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2010年5月 アーカイブ

2010年5月30日

ストップ・ザ・フラストレーション。

その他

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最近あまり調子が良くない。


溜まる仕事のストレス。
いきなり襲う激しい頭痛。
ぎりぎりの経済状態。
浮かばない卒制のアイデア、止まる手。
遅々として読み進まない分厚い本


いわゆるデフレスパイラル、ネガティブスパイラル。

こういうときはじっと耐えるしかない。

美しいものを見て。
自分に近い自然の空気を吸って。


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サロメ【ギュスターヴ・モロー】

アート

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[出現(水彩バージョン)](出典:Wikimedia)


金曜日の「文学と芸術」の授業。
ただいまギュスターヴ・モロー。

中村先生の好きな画家ということもあって、2週に渡り作品紹介。
いや、来週もやりそうな感じ。


シャセリオー、ドラクロワらロマン主義の影響を受け、
自らは象徴主義の先駆者となり、
マティス、ルオーというフォービスムの画家を輩出した。

古典から近代絵画への移行期に位置した画家なのでしょうか。


モローは、神話を題材にした作品が圧倒的に多い。
その独特の美しさから、好きな画家の一人なのだけど、
一番好きなのは、やはり一連の「サロメ」シリーズかな。


聖書には「ヘロデヤの娘」としか記されない女性を独自の解釈で描き、
後のオスカー・ワイルドの戯曲やリヒャルト・シュトラウスのオペラの元となった。


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2010年5月29日

空間へ―根源へと遡行する思考【磯崎新】

建築デザイン / 読書

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建築家、芸術家の書く本は難しい。


  ・ギディオン「空間・時間・建築」
  ・エドワルド・トロハ「現代の構造設計」
  ・フランク・ロイド・ライト「建築について」


...かつて読みはじめたものの途中で挫折した本たち。


この本も危うく上記リストに並ぶところだった。
大学の図書館は通常2週間の借用期間の後、
1回だけさらに2週間の延長、都合4週間借りられるのだけど、
4週間経過した時点で総504ページ中、半分ほどしか読み進まず。

例によってちんぷんかんぷんで、ほとんど内容が理解できないので、
返却してしまおうか、と思ったのだけど、
なんか勢いがついちゃって、結局もう一週間かけて読み切った。

半分は意地だね。
分厚い本を満員電車に揺られながら、絶対最後まで読んでやる、ってな感じで。

建築家として手腕が優れていればいるほど、
その文章力は反比例していくような気がする。


「空間」
この大学で1年間、空間について学んだけど、結局明確な答えは得られなかった。
もやもやとした霧や雲のような存在で、つかもうとしてもその感触が得られない、
つかみどころのない存在。

時にそのことにイライラしたり、失望したけれど、
それでも「空間」に惹かれる自分を感じる。
ただ、「空間」という言葉に惹かれているのか、その本質に惹かれているのか、
それさえも今は分からない。

ただ。


  「空間へ」


今の自分の状態を一言で言い表すならば、間違いなくこの言葉に要約される。
だから、この分厚い本を手に取ったのかもしれない。


...しかし磯崎さんの文章は相変わらずさっぱり。


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2010年5月23日

「花」 ~ 神が創りし美しき造形 ~

アート

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つてあって、フラワーアレンジメントの展示を観にいってきました。

男の日常に「フラワーアレンジメント」なんて無縁なので、貴重な機会。

会場も女性ばかりでなんとなく居づらい雰囲気だったけど、
美しい色鮮やかな「花」を眺めるのは、男にとっても嬉しいもの。

元々「花」は色や匂いの艶やかさで虫や鳥たちの注意を引き、
花粉や種子を運んでもらうことで種を存続させるのが本来の役目。
種を存続させるための「艶やかさ」が、
人間の手にかかれば、逆に命取りになるという皮肉。
せめて花たちの哀しい運命を偲ぶ気持ちを忘れないでいたいもの。


