« 2009年12月 | メイン | 2010年2月 »

2010年1月 アーカイブ

2010年1月30日

21010年カレンダー

ビジュアルデザイン / ポートフォリオ

callender2010_01_jan.jpg
[1月-多摩川の初日の出]


毎年カレンダーは買わなくても誰かがくれてたので、
わざわざ自分で買うことはほとんどなかった。

が、大学に入って隠遁生活に入ったせいか、
今年はカレンダーはやってこなかった。


ないなら創れば?
...というわけで創ってみました。

以前の僕なら「創る」という選択などなかった。
そこに大学での学びの成果を感じる。


なければ創ればいいんだ。


"21010年カレンダー"の全文を読む »

...ただいま考え中。

学業

architect_school_guide.jpg


進路をただいま考え中。

直接の原因は経済的困難だけど、それは単なるきっかけに過ぎない。


建築が好きなのは分かった。
しかし建築、と一言でいってもその幅は広い。
具体的にどのようなアプローチで建築の仕事をしていくのか。

今の僕にはまだ、そこまでのビジョンがない。
目的の解像度がまだまだ粗い。
その粗さが仕事への道をさらに遠ざける。

今のままではただの「ファン」。
「プロフェッショナル」となるための「芯」がない。

あと1年この学校にいれば、その解像度が上がるのか。
その「芯」ができあがるのか。


答えはもう出ている気がする。

...あとはそれを認め、踏み出す勇気だ。


"...ただいま考え中。"の全文を読む »

Casa BRUTUS特別編集 イサム・ノグチ伝説

アート / 読書

casa_isamunoguchi.jpg

この本をAmazonで買う


ブックオフで不要本を売った後、近くの古本屋で見つけました。

つい最近ドウス昌代さんのイサム・ノグチ評伝を読んだばっかり。
評伝はあくまでイサム・ノグチの人物像を追求するもの。
作品情報も文章中心で、写真があったとしてもモノクロ。

...となるとやはりカラー写真情報が欲しくなるもの。
ちゃんとした作品集は高価だし...

...というときにこういうムック本は便利。

で、つい購入。
定価1,260円に対し700円。

作品の所在情報なども載っていて、今後訪れる際の参考にもなる。
半分日本人というだけあって、予想以上に日本に作品が多いのにびっくり。

機会あれば訪れてみたい。


"Casa BRUTUS特別編集 イサム・ノグチ伝説"の全文を読む »

Life Library

読書

bookof1.jpg
[今回売った本たち]


大学生活をスタートして、加速度的に本が増えた。


それまではWeb関係の本が多かったのだけど、
次第にデザイン、アート、建築関係へとジャンルが変化した。

正直今は僕が生きてきた人生の中で一番経済的に苦しい時期だ。
それでも本だけは買い続けている。

もっとも昔ほど気軽に新冊をポンポン買うようなことはせず、
よくよく吟味した上で、自分の感覚が芯から求めていると感じたときだけ、
古本屋などでできるだけ安く買うようにしている。


だから今この時期に買う本は皆、これから生涯手元に置いておきたいと思うほど、
かけがえのないものばかりである。


良い人間は、良い本と良い人に囲まれて育まれる。

より良く生きるには自分なりのLife Libraryが必要なのだ。


"Life Library"の全文を読む »

2010年1月28日

国立代々木競技場【丹下健三|東京都渋谷区】

建築デザイン

yoyogis2_2.jpg


セシル・バルモンド展からハローワーク渋谷への道すがら、
「世界の丹下」の最高傑作、国立代々木競技場を散策。

イベントでもないかぎり、中へは入れないけど、
外は昼間であればかなり近くまで寄れることに、いまさらながら気づく。


NHK側からぐるりと一周。

バルモンドの構造デザインも素晴らしかったけど、
こちらもなかなか。
今見てもなお、古さを感じさせないデザイン。
とても半世紀前のものとは思えない。

構造設計を担当した坪井善勝ってどんな人だったんだろ。


"国立代々木競技場【丹下健三|東京都渋谷区】"の全文を読む »

