど、
恋人たちためでもなければ、家族のためでもない。
「人」のためであり、神に感謝するためである。
エロスではなく、フィロスでもなく、アガペの日なのである。


クリスマスツリーは知恵の樹の象徴である。
アダムとイヴが犯した最初の罪の象徴でもある。
木のてっぺんの星はベツレヘムの星であり、
クリスマスボールはリンゴである。


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2010年12月19日

クリムト&シーレ 〜世紀末ウィーン〜

アート

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[グスタフ・クリムト「接吻」1907-1908年](画像は大塚国際美術館の陶板画)

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[エゴン・シーレ「死と乙女」1915年](画像は大塚国際美術館の陶板画)


「文学と美術」の授業。

中村先生お得意の神秘主義、宿命の女(ファム・ファタル)、アンドロギュヌス
などのシリーズが終わり、その次のテーマが19世紀末のウィーン。


多民族国家によるオーストリア=ハンガリー二重帝国が成立するも、
初代皇帝フランツ=ヨーゼフⅠ世一代の短命政権に終わり、
皇太子の心中、皇帝の甥の暗殺による第一次世界大戦勃発...
と不安定な世情を反映して「死」「エロス」といったテーマが
世紀末ウィーンの芸術を支配する。


その代表格がウィーン分離派(ゼツェッション)を起こしたグスタフ・クリムト。
そしてクリムトに見出されたエゴン・シーレ。


エロスにおける芸術と娯楽の境界はどこにあるのだろう。


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2010年12月18日

松濤美術館【白井晟一|東京都渋谷区】

建築デザイン

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渋谷の松濤美術館へ行ってきました。

群馬県美での白井晟一展以来、すっかりファンになってしまった。


Bunkamuraを通り過ぎて、しばらく進んだ住宅地の中に
こぢんまりと紛れ込むように建っている。

東京タワーそばのNOAビルと同じように石壁が独特の雰囲気を醸し出している。
人を寄せ付けない荘厳さと同時に、人を惹きつける美しさがある。
そして凄まじい建築のエネルギーを感じる。


ちょっと残念なのはそのスケールと立地。
規模としては桜新町の長谷川町子美術館と同じくらいの小規模で、
周囲を住宅や電線で囲まれてしまっているのが非常に惜しい。

この建物はもう10倍くらいのスケールで荒野にぽつんと建っていてほしい。


どんなに良い建築でも、環境が不十分だとその価値も半減してしまう。

環境ってやっぱり大事だよね。


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2010年12月12日

ドミニク・ペロー 都市というランドスケープ【東京オペラシティ アートギャラリー】

建築デザイン / 展示・イベント

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卒業制作の最終プレゼンも終わり、久々の展示見学。

久々のオペラシティ。


ドミニク・ペローについては、
名前をどこかで聞いたことがある、という程度で、
どんな建築を手がけたかはまったく知らなかった。

自分のなかの直感が、この展示を見たいと思った。
...単純に名前がカッコイイ、という類のものだろうけど。

このカンは、当たったような、外れたような。

好みで言うならば、正直それほど好きな部類じゃないかも。
しかし、それなりに学ぶところはあった。


「人間を凌駕する自然の中に人は存在すると認識することは、
 人間のありようを定義することではないでしょうか」


建築とは、自らを守るための壁を築くことである。

しかし、その壁が外界から隔絶されるものであってはならない。
これまでの建築はあまりに外界から隔絶されてきた。
これからの建築は、外界から自らを守ると同時に、
外界と交流するものでなければならない。


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2010年12月10日

ソフトのようなハード【卒業制作最終審査会】

学業

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卒業制作最終審査会が無事終了しました。


結果から言えば、
言いたいことは言い、先生からの講評も概ね良好だった。
たぶん及第点はもらえた...はず。


会場が演劇学科のスタジオ、と大きなスペースだったことに加え、
最終審査会の最終日、ということもあり、独特の雰囲気の中、
いつも以上に緊張した。
時間配分など考える余裕もなく、
5分という制限時間内で一気に想いを伝え終えた。
時間オーバーの鐘は聞こえなかったので、多分時間内に発表を終えられたはず。


検討が不十分だった点もたくさんある。
あれもしたい、これも取り入れたい、と思いながら、
結局どちらも実現できなかった、なんてこともしばしば。
生来の計画性のなさ、要領の悪さが災いして、
せっかく組み上げたものをまたばらして何度も組み立て直したりもした。
人に頼ることが苦手で、全部自分で背負い込むタイプだけに、
この1ヶ月は精神的にも、体力的にもかなりきつかった。
ほとんど周囲に気を回す余裕もなく、一心不乱に制作した。

反省点は多々あるものの、やれるだけのことはやった...つもりである。


4年間の想いが、この作品に込められている。
たとえ、すぐには社会に伝わらなくとも、
これからの自分の「核」となる部分になるはずである。


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2010年12月 8日

最終決戦前夜

学業

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「こんなふううにさあ、やけくそに片づいている部屋って、あたし、苦手なんだ。芸術家としてはね・・・ああいう線にいらいらしちゃうの。壁だの床だの、部屋の角々のまっすぐな線よ、四角い箱になっちゃうでしょーお棺みたい。箱を消しちゃうただひとつの方法は、一杯ひっかけること。そうするとあの線がみんなゆらゆら揺れだすから、この世が愉しくなっちゃうんだ。ものがみんなまっすぐで、こんなふうにキチーンとしてると気味が悪くなっちゃう。ゾォーッ。あたしがここに住んだら、しょっちゅう酔ってなきゃだめ」(ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』)

酒が飲めない僕は...


ふと気づけば、卒業制作最終プレゼン前夜。


卒制の最終追い込みと祖父の葬儀が重なりながらも、
なんとか作品の最終提出を完了。
その後はその疲れと引きはじめの風邪にやられて丸三日家で寝てました。

今週頭から各コースで最終発表がはじまっていて、
月曜日がビジュアル、火曜がデジタル、と続き、今日水曜日はプロダクト。
体調もだいぶ回復してきたし、身体を臨戦態勢にしておきたい、
という意味もあって、プロダクトの発表を見にいくことに。


思えば、明日がこの学校で行う最後のプレゼンだな。

怖いのは酷評されることじゃない。
やれるだけやったことを出し切れずに終わってしまうこと。


二十年前の高専、六年前のデジハリでの中途半端な卒制にケリをつけなければ。
三度目の正直で。


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2010年12月 5日

卒業制作最終提出!

学業

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12月1日深夜零時過ぎ、祖父が他界しました。


...実に卒業制作の作品最終提出〆切日の3日前。


先月末で、なんとか基本ユニット12個の組み上げが完了し、
会場での設営に四苦八苦している最中のことだった。

精神的にも経済的にもかなり逼迫して余裕のない時期だったので、
正直葬儀に参列するために帰省しようかどうか迷った。
しかし、ここで祖父に最後の挨拶をしておかなければ、
一生後悔すると思い、帰省することにした。


幸い、展示方法のめどもつき、ゴールも見えてきたので、
一泊二日でとんぼ返りすれば間に合うだろうと踏んだ。

実際、葬儀に参列して本当に良かった。
ゆっくりする間もないまま、東京に戻ってきて、
予定通り作品とパネル、プレゼン用データを提出。


あとは来週の発表を残すのみだけど、
一番長くて最大であった卒業制作という課題について、
一区切りがついた。


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