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2010年10月 アーカイブ

2010年10月31日

高崎市役所

建築デザイン

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白井晟一の展示とアントニン・レーモンドの音楽センターを見に
高崎まで来ました。

群馬ってけっこう遠いと思ってたけど、
渋谷から湘南新宿ラインを使えば一本、2時間で行けちゃう。
いい具合に距離も離れているので学割も使える。

ちょっと早起きをして、
渋谷を7時前発の列車に乗って、高崎に9時前に到着。

午前中は群馬の森群馬県立近代美術館で白井晟一展を観て、
午後2時前にまた高崎駅に戻ってくる。
東口には散策スポットがほとんどなく、西口へ。
駅から真っ直ぐ伸びる大通りが右側に曲がっていくあたりに
目指す高崎市役所はある。


世田谷区民の僕が、別にこの市役所に行政的な用があるわけでもない。
用があるのはこの建物の21階。
そう、この市役所の21階は展望台になっているのです。
そしてこの展望台から市役所の隣にある群馬音楽センターを見たかった。
ただ、それだけ。


しかし、この建物立派だわ。
潤ってんな〜、高崎市。

富山市役所もすごいなと思ったけど、ここも負けず劣らず。


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群馬音楽センター【アントニン・レーモンド|群馬県高崎市】

建築デザイン

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高崎に来たもう一つの目的。

それはアントニン・レーモンドが設計した群馬音楽センターの見学。
アントニン・レーモンドの建築」を読んで是が非でも見たくなった。
東京では聖アンセルモ教会聖アルバン教会の、
2つのレーモンド建築を訪れていたけど教会以外の建築を訪れるのははじめて。

事前に見学可能か問い合わせてみると、
午前中は全館停電で、15時〜17時で見学可能、とのことなので、
午前中は群馬の森群馬県美白井晟一展を観て、
気分的に盛り上がったところでいざ見学。

...とそのまえに建物に入る前に建物全体を俯瞰するために
音楽センターの前にある高崎市役所へ。
ここの21階に展望階になっていて、絶好の俯瞰ポイントなのだ。

群馬音楽センターはレーモンド建築にしてはとても奇抜な外観をしている。
たとえて言うなら、尾のないサソリもしくはザリガニのような形。


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2010年10月30日

群馬の森公園【群馬県高崎市】

空間デザイン

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白井晟一展を観に群馬県立美術館まで行ってきました。

群馬県立美術館は群馬の森公園の中にあります。

JR高崎駅からバスで約20分。
「ぐるりん」と呼ばれる市内循環バスは普通のバスより一回り小さく、
行きは乗客は僕以外に一人。帰りも4,5人程度。
関東圏といえ、ここまでくると地方色強く車社会のようで、
バスがほとんど使われてないようです。

公園はけっこう広大で緑に溢れており、まさに森。
群馬を代表する森だからこの名前なのかどうかは知らないが、
とにかく、広い。


雨の合間の晴れ。台風が来る前の晴れ。
晴れ男であることをまた証明してしまった。

雲が多かったものの、天気は良く、
気温がやや低かったものの、
マイナスイオン出まくりの快適で心地よいひとときでした。


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群馬県立近代美術館【磯崎新|群馬県高崎市】

建築デザイン / アート

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白井晟一展を観に群馬県立近代美術館まで行ってきました。


磯崎新設計のこの美術館に興味があり、前から行きたいと思ってました。
茨城の水戸芸術館も哲学色の強い素晴らしいものですが、
ここも負けず劣らず素晴らしい空間でした。

事前に許可を取れば内部の撮影可と聞いていたので楽しみにしていたのですが、
けっこうややこしいことになってました。
書類に名前や住所、連絡先を記入の上、注意事項を確認させられた上で、
許可証が渡されますが、企画展は遠景も含め、一切の撮影がNG、
常設展は遠景のみOK、実際自由に撮影ができるのは、
1,2階吹き抜けのホール周辺のみ、と制約が多いのが実情です。

西洋美術館や横浜美術館が常設展は自由に撮影OKなのに比べれば、
内部撮影の制約は多いようです。


とはいえ、平日の地方、ということもあって人は少なく、
撮影する環境としては概ね良かったです。

というわけで撮影OKだったエリアを中心に撮りまくりました〜


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白井晟一 精神と空間【群馬県立近代美術館】

建築デザイン / 展示・イベント

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高崎の群馬県立近代美術館へ行ってきました。

本当は東京造形大で開催されているときに観にいきたかったのだけど、
八王子という遠さから足がなかなか向かなかった。
...結果的にもっと遠くへ足を運ぶことになってしまったけど。