「エレメント」構造デザイナー セシル・バルモンドの世界【東京オペラシティ アートギャラリー】

建築デザイン / 展示・イベント

cecilbalmond_operacity_gate.jpg


バイトの面接からの帰り道すがら、
かねてより楽しみにしていたセシル・バルモンドの展示に行ってきました。
久々の東京オペラシティギャラリー。

来年度大学に残れるかどうかの瀬戸際に、
入場料1,000円はきつかったけど。
まあ、あせっても仕方がない。


昔から計算は苦手だった。
にもかかわらず、バリバリ理系の高専へ進学した。
美大に入っておきながら、建築構造へ興味を持った。
自ら苦労を背負い込むような選択ばかりしている気がする。

しかしその一方で、
その選択には自分の本質に関わるなにかしらの意味がある気もしている。


得意か苦手か、できるかできないかで選択するのではない。
自分の中の好きか嫌いか、という声によって選択すべきである。


"「エレメント」構造デザイナー セシル・バルモンドの世界【東京オペラシティ アートギャラリー】"の全文を読む »

2010年1月24日

祝!1,000記事

その他

aikis_1000aniv.jpg


この記事で1,000記事目。


Tadaoh Blogのデザインカテゴリから独立させてからおよそ4年。
Tadaoh Blogでは3年で達成したことを考えるとスローペース気味。

このブログはネタの新鮮さや更新頻度の高さを売りにしたいわけではないので、
正直「1,000」という数字に素直に喜んでいいものやら。

瞬間的で消えゆくべき記事も中にはあるだろう。
そういう記事は削除して間引いたり、再考加筆したりして、
ブログの質を高めていきたい。


999記事目のとおり厳しい状況ではありますが、
今後ともこのブログのご愛読をよろしくお願いします!


"祝!1,000記事"の全文を読む »

進路について考える

学業

sunset_100115.jpg


気がつけば1月も残すところあと1週間。

本来ならば学内展に向けて集中しなければいけない時期なのだけど。

...集中できない。

心身のバランスは実に複雑に絡んでいて、
精神が不安定だと、身体もそれにあわせて体調を崩してしまう。
そして身体が不調だと、精神も...というネガティブ・スパイラルに入る。


悩みの種は3年生が終了した時点での今後の進路。
いよいよ正念場、というところまできてしまった。

ひとえに自分の未熟さゆえのことなので、
誰かを責めたいわけでもなく。


今後、正しい選択をするために整理して記録します。


"進路について考える"の全文を読む »

2010年1月22日

イサム・ノグチ ~宿命の越境者~【ドウス昌代】

アート / 読書

51E9C96527L__SL500_AA240_.jpg 41ZCJ46S2BL__SL500_AA240_.jpg


「地球を彫刻した男」イサム・ノグチの評伝。

作者のドウス昌代さんは名前からしてイサムと同じハーフなのかな、
と思いきや旦那さんが外国人というだけでどうやら生粋の日本人のようです。
余談ですが、ドウス昌代さんの出身である北海道岩見沢市の
岩見沢複合駅舎が2009年グッドデザイン大賞を受賞しました。
この本を読んだタイミングにおいて、なにかしら奇縁を感じます。

イサム自身も「ある彫刻家の世界」というタイトルで生前に自伝を出しているものの、
その大半は自分の作品の写真で占められ、出自に関する文章は30ページほど。
彼の本質を理解するには十分なものではなかった。

彼は自分の人生の足跡を記録として残すことにこだわる人だった。
多くのアーティストと同じく文章を書くことはそれほど得意ではなかったが、
家族や友人とよく手紙のやりとりを行い、その手紙を大事に保管していた。
晩年は自分の人生を自らの肉声で録音するということまでした。
彼は非常にエゴの強い人間だった。

その記録と共に彼が残した足跡を筆者が根気よくたどることにより、
この物語は実現している。
記録によるイサム本人の声と、筆者の取材という主観と客観の双方からの
アプローチによりイサムの実像がよりくっきり見えてくる。