それにしても花の構造って面白い。
神が創りし美しき造形。

美は人間が創りだすものではなく、神が創り出すものである。
すべての美は自然という偉大な書物に記されている。
人間ができることは、その書物から「見出す」ことのみ。


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卒業制作テーマ発表

学業

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5月ももう終盤。

これまでの学年なら最初のセッションがそろそろ終わる頃。

しかし4年生は卒業制作1本の長丁場。
まだはじまったばかり。

しかしそろそろテーマを決めて動きはじめなければヤバイ。


...というわけで5/17(月)に最初のテーマ発表プレゼンがありました。
これはオフィシャルなものではなく、空間デザインコース担当の講師陣に
自分がやりたいものを知ってもらうための内輪的なもの。


「構造」を意識したものを創りたい。
「自然」を意識したものを創りたい。
「ものづくり」を意識したものを創りたい。

ここまでは早い時期から決めてはいたものの、
じゃあ具体的になにを創るか。
そこがなかなか決まらない。

とりあえず直前でテーマを設定し、急ぎプレゼン資料を作成。

この時点で手を動かして作ったものゼロ。

予想通りのスロースタート。

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2010年5月16日

三つの愛の形

その他

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[ミケランジェロ『ピエタ』](出典:Wikipedia)


天気が良いと、どこか行きたくなる。

しかし生来、出不精でもある。

どこか行きたい気持ちと、家でぐうたらしていたい気持ちがせめぎ合う。


そして結局どこにも行かなかったとき、
昔なら、「なんて自分はダメ人間なんだ」と激しく自己嫌悪に陥ったものだ。


しかし今はこう思う。


  「今日は身体が休息モードだったんだ」


それだけで、気分が塞ぐか、気分が楽になるか大きく状態が異なる。


同じ状況でも、捉え方によって悲劇にもなるし、幸運にもなる。
ピンチにもチャンスにもなる。
これはけして大げさな誇張ではないし、けして事実をねじ曲げることでもない。

幸運を生かす人と悲運にしか恵まれない人。
世界の大半の人々は、
この小さな考え方の差で生き方に大きく差が出ているんじゃないだろうか。


しかしこんな時、家から歩いて5分に良い場所があるって嬉しい。
たった30分でも緑のなかをぶらぶらすると、精神が充電される。


自然が僕らを生かしている。
人間が自然をコントロールしようだなんて、思い上がりも甚だしい。

すべての答えは自然という偉大な書物に記されている。
だから僕らは自然から学ばなければならない。


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ゴッホの「哀しみ」

アート / 人物

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[灰色の帽子の自画像(1887年)](出典:Wikipedia)


「文学と芸術」の授業でゴッホを学びました。

これまで中村先生の他の授業でもゴッホは度々登場してきたけれど、
これほどまとめて紹介されたのは今回がはじめてかも。

フィンセント・ヴァン・ゴッホ、1853年生まれ。

最初は伯父の美術商の元で働くが、失恋を機に職を失い、
今度は牧師を目指すも狂信的な熱意が逆に人々に不気味がられ、この職も失う。
その後の1879年に画家を志し、1880年に37歳の若さで亡くなるまでの
およそ11年間で数々の名作が生まれた。

しかしゴッホが存命中に売れた絵画はわずかに一点。
その一点も弟のテオが購入したという。

...と聞きましたが、Wikipediaでは別の人が買ったとありますね。
また売れたのは一枚だけではなく、数枚だったという説もあるとか。

まあ、いずれにせよ、彼が存命中に彼の絵はほとんど評価されていなかった、ということ。
...これも、Wikipediaには晩年には彼の絵を高く評価する人も現れていた、とありますが、
いずれにせよ、彼がその評価の恩恵を授かることはなかった。


時を経て現代、ゴッホの絵は億単位で落札されるという。

...なんとも哀しい話じゃないか。

芸術は貧に足りてこそ、理解できるものだと思う。
成金共にゴッホの想いが、理解できるのだろうか。

芸術を理解する者が芸術界では自由がきかず、
芸術を理解しない者が芸術界を動かす、という不思議な時代。


それでも表現者は自分のエゴを信じ、
自分を見失わずに生きねばならない。

それが「強さ」というものである。


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2010年5月15日

ユーネックスナニナニ【フィリップ・スタルク+野沢誠】

建築デザイン

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先日買ったギャラリー間の建築MAP

ぺらぺらめくっていると、「あ、これこの人の設計だったんだ~」というものが少なくない。

この「ユーネックス ナニナニ」もその一つ。
しかしなんなんだ、このネーミング。


目黒の東京都庭園美術館から目黒通りを地下鉄白金台駅へ向かう途中、
外苑西通りとの交差点を左側を見上げると見える奇妙な緑色の建物。

思わず近くまで行って写真を撮ってしまったのだけど、
まさかスタルクデザインのビルだったとは。


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アントニン・レーモンドの建築【三沢浩】

建築デザイン / 読書

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私と日本建築」に引き続いてレーモンド関連の本を読みました。