前から気になる建築家だった。
とても哲学的、という点で。

彼の作品で知っているのは神谷町のNOAビルと、渋谷の松濤美術館。
どちらも外観までしか眺めたことはない。
彼の建物はどこか入りにくい、という雰囲気がある。
そこが彼の建築の持つ荘厳さなのかもしれない。


まさに日本建築界の「仙人」。


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2010年10月25日

自然な構造体【フライ・オットー他】

建築デザイン / 読書

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計算が苦手だ。

昔から算数・数学、物理の類は苦手だった。
微積分が現代社会にどのように生かされているのか、
未だによく分からない。

考えることと、計算することはたぶん別回路だと思う。
脳の中で使われる部分がそれぞれ違うのではないだろうか。

そんな自分が建築、とりわけその「構造」に惹かれるのはなぜなのだろう。
理数系が苦手なのに、理数系の高専に進学したのは、
単なる気まぐれだったのだろうか。


2年生の時、建築構造の授業を受けにわざわざ八王子まで通った。
美大なので構造計算はさわり程度しかやらないのだけど、
それでもけっこう混乱した。
それでも授業は面白かった。


この世界に確かに「存在」しているという実感がほしい。

だから構造というものに興味があるのだと思う。
それを計算ではなく、直感で得たいのだと思う。


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2010年10月24日

横浜美術館【丹下健三|横浜市西区】

建築デザイン / アート

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[サルバドール・ダリ「バラの頭の女性」]

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ドガ展を見に久々に横浜美術館へ行ってきました。

丹下健三設計により1988年竣工、翌1989年開館。


僕の中のイメージでは建築家には2つのタイプがあって、
デビューから早い時期に花開く天才肌タイプと、
晩年に花開く大器晩成型。

丹下さんは前者で、1955年の実質的なデビュー作となった広島平和記念公園から、
1964年の東京カテドラル代々木競技場香川県立体育館を頂点に、
以後はあまりぱっとしない印象がある。
...あくまで僕の中での印象なのだけど。


横浜美術館もぱっと見はモダニズムの重厚さは薄れ、
どちらかといえばポストモダンの軽さが見える。
モダニズム好きにはちょっとがっかりなのだけど、そこは巨匠、
内部空間はやはり素晴らしい。


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2010年10月23日

ドガ展【横浜美術館】

アート / 展示・イベント

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[エトワール(1876-77)](画像は大塚国際美術館の陶板画)


西洋美術史の印象派の授業でドガを学びました。
モネやルノワールなど代表的な印象派画家はそこそこに、
印象派の中でも異色な存在であるこの画家について、
およそ二週にわたってじっくり解説。

折しもドガ展が横浜美術館で開催中。
日曜美術館でもピックアップされたこともあって、
居ても立ってもいられず、行ってきました。

けっこうな混雑でしたが、ボリューム的にもちょうどよく、
常設展も含めて2時間でじっくり鑑賞できました。


本名イレール=ジュルマン=エドガー・ド・ガス。
貴族の出と見られるのが嫌で、「ド・ガス」を短縮した呼び方で
自らを名乗るようになる。

エコール・デ・ボザールで絵画・彫刻を学ぶ。
アングルからの「線を描きなさい、記憶からも、目に見えるものからも」
という助言により、念入りに構想された膨大なデッサンが生まれる。
目の病により明るい陽光の下で長時間絵を描くことができなかったため、
彼の作品は圧倒的に室内のものが多い。

印象派の多くの画家が光を求めて戸外へと出かけ、
そこにキャンパスを立て、いきなり絵の具を重ねていたのに対し、
彼が印象派の中でも異色の存在であったことが伺えます。
他の印象派画家のように筆触分割も使わなかった。
そんな彼がなぜ、8回のうちの7回も印象派展に出品したのか。


アカデミズムに学び、アングルの助言に忠実に従いながらも、
彼はアカデミズムの枠に収まる器ではなかった。
絵画を単なる「美の器」として捉えるのではなく、
あるがままを伝える、「真実の器」として捉えたかったのではないだろうか。

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2010年10月17日

ダ・ヴィンチ・コード【ダン・ブラウン】

アート / 読書

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今さらだけど、再読。


中村先生の授業で神秘主義を習い、
ウンベルト・エーコの「薔薇の名前」を読み、
先生のお薦めの一冊として、
ダン・ブラウンのフリーメイソンを扱った最新作「ロスト・シンボル」を
読もうとするもまだ新しいが故に古本市場にも安く出回らず。