この本はただイサムを賛美するだけでなく、
厳しい批評も賛美と同じくらい含んでいる。
その点でこの本は正直な評伝だと思った。


ナショナリティのギャップがまだ現在ほど寛容に受け容れられない時代。
日本とアメリカの「アイノコ」はどちらの社会からも受け容れられなかった。
その耐え難い傷がイサム・ノグチの出発点となっている。
ナショナリティを超え、ボーダーレスのアートという領域に
自分が属することができる場所を見出そうとした。
しかし皮肉にもその特異な出自はアート界をも戸惑わせた。
「巨匠」と呼ばれながらも、奇妙なほど捉えづらい存在とした。
それがイサムらしさ、ということなのかもしれないし、
イサムの巨匠たらんところでもあるのだと思う。


ブランクーシはその「純粋性」において惹かれる。
一方イサムはその「渾沌性」において惹かれる。


"イサム・ノグチ ~宿命の越境者~【ドウス昌代】"の全文を読む »

2010年1月17日

「私は神よ」

読書 / 文学 / 学業

51RTD2329ML__SS500_.jpg

この本をAmazonで買う


中村先生の特講Ⅰの後期テストの第四問。


「ジョルジュ・バタイユ『マダム・エドワルダ』において、
 エドワルダの「私は神よ」という台詞の意味はどのようなものか?」


エロティシズムは哲学である。

しかし人はエロティシズムを本心では求めているのに表面上は敬遠する。

それは日常生活を脅かすものだから。
意味の過剰さがもたらす暴力だから。

"「私は神よ」"の全文を読む »

2010年1月16日

キュビスムの特徴

アート / 学業

Les_Demoiselles_d'Avignon.jpg
[ピカソ『アヴィニョンの娘たち』](出典:Wikipedia)


中村先生の特講Ⅰの後期テストの第三問。


「キュビスムの特徴を述べよ」


ぱっと見た感じでは画家が何を描こうとしたのかよく分からない絵。


この講義を受けて、画家が描こうとしたものが少しだけ分かった気がします。


"キュビスムの特徴"の全文を読む »

サロメはなぜヨカナーンの首を求めたのか?

アート / 学業

694px-Gustave_Moreau_-_The_Apparition_-_Google_Art_Project.jpg
[ギュスターヴ・モロー『出現』(水彩バージョン)](出典:Wikimedia)


中村先生の特講Ⅰの後期テストの第二問。

「オスカー・ワイルド『サロメ』でサロメが愛するヨハネの首を求めたのはなぜか?」
...こんな感じの問題。


ユダヤの副王ヘロデは実兄で前王ピリポの妻ヘロディアへの恋慕から、
ピリポを殺し、ヘロディアを我が后とし、自ら王位につきながらも、
ヘロディアとピリポの娘サロメにもいやらしい目線を向ける。

サロメは義弟との不義を働くヘロディアを非難し、
そのために幽閉されている預言者ヨカナーンに恋をするが、
ヨカナーンは不義をはたらく女の娘であるサロメに見向きもしない。

ある日、サロメは王から踊りを舞ってくれと頼まれるが、
その見返りとして、ヨカナーンの首を要求する...


ボイス・レコーダーで過去の授業を聴き直しても、
時間切れで肝心のその答えが入ってない。

...だからこの問題は山勘。
信憑性はゼロに等しいでしょう。

つまり僕の創作。


"サロメはなぜヨカナーンの首を求めたのか?"の全文を読む »

アルチュール・ランボー

文学 / 学業

51ZQMTXBH2L__SL500_AA240_.jpg

このDVDをAmazonで買う


中村先生の特講Ⅰの後期テストの第一問。


 「アルチュール・ランボーとはいかなる人物であったか」


...今となってはうろ覚えだけど、こんな感じだった気がする。


実際の解答ももちろんうろ覚え。
こんな感じで書いた、という程度。

人間は忘れゆく生きものである。
どんなに一生懸命学んでも、時間が流れてゆくごとに悲しいほど忘れてしまう。
そんな忘却を少しでも留めておきたく、僕は記録する。

"アルチュール・ランボー"の全文を読む »

