
MELTING POINT
オペラシティアーツギャラリーへ行ってきました。
ジム・ランビー、渋谷清道、エルネスト・ネトの三人によるインスタレーション。
この三人がどういう関係にあるのかはよく分かりません。
サイトのイベント案内を見て、なんとなくいいなあー...
と思って急遽行くことにしました。

[入場チケット:これでアートギャラリー収蔵品展も見れます]
学生料金で700円。
下のフロアがメルティング・ポイント、
上のフロアがアートギャラリー収蔵品展でした。
規模的には前回の藤森照信展よりは小さいものでした。
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[パンフレットも出展者三人ごとの三種類あります]
ギャラリー1でジム・ランビー、
ギャラリー2で渋谷清道、エルネスト・ネトの展示という構成。
例によって会場内では撮影禁止なので、
今思い出しながら各ゾーンのスケッチを描いてみました。
相変わらず下手くそですが。
まずジム・ランビー。

[ジム・ランビーゾーンのスケッチ]
金・銀・白・黒のテープで埋め尽くされた床の上に
さまざまなオブジェが展示されています。
カラフルなペンキでペインティングされた鳥。
魔法の杖のような杖。
人が通れるほど巨大な鍵穴。
普段は床の上にあるべきものが壁におかれている2つのオブジェ、
鏡の破片でコーティングされた木の椅子と魔法の絨毯。
それぞれは日常の中に静かに存在するものも、
その大きさや配置を変えるだけで異空間の雰囲気を醸しだす。
そのコンセプトはマルセル・デュシャンの"レディ・メイド"を彷彿させます。
続いて渋谷清道のゾーン。

[渋谷清道ゾーンのスケッチ]
靴を脱いで暗くて閉塞的な空間に入り込むと...
天井に浮かび上がる無数の幾何学模様。
白地を幾何学図形で繰り抜いた部分から光が差し込んできて、
幻想的な情景が広がります。
一見人工的なシーンに見えますが、
自然界はよく見れば無数の幾何学模様の集まり。
逆に言えば無数にある幾何学図形群から単一図形を抜き取ることが
「人工的」なのでしょう。
無数でありながらシンプルな情景は、
まさに自然の有り様を分かりやすく明示しているのかもしれません。
そしてエルネスト・ネトのコーナー。

[エルネスト・ネトゾーンのスケッチ]
ポリエチレン繊維で埋め尽くされる1つの層がそこには広がる。
上面と下面の間は無数の円柱状の穴で接続されている。
下面の高さは腰を低くしなければ通れない高さになっていて、
腰を屈めながら鑑賞者は作品の中を進む。
穴の部分は顔が出せるほどであり、
そこから顔を出して覗いてみることで、
作品の体内にいるような感覚に見舞われる...
3つの作品に共通することは、
異空間は、異質な物質で構成されるのではなく、
日常的に存在するもので構成されている、ということ。
つまり、日常的に存在するものの大きさや配置、色や構成を
ちょっと変えるだけで異空間は現れる。
それは異空間は特別なものじゃなく、
まぎれもない現実であることを明示しています。
僕には異空間は人間のエゴのように見える。
エゴはどのようにも形を取れる。
時には異形の様相を呈することもある。
どこにでもあるような風景の印象派の絵も、
なにが描いてあるか一見分からない抽象画も、
いずれも同じエゴを形に表したもの。
意識することでエゴの姿は見えてくる。
エゴを見ることで、人のあるべき姿が、
人との関わり方が見えてくるのではないでしょうか。
続く収蔵品展で気になった作品をリストアップ。
・角島直樹『朝陽』
・川口起美雄『月が少し浮力を与えるⅡ』
・牧野環『共に舞う』
『朝陽』は中央に川が流れる林に朝陽が昇る様子、
『月が少し浮力を与えるⅡ』は月夜に照らし出される森の中の動物の張り子(?)、
『共に舞う』はつがいの鶴が飛び立つ様子を描いてます。
この三点が今回気になったのは水の描写の素晴らしさ。
大学でデザインを学ぶようになって、
絵(といってもスケッチ程度のものですが)を描く機会が増えて、
描こうと思えばなんでもそれなりに描けるんだなと。
でも。
水は描けない。
というより自然画はやっぱ難しい。
やっぱ自然ってスゴイ。