代わりに「ダ・ヴィンチ・コード」単行本版が目に止まる。
かつてのベストセラーも今や一冊100円。
...時の流れとは恐ろしいもんだ。

さらにセールで一冊90円になってたので上中下巻まとめ買い。
前に一度読んでいることもあり、一気に読み終える。
(犯人が誰だったか、すっかり忘れてたけど)

しかし「薔薇の名前」に比べたらなんと読みやすいことか。
これでもか、と詰め込まれた叡智の数々も、
「薔薇の名前」と比べてしまうとなんとも薄っぺらく思えてしまう。


この世で一番大切なものはなんだろう。

真実?

...だとしたら真実ってなんだ?

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2010年10月16日

モンスター

アート

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[エリファス・レヴィ「夜宴(サバト)」](出典:Wikipedia)


怪物は実在するのか。

実在するとしても、
それは自然が生み出したものでもなければ、
神が生み出したものでもない。
ましてや、悪魔が生み出したものでもない。


それらは、人間が産みだ出したものである。
悪魔が実在するとしたら、やはりそれも人間が生み出したものである。
神が人間の対極にある完全な存在ならば、
その対極にある悪魔は、人間そのものに他ならない。


自然に、地獄も悪魔もない。
あるのは完全な秩序のみである。

怪物は、不完全な存在による不完全なイメージである。

そこから学ぶべきことは少なくない。

...それに染まりさえしなければ。



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2010年10月14日

「学び」の対価

学業

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後期の学費をようやく払い終えた。
本来の〆切からおよそ1ヶ月ほど遅れて。

...本当に「ようやく」だ。


これで4年間全ての学費を全て払い終えた。
あとは卒業制作を終えれば、卒業はできる...はず。

結局学費に当て込む予定だった前の会社の退職金は、あっという間に底をついた。
浪費癖はない(と思っている)が、生来の計画性のなさで、
本当にあっというまに底をついた。

1年生の時は社会人特典の学費割引、
2年生、3年生のときは多摩美の奨学金を受けた。
それでも足らずに、育英会の助けを借りた。
それさえも足らずに友の助けを受け、
自らも制作時間を削ってまで働かなければならない。


それでも後悔はしていない。
僕は「時間」を買ったのだ。
その「時間」で多くのことを学び、多くの「気づき」を得、自分の進むべき道を見出した。

それでもその一方で思うのである。

はたいた大金に値するものを、
この大学は与えてくれたのだろうか、と。


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2010年10月11日

化学の結婚【ヨーハン・バレンティン・アンドレーエ】

アート / 読書

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神秘主義、といえばはずせない一冊...らしい。

例によって中村先生のオススメです。


しかし例によって難解。そして謎だらけ。

発行当時は執筆者の名を伏せて匿名出版される。
著者がアンドレーエであることは彼の没後120年後に明らかになるのだけど、
くしくも「化学の結婚」の主人公、クリスティアン・ローゼンクロイツも、
死後120年後に、公開されるであろうとされている。
はたしてこれは単なる偶然なのか、仕組まれたできすぎの話なのか。

本書は表題の「化学の結婚」(1616)のほか、


  「薔薇十字の名声」(1614)
  「薔薇十字の信条告白」(1615)
  「全世界の普遍的か総体的改革」(1614)


の全四編が収められていますが、前者三編は薔薇十字の三大基本文書とされている。

しかし発刊当時は匿名出版だったため、
アンドレーエの単独執筆なのか、誰かとの共同執筆なのか、
それさえも諸説あるとか。


薔薇十字という秘密結社の存在自体が秘密のベールに包まれた、
正体のはっきりしない存在であるがゆえに謎が謎を呼ぶ。

巻末にはかなりのボリュームの解説があるけれど、
そのボリュームの大きさゆえに余計混乱してしまう。


薔薇十字とは何なのか?
「パラケルスス」(薔薇:魔術)とルター(十字:宗教)の統一なのか?
その統一が「化学の結婚」なのか?
統一に必要な材料が「哲学の石」「黄金の石」なのか?
だとしたらそれらの具体的な正体は何なのか?