生物と芸術【テスト】

アート / 学業

RapeOfProserpina2.jpg


共通教育科目のテストが終わりました。

今年は「生物と芸術」と「特講Ⅰ」の二科目。
例年年度末のテストは返却されないので点数は分からずじまい。

今年は記録しておこうと思います。


まずは「生物と芸術」。
テストという形態をとっていますが、あらかじめ問題が呈示され、
各自で資料を用意して持ち込み、テスト時間内にレポートを完成させる方式。

問題は、

「人体を表現した美術(彫刻、絵画、写真、パフォーマンス)を1つ挙げ、
そのムーヴマンやマッスと人体の骨格や筋肉との関連を見つけて述べよ」

...というもの。


"生物と芸術【テスト】"の全文を読む »

2010年1月14日

玉磨かざれば光なし

学業

new_todoroki_st_sketch.jpg


かつて5年くらい前まで。

デザインや建築のことなど、ほとんど考えたことなどなかった。

10代はわけも分からず自分の身の不遇を嘆き、
20代はそこから抜け出そうと必死にもがき、
30代ではじめて社会における自分の位置づけを考えはじめた。

そして辿り着いたのが、今の場所。

しかし職能としてはまだはじまってさえいない。
これから先のことを考えると、果てしなく遠く感じる。
それでいて流れる月日は光陰矢のごとし。
そして残された時間は無限ではない。


もっと早く、せめて10年前にスタートしていたら。
考えても仕方がない、と分かっていても考えてしまう。


もしかしたら僕はデザイナーにはなれないかもしれない。
もしかしたら僕は建築家にはなれないかもしれない。

...しかし今はそれは問題ではない。


自分がなるべきものに、自分が本当にやりたいと思っていることに、
挑戦していることに意味がある。

本質を追究していくことと、生きる糧を得る手段とがいつも一致するわけではない。
しかし常に一致させようと願い続け、信じ続け、挑戦し続けることに意味がある。


...これは決して理想論ではない。
「より良く生きる」ための唯一の方法である。


"玉磨かざれば光なし"の全文を読む »

2010年1月12日

ポートフォリオ更新

ポートフォリオ

portfolio_cover.jpg


授業開始まであと1週間といったところですが。

CR(コンピュータ・ルーム)が開室したし、
教室の使用届出してあるし、
次のセッションに早めに取り組まなきゃならないし、
テスト勉強しなきゃならないし、
部屋に閉じこもっていたらぐーたらモードから抜けきれないし(これ一番大事)、
バイト応募のために履歴書郵送しなきゃなんないし(「ついで」モード)...


...というわけでとりあえず大学へ。


"ポートフォリオ更新"の全文を読む »

青山ナイトウォーク

空間デザイン

omotesando_object_suitsshop2.jpg


二度目のバラガン展にいった折、
外苑〜表参道の夜の青山通りを散策。

久々に歩きました~。


いろいろ見たかったものもまとめて見ることができました~


"青山ナイトウォーク"の全文を読む »

2010年1月11日

A visit to Luis Barragan House 2【ワタリウム美術館】

建築デザイン / 展示・イベント

41ECDH6R6-L__SL500_AA240_.jpg

この本をAmazonで買う


ルイス・バラガン展2度目の訪問。
前回からおよそ3ヶ月ぶり。

ワタリウム美術館の展示は期間中は何度でも入場できるフリーパスポート制なので、
もっと行きたかったのだけど、気づけば会期終了近づいてやっと2回目。
来週から大学の授業がはじまることを考えれば、たぶん今回が最後。

でもまあ、内容的には2回で十分かな。


「私の家は、私の心の避難場所でした」

...という言葉にあるように、バラガン邸は静謐にあってこそその魅力を発揮する。

どんなに良いディレクションをしても、
展示空間という目的上、一番重要な条件である静謐さを実現するのは難しい。
特に今回は休日に行ったということもあって、来場者が多め。
せっかくの空間もこう人が多くては興ざめ。