「私と日本建築」がレーモンド自身の言葉であるのに対し、
本書はレーモンドの弟子による記述。
前者が主観的記述であるのに対し。後者は客観的記述。
主観と客観を知ることで、対象をより深く理解できるようになる。


ライトやコルビュジエ、ミースほど知名度は及ばずとも、
間違いなく彼は近代建築の担い手であった。
それでいて、常に近代建築の悪しき風習から抜け出そうとしていた。
目先の効率に囚われ、生産性や経済性の機能を最優先とし、
人類幸福という至上命題を忘れがちになる、
インターナショナル・スタイルの欠点に早くから気づいていた。
ライトやミースが晩年になってようやく気づいたことを、
彼は早い時期から知っていた。

それを彼は日本の建築から学んだという。


日本の理想の建築を考えるにはまたとない逸材ではないだろうか。


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2010年5月 9日

ロシア・アヴァンギャルドの彫刻家【ナウム・ガボ】

アート / 人物


[ナウム・ガボ『線的構成No.1(ヴァリエーション)』]


桜の頃に川村記念美術館へ訪れたとき、釘付けになった作品。


モホリ・ナギ、カンディンスキーと同じコーナーに展示してたので、
てっきりバウハウスの人かなあ、と思いきや、
Wikipediaによれば、ロシア・アヴァンギャルドの彫刻家だったんですね。
ロシア構成主義の命名者の一人でもあったとか。

...といってもアヴァンギャルドも構成主義もよく知らないのだけど。


基本構成要素は線形的、幾何学的。
しかしそれで形成される形を全体的に眺めると有機的。

...まさに自然美。

美とは、独創的であるかどうか、ではなく、本質的であるかどうか。

...これに尽きるのではないだろうか。


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建築MAP東京

建築デザイン / 読書

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GWの疲れがまだ残っていたのか、
天気の良い週末ながらどこにも出かける気も起きず。
久々になにもせず、自宅でゆっくり過ごす休日。

まあ、こういう週末も悪くない。


およそ3年以上もプータロー学生を経験した身分としては、
「なにもしない」ということがいかに価値あることかが分かる。
もちろん、なにもしない毎日は良くないけれど。
日々の生活にリズムを刻み、勢いをつけるためには
たまの「なにもしない日」というのはとても重要なのである。

それに「なにもしない」といっても、
家から一歩も出ずにどこにも行かなくても、
厳密に「なにもしない」ということはなく、なにかしらしている。

息もするし、食事もするし、何かしら考えている。


...前置きが長くなったけど。


大学からの帰り途、
とくに用がないときは自由が丘のブックオフや古本屋に足を運び、
掘り出しものがないか物色するのが週課となってます。

懐が厳しい時期だけによっぽどの程度の良い掘り出しもので、
なおかつリーズナブルでない限りは買わないことにしているのだけど。


今回は2冊も見つけちゃいました。

さんざん迷った挙げ句、買っちゃいました。


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2010年5月 5日

国内初の総合結婚式場・目黒雅叙園【東京都目黒区】

建築デザイン / 空間デザイン

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アントニン・レーモンドの聖アンセルモ教会を見に目黒へ出かけた帰り道。

時間があれば東京都庭園美術館の隣にある国立科学博物館付属自然教育園
足を伸ばしたかったのだけど、教会が思ったより素晴らしくて長居してしまい、
間に合わず。

予定を変えて目黒雅叙園へ。


結婚式の専用量産工場。
幸せがたくさん集まる場所と思えば、幸せな場所なのかな。

レーモンドの教会を見た直後だけに、結婚式場としての対照性が際立つ。

結婚の誓いを立てる場にふさわしい空間とはいかなるものだろうか。


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折板構造の壁と屋根・聖アンセルモ教会【アントニン・レーモンド|東京都品川区】