あまりにも寓意的で、謎かけのように問いかけるから、
いかようにも解釈できる。


真実は一つでも、その解釈は無限にある。
だから同じ宗教でも宗派が生まれる。
宗教では満足できないから、秘密結社やフリーメイソンなどが登場する。


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2010年10月 3日

神秘主義を代表する伝説の錬金術師【ヘルメス・トリスメギストス】

アート

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[Tabula Smargdina(エメラルド版)](出典:Macrocosm


中村先生の授業で神秘主義を学んでます。

神秘主義はこれまでも授業の合間の余談で何度も登場していたけれど、
本格的に学ぶのはここにきてはじめてかも。

神秘主義と言えば、登場するのが「錬金術」と「アンドロギュヌス(両性具有)」。
...こう書くとどこか怪しい雰囲気を醸し出してしまうけど、
神秘主義はオカルトを代表する思想ではない。
何事も盲信しすぎることでオカルト的になるのであり、
神秘主義も正しく冷静に見つめる限りは真理を知るための哲学となる。


神秘主義を代表する伝説の錬金術師。
それが「ヘルメス・トリスメギストス」。
直訳すると「「3倍偉大なヘルメス」「三重に偉大なヘルメス」。
ヘルメスはあのギリシャ神話に登場するゼウスとマイアの間に生まれた守護神。

そのヘルメス・トリスメギストスが記した錬金術の奥義が、
「Tabula Smargdina(エメラルド板)」。

これは偽りのない真実、確実にしてこの上なく神聖なことである。
唯一なるものの奇蹟を成し遂げるにあたっては、
下にあるものは上にあるもののごとく、上にあるものは下にあるものがごとし。
万物が一者から、一者の冥想によって生まれるがごとく、
万物はこの唯一なるものから適応によって生じる。

...ここまでノートをとったところで次のスライドへ。
相変わらずのマシンガントークをしながら。

ネットで検索してみる。
良さげなサイトを発見。

  Macrocosm

そこから続きを引用。

「太陽」」はその父にして「月」はその母、
風はそを己が胎内に宿し、「大地」はその乳母。
万象の「テレーム」(テレスマ=意志)はそこにあり。
その力は「大地」の上に限りなし。
汝は「大地」と「火」を、精妙なるものと粗大なるものを、ゆっくりと巧みに分離すべし。
そは「大地」より「天」へのぼり、たちまちまたくだり、
まされるものと劣れるものの力を取り集む。
かくて汝は全世界の栄光を我がものとし、ゆえに暗きものはすべて汝より離れ去らん。
そは万物のうち最強のもの。何となれば、
そはあらゆる精妙なるものに打ち勝ち、あらゆる固体に滲透せん。
かくて世界は創造されたるなり。
かくのごときが、ここに指摘されし驚くべき適応の源なり。
かくてわれは、「世界智」の三部分を有するがゆえに、
ヘルメス・トリスメギストスと呼ばれたり。
「太陽」の働きにつきてわが述べしことに、欠けたるところなし。

エメラルド版についてはさまざまな文献があるみたいです。
上記はその中でも比較的著名なセルジュ・ユタンの『錬金術』のもの。

かのアイザック・ニュートンもエメラルド版について述べているとか。


優れた科学は優れた思想から。
...そういうことだろうか。


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薔薇の名前【ウンベルト・エーコ】

読書 / 文学

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中村先生の授業において、
象徴主義・神秘主義を習う過程で紹介された本。

イタリアの記号学哲学者、ウンベルト・エーコによる小説。

舞台は教皇と皇帝の二極体制下で権力と欲望が渦巻く中世イタリア。
世界中のあらゆる書物が収められた異形の文書館を持つベネディクト会修道院で
ヨハネの黙示録に沿って次々と起こる奇怪な殺人事件。
その事件を解決すべく派遣されたフランチェスコ会修道僧バスカヴィルのウィリアムと
その弟子、ベネディクト会見習い修道士メルクのアドソのコンビが事件に立ち向かう。
物語は年老いたアドソが当時を回想する形で語られてゆく。

二人のコンビが難事件を解決してゆく、と書くと、
あたかも名探偵ホームズとその助手ワトソンによる、
推理小説のごときイメージを浮かべてしまうけど、
ただの推理小説なら、上下巻で800ページにもわたる大作である必要もない。

この物語は、キリスト教の世界観を描いたものであり、
さらにその奥深くには宗教VS哲学、あるいは宗教VS科学の対決が描かれている。


宗教だけで世界は成り立たず、
さりとて科学だけでも世界は成り立たない。

目に見えるものと、目に見えないもの。
世界はこの2つで成り立っており、どちらか一方だけで成り立つものでもない。


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