...というわけで前回同様、DVD映像をじっくり鑑賞。


前回は未完成だった図録もちゃんと発売されていて、
1,500円(税抜き)という値段の割には充実した内容だったので、
厳しい懐事情ながらも思わず購入。

全体の半分以上がバラガン自邸の解説。
さらにバラガン建築MAPつき。

展覧会で上映されていたDVDつきで4,000円だったのだけど、
さすがにそれはあきらめて図録のみ購入。


芸術は静的であるべきではないだろうか。

...最近よくそう思う。


"A visit to Luis Barragan House 2【ワタリウム美術館】"の全文を読む »

2010年1月 8日

Artistic Anatomy 【生物と芸術】

学業

skelton_ny.jpg


今年最初の授業。

...補講だけど。


3年次では2科目の共通教育科目を履修しました。
1科目は中村先生の「特講Ⅰ」。
フランス芸術文学を中心に学びました。


そしてもう1科目が「生物と芸術」。
美術解剖学的見地から美を学ぶ。
...今日はこの科目の補講でした。


医学に特に興味があったわけではない。
ただ、人体をモチーフにしたカラトラバの建築を見たとき、本質的な美しさを感じた。
そこで人体の「構造」を学ぼうと思った。
それでこの科目を選択した。

全授業を終えて、今の時点で明確な答えが得られたわけではないけれど、
なんらかのヒントは得られたような気はします。


人が住む住処だもの。
人の構造を知らずして、どうして良い住処が創れよう。


"Artistic Anatomy 【生物と芸術】"の全文を読む »

2010年1月 4日

ノミニケーション

その他

todoroki_illumination2.jpg
TODOROKI ILLUMINATION


めちゃなことをしたい。思い切って、めちゃなことを、やってみたい。私にだって、まだまだロマンチシズムは、残っている筈だ。笠井さんは、ことし三十五歳である。けれども髪の毛も薄く、歯も欠けて、どうしても四十歳以上の人のように見える。妻と子のために、また多少は、俗世間への見栄のために、何もわからぬながら、ただ懸命に書いて、お金をもらって、いつとは無しに老けてしまった。笠井さんは、行い正しい紳士である、と作家仲間が、決定していた。事実、笠井さんは、良い夫、良い父である。生来の臆病と、過度の責任感の強さとが、笠井さんに、いわば良人の貞操をも固く守らせていた。口下手ではあり、行動は極めて鈍重だし、そこは笠井さんもあきらめていた。けれども、いま、おのれの芋虫に、うんじ果て、爆発して旅に出て、なかなか、めちゃな決意をしていた。何か光を。(太宰治『八十八夜』)


正月三箇日は寝正月。


四日目にデジハリの友人から実に三年ぶりかくらいに連絡が来て、
久々に渋谷で飲むことになった。

渋谷へ向かう途中、等々力の駅前で大学の先生とばったり。
等々力の駅前には、多摩美と等々力商店街振興組合とのコラボによる
イルミネーションツリーが期間限定で設置されていて、
陣頭指揮をとられていた先生が様子を見に来られていました。

学生たちにも基礎提案の機会を与えられたのだけど、
僕は本課題の方に気をとられていて、あまり乗り気となれず。

こうして実際出来上がったものを眺めていると、やはりそのことが悔やまれる。
そして空間、という目に見えない魔物に魅入られながらも、
自分の根底に「ものづくり」への想いがあることを再認識させられた。


笠井さんほどの責任感もなければ、紳士でもないけれど、
世知辛い世の中に多少の厭世感を持つリアリストではあるけれど、
そんな僕にだってまだまだロマンチシズムは残っている。

僕だってめちゃをしたい。


"ノミニケーション"の全文を読む »

2010年1月 1日

あけおめ

その他

newyear_2010.jpg


あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いします。


大晦日は紅白も見ず、年越しそばも食べず、早々に寝てしまいました。

ふと起きたら午前1時半。
テレビをつけたらどのチャンネルもつまらない年越し特番ばかり。
嫌気がさし、ふて寝。


...初夢は見ませんでした。


再び起きたら7時前。

急いで初日の出を拝みに多摩川河川敷へ。


"あけおめ"の全文を読む »