建築デザイン

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GW最終日。

卒制に取り組まねば、と思いつつ手は動かず。

外は晴れ。
少し前までの寒さが嘘みたいな真夏日。
これはもう出かけるっきゃない。

A4ギャラリーでの展示に行ってからというもの、
マイブームはアントニン・レーモンド。


目黒に素敵な教会があるということで行ってきました。


カトリック目黒教会(聖アンセルモ教会)


丹下健三の東京カテドラル聖マリア大聖堂に負けるとも劣らない、
とても素晴らしい空間でした。


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2010年5月 4日

帝国ホテル【フランク・ロイド・ライトほか|東京都千代田区】

建築デザイン

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国立近代美術館からの帰り途、大手町から日比谷まで、皇居東側を散策。

新しくできた三菱一号館美術館の建物を見に行くつもりだったのだけど、
前川圀男の東京海上日動ビル本館、
村野藤吾の日生劇場、フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル...
と思わぬ名建築のオンパレード。


日比谷の一等地に建つ帝国ホテル。
自分がこのホテルに興味を持つのは、ホテル御三家としての格ではなく、
かつて建築設計をフランク・ロイド・ライトが手がけたことだけど、
その建物は今はない。


以下Wikipedia情報を要約。

ライトが手がけた帝国ホテル・ライト館は1919年に着工したものの、
ライトの細部へのこだわりで大幅な予算オーバーとなり、
完成を前にして離日するはめになってしまう。
弟子の遠藤新が指揮を引き継ぎ、1923年に完成。
その完成した年に関東大震災に見舞われるが、ほとんど無傷だったという。
その後の東京大空襲で大きな被害を受けるも修復され、持ちこたえたが、
老朽化と増加するホテルニーズに対応するために1967年に解体されて、
現在の建物(新本館)が1970年に建てられた。

ライトの代表作品ということもあって日米双方より保存を求める声が上がり、
1985年に玄関部分のみではあるが、愛知県の明治村に移築、再建された。
2004年には「明治村帝国ホテル中央玄関」として、登録有形文化財に登録された。


...というわけで日比谷の現在の帝国ホテルに訪れても、
ライト建築にはお目にかかれないわけですが、そこは偉大な建築家、
ライトの面影を少なからず見かけることができました。


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建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション【東京国立近代美術館】

建築デザイン / 展示・イベント

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GWも後半。
同級生から建築系の面白そうなインスタレーション展示をやっていると聞き、
久々に竹橋の国立近代美術館へ。


アトリエ・ワン、中村竜治、中山英之、鈴木了二、内藤廣、菊地宏、伊東豊雄。

日本の7人の建築家によるインスターレーション展示。


建築はどこにあるの?


...何とも深いテーマじゃないですか。


この展覧会の嬉しいところはめずらしく写真撮影OKだということ。
見る人それぞれの「建築はどこにあるの?」の答えをflickrの専用サイトに
アップしよう、というキャンペーンもあるとか。
とりあえず僕は文章と写真でその答えを整理したいので、
いつも通り自分のブログにアップしますが。

さらに入場料がいつもより安い。
学生料金450円でもいつもより安いのに、
キャンパスメンバー特典でさらに250円へ値下げ。

GWとあって混雑しているかなあ...と思いきや、チケット売り場で並ぶこともなく、
会場も快適に鑑賞することができ、写真をたくさん撮ることもできました。


はたして僕の建築はどこにあるのか。
まだはじまってもいない自分にその答えは見えようはずもないのかもしれないけど。



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2010年5月 2日

私と日本建築【アントニン・レーモンド】

建築デザイン / 読書

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私と日本建築 (SD選書 17)


A4ギャラリーでのアントニン・レーモンド展を見て、
この本を読むことにしました。

40年以上も日本に住みながら、日本語が書けなかったため、
原文は英語でそれを他人が訳した文章ですが、
建築家が書く文章にしては比較的分かりやすい文章でした。

本書は本としての執筆ではなく、
雑誌への論文や講演内容などをとりまとめたもの。


ここ3年、建築家の文章を読むようになって自分なりに思うことは、
訳の分からぬ文章を書く人ほど、スケールのでかい建築を創る、ということ。


はたしてレーモンドはどうだったのか。


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